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【ロンドンの残光】ロンドン五輪サッカー日本代表の真実「Episode 14 悲しいほどに美しい、ロンドンの残光」

2015.02.25

決勝進出の夢が潰えた日


Photo by Getty Images

 エジプトとの試合は、前半に永井、後半は吉田と大津が追加点を決めて3対0で快勝した。

 しかし、日本にとって、絶好調な得点源の永井の怪我が、その後の試合に大きく響くことになる。永井がペナルティエリア内に入ってゴールした時、相手のDFが背後からタックルしてきた。

「怪我はけっこう入りましたね。シュートを打ってパッと周りを確認したんですが、誰も視界にはいなった。そうしたら、真後に近づいてきたので見えなかったんです。強い打撲で、血が出ているのに気づきました。膝が曲がらないくらい痛かった。左足をすぐにアイシングしたので、大丈夫かと思ってプレーを続けたんですが、ダメでした。翌日にも出血がひどくて。ゆっくりじゃないと、膝が曲げられない。仮に、これが五輪本番の試合じゃなかったら、次の試合は欠場していました」と永井は語った。

 日本は1968年のメキシコ大会以来、44年ぶりとなるベスト4進出を決める。7日に決勝進出を懸けて同じく44年ぶりにベスト4進出のメキシコと対戦することになった。

 試合後、関塚は「一戦ごとに力をつけながらここまできた」とチームの成長に対する手応えをみせる。「もう一つ上に行くためにしっかりと準備して、われわれらしいサッカーをしたい」と準決勝への意気込みを語った。

 7日、U-23日本代表はウェンブリー・スタジアムでロンドン五輪準決勝、U-23メキシコ代表戦に臨む。試合は、大津のゴールで先制するも、1対3で逆転負けを喫する。前の試合で怪我を負った永井は「体が暖ったまるまでが厄介な感じでした。いつもグイっていけるところがいけなかった。芝生もゆるかったので、いつも以上に力を入れるとダメなのに、痛みから踏ん張りきれなかったんです。怪我がなかったら……もしかしたら、自分のプレーの感覚は変わっていたかもしれない、と思います」と無念さを口にする。


Photo by Getty Images

 日本初の決勝進出監督とならなかった関塚は、「メキシコの方が、今日の試合ではうわてだった」と完敗を認めた。8月10日、3位決定戦ではU-23韓国代表と対戦することになり、「もう1試合あるので、精神的にもコンディション的にも整えて臨みたい」と意気込みを語る。しかし、選手たちには、ハードな日程の中での疲労とメキシコ戦での敗北から2日間でメンタルを立て直すだけの余力は、実はもはや残っていなかった。

3位決定戦の韓国戦、傷だらけの日本選手たち


Photo by Getty Images

 U-23日本代表は10日、カーディフのミレニアム・スタジアムでロンドン五輪3位決定戦のU-23韓国代表戦に臨む。

 試合開始前、ロンドン五輪の最後のミーティングが行われていた。関塚は、韓国戦に挑む選手たちに「歴史に名を残そう」と語りかける。
「この場にこられるのは、そうはない。歴史を変えられるチャンスは、サッカー人生の中でも何度もあるわけではない。だから、だからこそ歴史に名を残そう。44年ぶりのベスト4かもしれないけれども、これで満足していたら歴史に名を残せない。この試合こそが本当に大事な試合だ!」

 関塚の激励に心を動かされた選手たちだったが、体が重く感じられていつものスピード感が出せない、と試合開始のホイッスルが鳴った後で、ほとんどの選手が感じていた。エースナンバーの10番をつけてアジア予選からチームの中心にいた東は、「言い方はなんですけど、失速していきましたね。試合を重ねるごとにそれは感じていました」と語る。6試合すべてに先発出場した山口も、「体が動いている気がしなかった」と話す。

 五輪代表は、試合会場があった6都市すべてでゲームを行った。北部はグラスゴーから南部はロンドンまでの距離の中、常に移動を強いられた。たとえば、マンチェスターからロンドンまではバスで5時間かかる。宿泊先から試合会場まで2時間。スタジアムを下見して、また宿泊先に戻って食事をしてベッドに入る。時間は深夜の12時を過ぎていることは稀ではなかった。基本的に中2日で6試合を戦った過酷な日程の中では、それをメンタルで乗り切れるほど容易くなく、世界での戦いの厳しさを選手たちは味あわされていた。
 
 権田にとって対韓国戦は、是非とも雪辱したい相手だった。それは、永井にとってもまた、同じ気持ちだった。U-19日本代表の時、アジアユース選手権の準々決勝で敗れた。また、U-20W杯出場の機会を目の前にして、その望みを断ち切ったのも韓国だった。

 特に、永井は「大学に入ってからプロになろう、と思ったんです。ワールドユースの予選で韓国に3対0で負けたんですけど、あまりにもショックが大きくて。それでプロになって五輪に出て、その時の借りを返したいと決心したんです。実力差も感じたんですけど、自分がなにもさせてもらえなかったことに、すごく不甲斐さを感じてしまった。いつか彼らと同じ舞台に立って、あの時の借りを返したい。それが、ロンドン五輪の場所になればいいと思っています」と話すほどに、対韓国戦は、ずっと胸の奥にしまい込んでいた「リベンジ」の相手だった。

 2人の思いは試合結果には反映されなかった。前後半にそれぞれ1点ずつ許し、0対2で日本が敗れた。メキシコ五輪以来の44年ぶりの銅メダル獲得はならなかった。試合が終わって、敗戦に打ちひしがれピッチから引き揚げてきた選手たちがいるロッカールームの中は静まりかえっていた。関塚はそんな選手たちの姿を見て声を上げた。

「今ここが終わりじゃない。ここからもうひとつ上に行くことが大切だ」と、話す関塚の目から涙がこぼれ落ちる。

「こんなタイトな日程の中で、みんなよくやってくれた」
 監督のその言葉を聞いた選手たちすべては、涙を流す。

 権田も永井も涙を止めることができない。
 五輪代表としての戦いが終わった日だった。

「帰ってきて、結果だなと思ったんです。いくら自分は、こうした意図でやったとか、止めるのにコースが厳しかったとか、ちょっとミスったとか、そういったことを全部含めて、GKは得点を入れられなければいいんだ、ということを痛感したんです。失点した内の何点かは、止められたいた。自分がこうしたいんだ、という内容よりも、結果。失点しないという結果が大切なことだと。今までは、考えていたようにゲームがうまく運べないで試合に勝っても、『それはどうなんだろう』という気持ちがあったんですが、今は『勝ったからいいでしょう』と思えるようになった。

プレーの一つひとつに責任感をもってやらないとならない。自分がこういう意図でこうやった、ということよりも、失点してしまったという結果なんだな、と。今までは、理想を求め過ぎるところがあって、自分はこういうサッカーをしたい、という気持ちが強かったんですが、それよりも現実をもっとよく見て、結果を重んじないとならないと思えるようにまりました」

 権田は、日本に帰国してからロンドン五輪を降り返ってこのように話した。

「しっかり決まりごとを守れるということが日本人の特長ですよね。ひたむきにボールを追う姿勢も日本人には合っている。五輪代表で見せたあの戦い方が日本のサッカーのスタイルになるかもしれない、と僕は思っています。スタイル的にも、一番合っているのかもしれない。試合を戦ってみて、狭い局面でも一瞬で抜いていけるような、そういうアジリティをもっと早く得たい。

もう今は、ポジションについて、サイド(WG)でも真ん中(CF)でもいい。代表で真ん中をやって自信がつきました。違う視点からサッカーを見られたし、通用する部分と通用しない部分が見えました。スピードでは五輪で通用したと思うんです。相手に引かれた時に、狭い局面を打開できなかった点が課題です。モロッコや韓国は結局、引いて戦ってきた。そうした相手に対して打破できれば、自分はもうひとつ上のステージに行けるような気がしています」
 と、永井は五輪での戦いの後に、こうして言葉を締めくくった。

 抜けるような青い空だった。こんな空の青さをロンドンで見かけることは珍しい。透明で奥行きがあり、どこかしら乾いているように感じる。空気が澄んでいるからだろうか。それとも光のせいだろうか。太陽が照りつける光とはどこか違う。それは日本の選手たちの希望という名の光だったのかもしれない。未完成なものほど美しく見えてしまう。ロンドンのピッチに残された光は、悲しいほどに美しかった。

〈完〉

【BACK NUMBER】
●Episode 13 スペインの新聞は日本の勝利をどのように報じたのか
●Episode 12 Episode 12 メキシコとの練習試合で見えた日本の戦い方
●Episode 11 吉田麻也がチームの中で真のリーダーとなった瞬間
●Episode 10 ノッティンガムのホテルの一室で話し合われたこと
●Episode 9 スペインとの戦いを1週間後に控えて
●Episode 8 吉田麻也の冷静な指摘
●Episode 7 「まず、縦を切れ!」と選手に伝えた監督の守備戦術
●Episode 6 メンバーに選ばれた永井謙佑の重責
●Episode 5 最終選考メンバー発表の明暗
●Episode 4 キャプテン山村和也という存在
●Episode 3 チームの雰囲気を一変させた選手だけのミーティング
●Episode 2 攻撃側の選手と守備側の選手の乖離
●Episode 1 不協和音はロッカールームから始まった

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