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【ロンドンの残光】ロンドン五輪サッカー日本代表の真実「Episode 10 ノッティンガムのホテルの一室で話し合われたこと」

2015.01.14

Getty Images

ノッティンガムのホテルの一室で話し合われたこと

林彰洋

 選手たちが宿泊したのは、ノッティンガムにあるホテルだった。

 吉田は、「選手たちだけで話し合いをしよう」と呼びかける。そして、ホテルの一室に選手全員が集まった。

 このミーティングでの話題の中心は3つの点にある。

1.「ボールを外に追って奪うのか、あるいはボールを中に追って奪うのか」
2.「ファーストディフェンダーのFWがどの位置から守備をスタートさせるのか」
3.「DFの最終ラインをどこまで上げるのか」。

 吉田は、控え選手の村松大輔や齋藤学、オーバーエイジ枠で呼ばれたのだがバックアップメンバーに入った林彰洋に、あえて最初に意見を求める。

 彼らは、ミーティングでは普段サブメンバーなので、あまり意見を言う機会がない。そうした彼らに話題を振ることで、全員がチームの一員だという自覚を持たせたかったのだろうし、やわらかい雰囲気を作って議論を進めたい、と吉田は考えたのだろう。

「林くんはどう思う?」

 と、司会役の吉田に、いきなり話題を振られた林は、「なにか言わなければ」ととっさに思う。

「カナダであったワールドユースの大会の時に、こうしてみんなでミーティングをして、選手たちで話し合える雰囲気は大切だと思う」

 林の優等生的な返答に、誰かが「じゃあ、お前はどう思うの?」と突っ込みの一言を入れた。

「え?」と戸惑う林に、その場の張り詰めた空気が一気に和み、緊張感から開放された穏やかな笑い声がどこからともなく起こる。

 吉田は、タイミングを計りながら、本題に議論を進めていった。最初のテーマは、守備の時に「ボールを外に追って奪うのか、あるいはボールを中に追って奪うのか」である。吉田は、攻撃側の選手にまずは意見を求める。「縦に切る」というやり方に対して、攻撃側の選手はどう思っているのか、と。

 ある選手は「僕らが縦を切ってというやり方だと、体力的に厳しくなって、守備の後の攻撃参加がスムーズにいけない」と話す。そこで攻撃側のある選手は、「うしろ(の選手)はどうした方がいいと思う?」と守備側の選手に質問をする。尋ねられた選手は、「サイドにボールを追って切る方が、ボールのはめどころも決めやすいんじゃないのかな」と提案する。

「それがいいよね」という声が上がる。

 意見を確認するように吉田は、「じゃあ、サイドにボールを追い込んで人数をかけてそこで奪うということだね」と話を集約した。

 次に、「ファーストディフェンダーのFWがどの位置から守備をスタートさせるのか」に議題は移る。選手たちは、それぞれがアジア予選を通して、さらにベラルーシ戦で感じていたことを出し合う。

 ベラルーシは、DFが引いて守ってカウンターというやり方を採用してきた。それは、五輪アジア予選で日本と対戦したほとんどの国と同じやり方だった。ベラルーシのDFがペナルティエリアの前でボールを回していても、FWは「行けるタイミングなら行こう」というやり方である。

 結局、FWと2列目、さらにはCHとの距離も広がって後手に回る場面が何度かあった。相手のレベルが低いと、「縦を切る」というやり方が上手くはまってボールを奪えるシーンもあったのだが、ベラルーシの選手は、ボールを止めて蹴るという技術が高い選手が何人かいたので、FWが闇雲にプレスに行っても、ワンタッチで外されるシーンが増えている。

 ある選手は「あれではやっぱり前線からガッと行くのも考えものだよな」と話した。その結果、「センターサークルの相手陣地の頂点からFWの守備を開始しよう」と言った意見でまとまる。永井は、「僕がプレスに行って相手にはがされても、うしろの選手が連動してついてきてくれれば、2度追いすることもなくなる。うしろに味方の選手がいることで、もしかしたら、相手のCBのこぼれ球が拾えるかもしれない。だから、僕がプレスに行ったなら、(その動きに)連動してコンパクトに行こう!」とみんなの前で話した。

 そして、「DFの最終ラインをどこまで上げるのか」というトピックに話は移行する。「ボールをサイドに寄せてそこに人数をかけて奪う」というボール奪取の約束事と、「センターサークルの相手陣地の頂点からFWの守備を開始する」というファーストディフェンダーの出発点の約束事とを踏まえて、「DFラインをできるだけ高くしよう」と言った話し合いになった。

 その際に、ある選手が「相手によってどちらサイドにボールを寄せるのかを変えよう」と提案する。こうした選手たちの話し合いによって、守備に関する3つの約束事が決まった。

 さらに、SBの選手が意見を言う。

「もっとアーリークロスを入れたい。そのために、もっと深くまで進みたいんだけど、スペースがないから点で合わせるしかない。でも、ベラルーシのDFの選手は背が高いから、引っかかってしまう」。

 彼の意見に対して、ある選手が答える。

「早いタイミングでアーリークロスを入れたいなら、SBのポジションだけじゃなくて、それに関わる周りの選手との連係も重要だから、こうした方がいいと思うんだけど」と、述べて具体的に選手間の動きを指摘した。

 また、ある選手は、セットプレーのリスク管理について意見を出す。このように、何人もの選手が、具体的に問題点を提示してそれを改善する策を述べていった。

 吉田は、みんなの意見を整理して、監督の関塚に報告しなければならない、と頭をよぎる。ミーティングが終了すると、吉田を筆頭に、権田、永井、山村の4人で、関塚の部屋を訪れることにした。関塚が待つ部屋のベルを鳴らしてドアを開けると、少し硬い表情をした関塚の顔が選手たちの目に飛び込んできた。

関塚監督の部屋を4人の選手が訪れる

 吉田麻也、権田修一、永井謙祐、山村和也の4人が選手全員の代表として関塚隆の部屋を訪れる。

 選手たちだけで開かれたミーティングの中で、話し合われて合意に至った内容を関塚に伝える。それは、守備戦術に関する3つの点だった。吉田は、詳細に説明する。

 1つ目の「ボールを外に追って奪うのか、あるいはボールを中に追って奪うのか」については「中を切ってボールを外に出す」というやり方。2つ目の「ファーストディフェンダーのFWがどの位置から守備をスタートさせるのか」は「センターサークルの相手陣地の頂点からFWの守備を開始する」。3つ目の「DFの最終ラインをどこまで上げるのか」においては、上記2つの約束事を踏まえて「DFラインをできるだけ高くする」。

 吉田が、これら3つのチームとしての守備の約束事が話し合われたことを告げると、関塚は、少し考えてから選手たちの戦術に疑問を呈する。

「もし縦にやられたらどうするんだ?」

 吉田は、「ここではっきりと意見を言わないと」と胸の内で決心する。

「縦パスを恐れていたら世界では戦えません。もし縦パスを入れられたら、そこは自分が相手を潰します」

 関塚は再び疑問点を提示する。

「サイドにボールを追い出しても、じゃあ、そこから斜めにボールを蹴られたらどうする? 外国人の選手は、ノーステップで逆サイドにロングボールを蹴られるから。そうなったら、どうしても怖い状況になる」

 関塚の述べたことは、もっともなことだった。日本の選手と欧州や南米の選手との大きいな違いは、逆サイドに正確なロングボールを蹴られるのか蹴られないのかにある、と言っても過言ではない。タッチライン側にボールを寄せてそこに人数をかけてボールを奪おうとしたときに、逆サイドにフリーの選手が走っていたなら、ノーステップで正確なロングボールを蹴って、一気に攻撃に転じさせることができる。そうした状況になれば、形勢は逆転してしまう。関塚は、そうした状況を危惧した。

 一室に集まった4人の選手たちは、関塚の考えに理解を示す。ユースの時代から海外の選手と戦った経験がある選手たちは、関塚が話したような場面に何度も遭遇していたからだ。

 権田が「じゃあ、そこはどうしましょうか?」と問いかける。4人の選手たちは互いに意見をだし合って、「中を切りながら、斜めに蹴られないようにボールをサイドに追い込んでいけば、なんとかケアできる」と話した後で、「こうなったならこうした方がいい」とより具体的なアイデアを関塚に語る。選手たちは、関塚の返答を待つ。

「よし、わかった。それで行こう!」と、関塚は選手たちの総意を受け入れた。

「まず縦を切れ!」という相手のロングボール対策のための守備戦術から、「中を切って外にボールを出す」というオーソドックスな守備戦術への変更が、この瞬間に決められたのである。こうした戦術の変更が日本にとって本当にプラスに働くのかどうかは、最後の親善試合となったメキシコ戦を迎えるまで、まだ霧の中にあった。

【BACK NUMBER】
●Episode 9 スペインとの戦いを1週間後に控えて
●Episode 8 吉田麻也の冷静な指摘
●Episode 7 「まず、縦を切れ!」と選手に伝えた監督の守備戦術
●Episode 6 メンバーに選ばれた永井謙佑の重責
●Episode 5 最終選考メンバー発表の明暗
●Episode 4 キャプテン山村和也という存在
●Episode 3 チームの雰囲気を一変させた選手だけのミーティング
●Episode 2 攻撃側の選手と守備側の選手の乖離
●Episode 1 不協和音はロッカールームから始まった

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