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吉田麻也が“14分間”で示した日本代表への愛…後輩たちに想いを託す「新しい景色を見るために日本一丸となって」

1時間前

日本代表DF吉田麻也 [写真]=金田慎平

 FIFAワールドカップ2026前最後の国際親善試合となった31日のアイスランド代表戦(東京・国立)。ケガで長期離脱していた遠藤航や板倉滉の状態確認、伊東純也の左シャドー起用の成否などチェックポイントはいくつもあったが、その前段階として国際Aマッチ127試合目を迎えた前キャプテン・吉田麻也の“代表ラストマッチ”という大きな注目点もあった。

 前日までは現キャプテン・遠藤航がマークを巻くと見られたが、この日は腕章を着けた吉田を先頭に整列。緊張感の漂う中、ゲームが始まった。背番号22を着ける37歳のDFは序盤から激しい寄せを見せ、空中戦の強さもアピール。交代直前の13分には左サイドに開いていた伊東に鋭いサイドチェンジを供給する。これがゴールにつながっていたら最高のシナリオだったのだが、さすがに現実にはならなかった。

 これで吉田の大仕事は終了。板倉や冨安健洋らと熱い抱擁を交わし、両チームの選手たちが作ってくれた花道を通った。そして遠藤とガッチリ抱き合い、キャプテンマークを手渡すという見せ場を作り、最後には森保一監督とも抱擁。目に涙を浮かべながら、足掛け13年間の長い長い代表キャリアを噛みしめていたに違いない。最終的に日本は小川航基の決勝点で1−0で勝ち切り、後輩たちの姿を頼もしく感じたことだろう。

「1試合1試合重みがありますし、バスの中でもいろいろ振り返って『こういうことがあったな、ああいうことがあったな』と考えました」と試合後のミックスゾーンで本人はしみじみと言う。思い起こせば2010年1月のイエメン・サナア。吉田が初めてA代表に呼ばれた遠征で、当時の岡田武史監督が「足元がすごくうまい選手だね」と褒めていたのは、今も鮮烈な記憶として残っている。その試合で初キャップを飾り、2010年南アフリカW杯後のアルベルト・ザッケローニ監督体制ではいきなり主軸DFに抜擢される形となった。

「僕は中澤佑二さんや(田中マルクス)闘莉王さんの代替わりに当たったので、競争がないまま代表に定着してしまった」と当時22歳の吉田は申し訳なさそうに話したが、190センチ近い長身と足元の技術に多くの指揮官が惚れ込んだのは間違いない。ただ、当時は本田圭佑や長友佑都らの陰に隠れた存在だった。吉田の世界デビューとなった2011年のアジアカップでは、外国人記者に英語で質問を受け、誠心誠意、答えた後に「フー・アー・ユー(あなたは誰)?」と問われて、目が点になっていた姿も微笑ましい記憶だ。同大会では最大の節目になった準々決勝・カタール戦で退場。若かりし日はそういった失敗もあった。

 それでも勇敢にトライを続け、着実に「日本代表守備の大黒柱」へと成長。2014年ブラジル大会、2018年ロシア大会、2022年カタール大会と3度ワールドカップに参戦したが、初めての大舞台は惨敗。コロンビア代表に4失点完敗したブラジル・クイアバの地で「こういう舞台でチームの役に立てる選手になりたい」と伏し目がちに話したことを本人もよく覚えているだろう。同シーズンはサウサンプトンでコンスタントに試合に出ていなかったこともあり、「それが当たり前になるようにしないといけない」とも語気を強めていた。

 その状態に近づいて迎えたのが、その4年後のロシア大会。吉田は確かに成長が感じさせたが、ラウンド16でベルギー代表に衝撃的な逆転負け。「ああいう失点は直前テストマッチのスイス戦(ルガーノ)でもやっていますし、一瞬スイッチが切れた。精神的に脆かった」と本人は憮然とした表情を見せた。その翌日に長谷部が代表引退を正式発表すると、人目をはばからず号泣。喜怒哀楽をストレートに出すところは本当に人間味に溢れていた。

 ロシア大会前の話だが、誤った記事を書いた記者を吉田がJFA広報を通じて呼び出し、話し合いの場を持ったことがあった。近年は選手と報道陣の距離が開きがちで、自ら意思疎通を図ろうとする選手は皆無に近いが、吉田は「メディアを味方につけることも日本代表のレベルアップにつながる」と考えていたのだろう。だからこそ、自ら積極的に発信をしていたし、本音を包み隠さず話してくれた。そこまで懐の深い選手はこの先、お目にかかれないかもしれない。

 自身がキャプテンに就任した2018年以降はコロナ禍、崖っぷちに瀕したアジア最終予選序盤戦、カタール大会コスタリカ代表戦での痛恨のクリアミス、ラウンド16・クロアチア代表戦でのPK失敗と難しいことの方が多かった。まさに苦難の連続だったが、そんな時こそ毅然と前を向き、全力で解決しようとするのが吉田だ。2021年10月にアウェイでサウジアラビア代表に敗れた後の「責任を取る覚悟はできている」という発言はまさにその表れ。あの言葉で森保監督もチームメートもハッとさせられた部分はあっただろう。

 そこからチームは右肩上がりの軌跡を辿り、本番でドイツ&スペインを撃破に至ったが、吉田自身はW杯初8強入りという歴史を作れなかった。その悔しさを3年半ぶりに共闘した後輩たちが今大会で引き継いでくれるはず。特に22番の後継者・冨安健洋は率先してチームをリードしていかなければならない。

「W杯はもっともっと難しい試合になるし、緊張もあるし、プレッシャーもっとのしかかる。もっともっとチーム高めていかなきゃいけないですね。ここから2週間、モンテレイへ行き、ナッシュビルに入って環境が変わる中でコンディションを高めて、最高の状態でオランダ戦を迎えてほしいです。新しい景色を見るためにみんなが日本一丸となって勝ちましょう」。

 吉田はここから少し離れた場所から後方支援に回る覚悟だ。今回の吉田合流効果がどう出るか。日本が未知なる領域へ到達することを願うしかない。

取材・文=元川悦子

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By 元川悦子

94年からサッカーを取材し続けるアグレッシブなサッカーライター。W杯は94年アメリカ大会から毎大会取材しており、普段はJリーグ、日本代表などを精力的に取材。

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