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【ロンドンの残光】ロンドン五輪サッカー日本代表の真実「Episode 9 スペインとの戦いを1週間後に控えて」

2015.01.11

Getty Images

スペインとの戦いを1週間後に控えて

吉田麻也
Photo by Getty Images

 ロンドン五輪の初戦、スペイン戦を1週間後に控えた五輪代表は、ベラルーシとの親善試合を行った。試合は、1対0で勝利したのだが、守備に関しては、日本を出発する前に行われたニュージーランド戦と同じで、攻撃の1人の選手が相手のボールに2度3度と追いかけるというやり方に変化がなかった。

 ベラルーシ戦で初先発した吉田に、試合後、関塚はこう声をかけた。

「こんなチームだけど大丈夫か?」

「はい」と、答えた吉田だったが、内心は違った思いを抱いていた。

 試合が終わって選手たちが宿泊先のホテルに帰るためにバスに乗り込む。バスが出発すると、吉田は近くの席に座っている権田修一に言葉をかける。

「ゴンちゃん、このままだときつそうじゃない?」
 権田は吉田の目を見て答える。
「きついですよ」
 また、吉田は徳永悠平にも同じ質問をする。
「トクさんはどう思いますか?」
 徳永も権田と同じように答える。
「きついと思う」
 さらに、実際にボールを何度も追いかける永井謙祐の答えを待つ。永井は躊躇せずに即答した。
「きついです。何回も追わされると、もう走れないですよ」

 選手たちの言葉を確認した吉田は、「なんとかしなければ」と考えて、選手全員で話し合いの場所をもたないとならないと思った。吉田は、ホテルに着くとすぐに監督の関塚隆に守備に関する自分の考えを話してミーティングの許可を得る。

 ここで、選手たちだけの話し合いの場を許した関塚の決断がなければ、ロンドン五輪での日本の戦い方は生まれなかったということは確かだ。吉田は、オーバーエイジ枠で呼ばれた一人の選手の立場なので、どんなにチームとってプラスになるようなことであっても、勝手に選手だけのミーティングを行うことはできない。

 当然、監督の了解を得なければならない。「守備に関して」という断りを入れている以上、選手たちだけのミーティングが開かれれば、関塚が指示してきた「まず縦を切れ!」というやり方に異論を唱える選手がでてくることも予想された。

 それでも、選手たちに話し合いの場を許したのだから、関塚も腹を括っての決断だったろうし、また、アジアのチーム相手ならなんとかなった戦い方も、世界のチーム相手には今のままの戦い方では限界がある、ということを感じていたのだろう。

「インプットタイプ」「アウトプットタイプ」「バランスタイプ」の監督

 監督のタイプには、「インプットタイプ」「アウトプットタイプ」「バランスタイプ」がある。「インプットタイプ」とは、「こう動いてきたらこうしろ!」と具体的に細かい指示を選手にするタイプ。監督が主体的になって戦術を細かく指示する。

 たとえば、[4-4-2]のフォーメーションの場合、最後の2にあたる2人のFWが、守備の際に縦並びの関係になっていたとする。相手のフォーメーションも4-4-2と同じ場合、両チームのシステムをマッチアップさせると、相手のCB2人をFWの1人が見て、一歩下がり目のもう一人のFWが相手のCH2人のうち一人を見るように試合前に指示された。

 実際の試合になると、選手にとってポジションはあってないようなものになる。なぜなら、マークしている相手の選手もマークを外そうと動いてくるので、相手の動きに合わせて自分もポジションを変えていかないとならないからだ。

 トップに張るFWは、CBがドリブルしてくるので、前に行かせないようにそのCBの前に立ってケアした。すると、CBは隣にいるCBにパスをして、ボールをもらったCBがドリブルをはじめる。下がり目のもう一人のFWは相手のCHを見ているので、トップのFWがドリブルするCBをうしろから追いかけるためにポジションを下げてきた。そういう場面が何度かあって、ハーフタイムに下がってCBをケアしようとしたFWは、監督に「下がる必要はない」と叱られた。

 もしも、FWが下がってドリブルするCBをケアしなければ、CBからのビルドアップが有効になってそこから決定的ピンチを招いていたかもしれない。しかし、「インプットタイプ」の監督は、自分の指示を守らずに下がってケアしたFWを、ハーフタイム後に交代させた。「インプットタイプ」の監督には、「戦術家」と呼ばれる人が多い。

「アウトプットタイプ」とは、選手たちに主体性を持たせて、彼らが自分たちで話し合って戦い方を決められるようにもって行こうとするタイプ。大原則として、サッカーの戦術は、選手の質によって決められるものだ。「ポゼッションサッカーをやりたい」と言っても、ボールを止めて蹴られる技術がしっかりした選手がそろっていなければ、「ポゼッションサッカー」を実践するのは難しい。

 それまで、ロングボールを後方から蹴っていたチームが、次第にスキルの高い選手が集まってきてポゼッションができるチームになってきたとする。監督もやり方を変えてもいい時期にきたと思っていた。選手たちもロングボールを蹴るサッカーからポゼッションサッカーをやりたいと言い出した。

 その時に、「アウトプットタイプ」の監督は、どうしてポゼッションサッカーが必要なのか、を選手たちに考えさせるように仕向けていく。このタイプの監督は、自分「こうしろ!」とインプットするよりも、「こうしたい!」と選手たちが話し合って答えを出す方が、決断に対してより責任感をもてるし、自分が「インプット」するよりも強固なものになると考える人に多い。

「アウトプット」と「インプット」を上手に使い分けるのが、「バランスタイプ」の監督である。試合数日前に、監督が選手全員に対して相手チーム対策のミーティングを行った。監督は、両チームのシステムをマッチアップさせた配置図をホワイトボードに書き込んだ。「このマッチアップを見て、それぞれ守備側の選手と攻撃側の選手がわかれて、メリットとデメリットを話し合ってくれ」と告げる。

 選手同士の話し合いが落ち着くと、監督は、メリットとデメリットを選手たちに挙げさせた。「相手がメリットを活かそうとして、こうやってきたらどうすればいい?」と監督が問うと、ある選手が「こうすれば対処できるんじゃないですか」と答える。

「よし、じゃあ、その時はそれでやってみようか」と話した後で、「実際の試合になったら、相手はそうしたやり方をとらないかもしれないから、そのときはどうするのかも考えておかないとならないから」と述べてミーティングを終えた。

 選手たちは監督の「相手はそうしたやり方をとらないかもしれない」という指摘が気になって、ミーティングの後も個別に話し合った。実際に試合で起こったことは、監督が指摘した「別のやり方」を相手チームがとってきたので、それに対する対応が難しくなかった。

 また、試合前に、監督はSBの選手に「こういう状況になったら、お前はここにポジショニングしていろ。そうすれば、お前のいるところにボールがくるから」と告げる。SBの選手は、「本当にそうなるのか」と疑心になったが、監督が言ったような場面になったので指摘通りのポジションにいると、本当に彼にボールが回ってきた。このように「アウトプット」と「インプット」を上手く使い分けられる監督が「バランスタイプ」の人である。

 では、関塚はどういうタイプの監督なのだろうか? 

 五輪アジア予選での関塚は、守備に関しては「インプットタイプ」の監督で、攻撃に関しては「アウトプットタイプ」の監督だと言える。

 守備について「どのようにチームで守るのか」の意識を選手に植え付けた点は「インプット」だった。攻撃は、「攻撃陣のアイデア」に任せて細かい指示はだしていない。永井も「どうやって攻めるのかは、僕たち攻撃の選手に自由にやらせてもらっていました」というように、ここは「アウトプット」である。

 そして、五輪本番を目の前にして、具体的に言えば、ベラルーシ戦をさかえに「バランスタイプ」に変更していく。さらに、ベラルーシ戦後に選手間で話し合った内容によって変化をもたせた。

 つまり、守備戦術に関して大きく舵をとって、やり方を変えないとならないと悟ったのだろう。守備戦術のやり方を変えると同時に、攻撃のやり方にも変化をもたせなければ五輪本番のグループリーグを勝ち抜けない、という考えに至ったのは間違いない。

 それは、次のような権田の発言から読み取れる。
「チームは、アジア予選を勝ち抜いた時の戦い方と、世界相手に戦うのとでは戦い方を変えたと思います。アジア予選では、守備に関して、相手の前線に背の高い選手がいて、それを踏まえてどうやって守るのかという感じだったんです。

攻撃に関しては、マイボールの時間を長くして攻めていくというやり方を目指していたのですが、世界相手の大会になったら守ってカウンターというものに変わった。特に、永井がFWとしてワン・トップに張っていたので、彼の特長を活かすためにもアジア予選と違う戦い方をする必要があった。まず、失点をしないこと。それには、守備の安定が絶対条件となったんです」。

(表記の説明)
GK=ゴールキーパー
DF=ディフェンダー
CB=センターバック
SB=サイドバック
WB=ウイングバック
CH=センターハーフ
MF=ミッドフィールダー
WG=ウインガー
FW=フォワード
CF=センターフォワード

【BACK NUMBER】
●Episode 8 吉田麻也の冷静な指摘
●Episode 7 「まず、縦を切れ!」と選手に伝えた監督の守備戦術
●Episode 6 メンバーに選ばれた永井謙佑の重責
●Episode 5 最終選考メンバー発表の明暗
●Episode 4 キャプテン山村和也という存在
●Episode 3 チームの雰囲気を一変させた選手だけのミーティング
●Episode 2 攻撃側の選手と守備側の選手の乖離
●Episode 1 不協和音はロッカールームから始まった

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