FOLLOW US

哲学的志向のフットボーラー、西村卓朗を巡る物語「第二十回 明日へ」

2015.08.02

「昨日から学び、今日を生き、明日へ期待しよう」(アインシュタイン)

文●川本梅花

〔登場人物〕
ぼく…西村卓朗(コンサドーレ札幌 前所属)
三上さん…三上大勝(コンサドーレ札幌強化部長)
村田さん…村田達哉(コンサドーレ札幌コーチ)
ゴンさん…中山雅史(コンサドーレ札幌 所属)
竜二…河合竜二(コンサドーレ札幌 所属)
内村…内村圭宏(コンサドーレ札幌 所属)
古田…古田寛幸(コンサドーレ札幌 所属)
細川…細川淳矢(ベガルタ仙台 前所属)

1.契約満了の宣告と選手たちとの思い出

 最終節を控えた前日の練習を終えると、サブメンバーの選手を前にして村田達哉コーチが話し出した。
「今シーズンに関しては、練習の量においても質においても苦しい練習をしいてきた。みんな、最後まで厳しい練習についてきてくれて頑張ってくれた。特に、卓朗は、居残り組にいても手を抜かないでやってくれた。そうした態度はチームにとって計り知れなかったと思う。一生懸命やってくれてありがとう」
 札幌に移籍してからの僕の成績は、開幕戦の愛媛FCとの1試合と天皇杯の水戸ホーリホックとの1試合に出場しただけだった。つまり僕は、公式戦のメンバーから外され、サブメンバーたちやユースの若い選手たちと練習をしていることが多かった。直接的に、チームの昇格に貢献できたわけではない。そんな僕のサッカーに対する取り組み方を村田さんはみんなの前で評価してくれた。彼の言葉は、本当に嬉しかったし有り難かった。でも、最終節が終って契約の話の席に着いたときに、札幌に残ってプレーすることはないだろうと思っていた。

 最終節のFC東京戦を勝利してJ1リーグ昇格を決めた翌日、僕は三上大勝強化部長にクラブハウスのミーティングルームに来るように告げられた。僕が席に着くと、強化部長は僕の目を見ながら話を切り出した。
「来季についての話をしたい」
 間髪を入れずに言葉が続く。
「試合に出てないので戦力にならなかった。だから、戦力として来季は考えられない」
 シーズンの秋頃から予想していた契約満了通告だった。強化部長の宣告を聞いて、僕は一瞬、昇格が決まったときにピッチに飛び出して河合竜二と抱き合い悦びを分かち合った映像が頭をよぎった。竜二とは、試合が終わった翌日に、チームの良かった点と悪かった点を議論した。試合に出ている選手は、自分のプレーやチーム全体の動きを俯瞰して見られないので、意外と問題点の本質をフォーカスできなかったりするものだ。だから、僕と竜二は2人で一緒に試合分析をして、時にはメンタル的なことまで踏み込んで話し合った。昇格がかかったFC東京戦では、試合数日前から何度も言葉を重ねた。
「うちが今年勝ってきたパターンは、早い時間に先制点をあげて、ゲームを有利に進めるというもの。もしくは前半じっくり耐えて、自分たちの時間を作って後半に勝負をかけるというパターンだよな。先制したゲームは1回しか負けていない。この間の湘南戦は、前半いいようにやられて、サッカーだけを見ていたら、うちが一方的にやられているような印象を与える。けれども、そこを耐えていたらゲームの流れはうちにくる。選手がその点を自覚するのが大切だと思うんだ。『いま、ここさえ耐えたなら自分たちの時間になる』と。そういう思いがあれば、たとえキツい状況が連続しても守備は粘り強くできるもの。自分たちが相手にやらせていると思えるかどうかだよ。プレーしている選手たちに、『いまは耐える時間だ』と声をかけて自覚させることが大切だよな。いまある自分たちの状況をしっかりと認識させた方がいいよ」
 僕がそういうと、竜二は大きく頷いた。
 札幌は、最終節を前にして3位につけていた。勝ち点では、徳島ヴォルティスと並んでいたが得失点差では2点まさっている。竜二は、後を追ってくる徳島の動向にも気をもんでいる。僕は、そうした竜二の気持ちを察してFC東京戦のゲームに集中した方がいいと諭した。
「(サガン)鳥栖との大一番に0対3で敗れたことで徳島はメンタル的に相当厳しい状況に追い込まれている。彼らのショックは大きいよ。だから徳島は、きれいないいサッカーができるとは思わない。徳島は昇格がかかった試合で3、4点とれる可能性はない。札幌もFC東京相手に3・4点とって勝てるのかと言えば難しい。相手の試合を予測して自分たちの試合のことを考えても切りがないから、あまり周りを気にしない方がいい。僕の経験上、昇格がかかった試合は、ゲームに入る前に、昇格相手のことは考えずに、いかに自分の気持ちに折り合いをつけて、ピッチに立てるのかが大切だと思うんだよ」
 こんな風に、僕は竜二に語りかけていた。

 また、若手の古田寛幸にも、僕からよく話しかけた。古田は、ジーズン当初スタメンで試合に出ていた。シーズン途中からメンバーから外されたのだが、ものすごいポテンシャルがありアジリティに溢れたスピードスターだった。僕は、彼のプレーを見ていて「ボールをもって前を向かせたらいいものをもっている」と思っていた。
「必ずお前の力が終盤は必要になってくるから。今が我慢のしどころなんだ。なんでお前のプレーが上手くいかなかったのか。いろんな人がお前に期待するから、いろんな声があったと思うんだ。その中でも正解もあっただろうし不正解もあっただろう。お前が一番調子のいいときって、どういうプレーを出していたかを考えてみな?」
「ドリブルだと思います」
「じゃあ、相手に向かっていけよ。相手に向かってドリブルして勝負しなよ」
「チームがいい時間になるといいプレーができるんですが、自分で流れを引き寄せられるところまでいっていないと思うんです」
「僕はこう思うんだ。1対1で仕かけて行くときにボールを奪われることが多く、プレーに積極性が薄れて弱気なっているように見えた。ドリブラーは、弱気になったときに、ドリブルするときのコース取りを安全な方向に選択することがある。相手にボールが届かない方に逃げるようにコースをとる。ギリギリの紙一重なコースこそ相手にとって嫌な角度になる。もしかしたら自分が取られるかもしれないという角度。そうしたプレーができる選手は流れを変えることができる選手。チームに流れを引き寄せられる選手だと言える。お前はそういうタイプの選手だ。だから、ギリギリのコースをとっていったらいい。それで、ボールをとられることがあったとしても、自分の角度で仕かけていった方がいい」

 さらに、内村圭宏にもよく声をかけた。彼は、春先に試合に出ていたが、怪我をしてからコンディションが整わずに不調に喘いでいた。怪我をしてなかなかよくならない。快調に向かわない原因もわからない。そうなると不安だけがつのっていく。チームメイトと同じ場所にいても、チームに貢献できていないということで疎外感をもつ。「よくなっているか?」と内村に毎日言葉をかける。彼の心情に共感してあげて、よき理解者としてふるまった。
 これらの助言は、僕の経験から得たことが大きい。しかし、本来、サッカー選手はプレーで貢献するべきだと思う。僕自身、チームにプレーで貢献でなかったことは悔やまれた。

 契約満了を告げられた日、ゴン(中山雅史)さんと村田コーチが僕の姿を見つけて話しかけてくる。ゴンさんは「卓はほんとすごいな。俺も励まされたよ。自分ももっとやらなきゃいけないと思った」と言ってくれる。そして、村田コーチに、「卓朗と話し合ったあの日をさかえに(前号を参照)、卓朗の動きの質がものすごく変わった。あんなに変わるんだったら、俺ももっと前に助言してやればよかったな」と話された僕は、「本当にありがとうございました」と言って頭を下げた。

2.トライアウトと僕の未来

 来季もサッカーを続けていくべきなのか。なんで僕は札幌に来たんだろうか。なぜ試合に出られなかったんだろうか。いくつもの自問自答を繰りかえした。しかし、その答えがはっきりでないまま、選手会主催の合同トライアウトに参加することにした。
 トライアウトは、2009年から毎年経験してきた。だから、その日も緊張するということはなかった。ジェフ市原・千葉のホームスタジアムで行われたトライアウトは、ミニゲームと30分の試合が組まれている。会場に行くと、試合で一緒になるメンバーが振り分けられた用紙を渡される。4―3―3のフォーメーションの右サイドバックには僕の名前があった。僕の横のセンターバックにはベガルタ仙台にいる細川淳矢がいた。「ああ、彼のプレーは知っている」と心の中で呟く。試合で一緒にプレーする選手が集まると、彼らは初顔合わせという雰囲気に飲まれているように見えた。誰かが何かを言い出さないと、誰も口火を切れないような雰囲気だ。周りを見渡して「ああ、僕が一番年上だな」と察して、「それぞれ順番に自己紹介しよう」とみんなに話しかけた。トライアウトでは、選手の名前を覚えることが大切で、試合の中でボールを自分に要求するときに、ボールを持っている選手の名前を叫ぶことで自分にボールがくる確率が高くなる。ミックネームは何か? どういうプレーが得意なのか? そうしたことを各自に簡単に話してもらった。「とにかく、守備の際はお互いにコーチングを徹底してやろう。攻撃に関しては、それぞれ自分の得意なやり方があるだろうから、そこは好きにやっていこう」。僕はみんなに告げてから、コーナーキックとフリーキックのメンバーを決めていった。細川は前に圧力をかける守備をするイメージがあったので、彼には「後ろのカバーリングはするよ」と言葉をかけた。
 僕は3回センタリングを上げて、ドリブルで中に切り込んでいき、自分の持ち味をいくぶんか出せた。しかし、強烈にアピールしたというイメージを残すまでにはいかなかった。トライアウトが終わって、スーツケースを押しながら駅に戻ろうとした途中で佐川印刷の関係者に会った。「僕のプレーはどうでしたか?」と聞くと、「まだまだできると思ったよ」という答えが返ってくる。
 札幌に帰るために、羽田空港に向かう電車に乗り込む。車両の窓から太陽の光が入り込んでくる。眩しくて目を閉じた。そのとき、「まだまだできると思ったよ」と言ってくれた声がリフレインする。僕が札幌でプレーした意味が少しだけわかったような気がした。「もう一度チャレンジしてみよう」。「ボロボロになるまで挑んでみよう」。自分の限界に挑むために、僕を札幌というチームが後押ししてくれたんだ、と、ふと、思えた瞬間だった。

つづく

「第十九回 ラストチャンス」
「第十八回 自己」
「第十七回 紙一重」
「第十六回 奇跡」
「第十五回 チャレンジャー」
「第十四回 誕生」
「第十三回 シンプル」
「第十ニ回 新チーム」
「第十一回 契約更新」
「第十回 荒野」
「第九回 新天地」
「第八回 旅立ち」
「第七回 結婚」
「第六回 同級生」
「第五回 同期」
「第四回 家族」
「第三回 涙」
「第ニ回 ライバル」
「第一回 手紙」

SHARE

LATEST ARTICLE最新記事

RANKING今、読まれている記事

  • Daily

  • Weekly

  • Monthly

SOCCERKING VIDEO