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【ロンドンの残光】ロンドン五輪サッカー日本代表の真実「Episode 11 吉田麻也がチームの中で真のリーダーとなった瞬間」

2015.01.19

吉田麻也がチームの中で真のリーダーとなった瞬間


Photo by Getty Images

 ノッティンガムのホテルの一室に選手全員を集めて行われたミーティングの中で、話し合われたのは守備戦術についてだけではない。

 ミーティングの音頭をとって司会役に回ったチームのキャプテンである吉田麻也は、チームに合流したときから腑に落ちないことがあった。吉田は、守備戦術に関する意見の合意を見た後に、選手たちを前にして次のように語り出す。

「A代表とU-23代表を比べた時に、確かにこっちの方が一体感はある、と思う。でも、それって紙一重なんだよね」

 選手たちは、吉田が何を話そうとしているのかにじっと耳を傾けた。

「確かにこのチームには一体感はある。じゃあ、もしも、ちょっとその一体感がかみ合わなくなったらどうなるのか? 下手すると、集中力がない、と捉えることもできるよね。試合前のミーティングとか、移動中のバスの中とか、スタジアムに着いてからとか、みんな普段通りにしゃべっている。A代表では、そんな感じの雰囲気はまったくないんだよ。試合へのアプローチがものすごく大切なことだと思う」

 選手たちは、黙って吉田の話にうなずく。

 五輪代表のキャプテンとなった吉田がチームに対して取り組む姿勢を見て、権田の発言を思い出す。以前、権田はキャプテンについてこんなことを話していた。

「絶対的なキャプテンを置いてしまうことで、もしも若い選手が多いチームならば、絶対的なキャプテンに依存してなにもかも頼ってしまうことが多くなる気がします。チームの中にリーダーは必要。

 チームをまとめるためにみんなで話し合う機会をもうける際、司会者としてのリーダーは必要だと思うんです。チームに絶対的な存在としてのキャプテンは本当に必要なのかどうか、考える必要があると感じています」

 権田はしばしば、「このチームはいつも通りを大切にしてきたんです」と話したことがある。吉田が指摘したように、「試合前のミーティング」「移動中のバスの中」「スタジアムに着いてから」、いつも通りを大切にして選手たちは振舞ってきた。

 そうした仲間意識によるチームワークの構築は大切なことかもしれないが、「いざここが勝負のときだ!」と迫られた状況になったなら、友だち感覚では苦難を乗り切れない。試合がない日の「オフ」の状態と、これから試合に向かうときの「オン」の状態の区別をはっきりさせることで、気持ちを切り替えて集中力を高められる。

 このような意図から、吉田は苦言を呈したのだろう。誰だって、言いにくいことや小言に聞こえてしまうようなことを、あえて人に話すのは嫌なことだ。話すことで、すべての人が納得して理解してくれるわけではない。それでも、人が苦く感じるような事柄を話した吉田に、選手たちは真のキャプテンシーを見たのだろう。

 それは、権田が述べたような「チームの中のリーダー」という存在に映ったからだ。なぜなら、吉田の話を受けたある選手は、自分の部屋に戻ってから、同室になった相棒に「マヤさんが言っていたのは一理ある。次のメキシコ戦は、みんなで戦う雰囲気を作ってやってみようか」と話して、他の選手たちにそのことを伝えたのだと言う。

守備戦術について選手たちだけの細かい話し合い

 U-23日本代表は21日、ノッティンガムでU-23メキシコ代表との国際親善試合に臨むことになる。

 ちょうど4日前の18日の夜、ベラルーシ戦の後のミーティングで、吉田が話した緊張感を持った「試合へのアプローチ」について、選手たちはメキシコとの試合がはじまる前から、そのことを意識して気持ちを引き締めた。

「スタジアムに向かうバスの中」から「試合前のミーティング」においても、「簡単なアップ」をして「ロッカールームに戻ってから」でも、「ゲーム前のアップ」と「試合開始前の短い時間」においても。こうしたすべての場面場面で、選手たちは戦う雰囲気を作り上げていった。すると、試合への入り方が違って感じられるようになる。

 権田は「選手たちがいつもより集中した状態でゲームに入っていけている。だから相手のミスを見逃さずに先制点が取れたんだと思います。試合をしていて、チームとしてあんな感覚は今までなかった。『マヤさんの言ったことは嘘じゃない、実際に感じることができた』とみんなが思った。だって、あんな高い集中力を持って相手のミスをついて得点を奪ったんですから」と話した。

 この試合で日本は、開始早々の1分に相手のパスをインターセプトした清武が、右サイドを走る永井にボールを渡し、折り返したところを東慶悟がスライディングして先制点を決める。前半のうちに同点に追いつかれ押し込まれるが、途中出場した大津祐樹が87分に決勝ゴールを挙げて、終盤に突き放し2対1で勝利した。

 試合後、関塚は「選手間もコーチングスタッフの間でも、いろいろ話すことがありました。タイトな日程での強化試合でしたが、この3試合の経験を本戦で生かしたいと思います」と述べた。

 ここで関塚が言う「選手間もコーチングスタッフの間でも、いろいろ話すことがありました」とは、監督が守備戦術の変更を認めた後に行われたメキシコ対策のミーティングのことである。

 五輪アジア予選の中での相手対策によるミーティングは、相手選手の個人的なプレーの特長を分析して、選手たちに報告することはなかった。チームとしてどうやって戦うのかについてなど、自分たちのプレーがどうかという視点だけだった。しかし、五輪本戦直前のメキシコ戦から、相手選手の特長が細かく選手たちに報告されるようになる。

 権田はそうした変化に「まずはチームとして失点しないことを考えているんだ」と受け取る。ミーティングでは、相手選手の利き足が右足なのか左足なのかにも言及された。たとえば、「左のCBを務めるメキシコの13番のレイエスは、左のポジションだが利き足は右足である」といったように、そうした情報をもとに選手たちが話し合う機会が生まれた。

「13番のCBがボールを利き足じゃない左足で持ったなら、どうしても精度が落ちる」と、ある選手が話す。

「じゃあ、その選手に左足にボールを持たせるようなDFをしよう」

 別の選手がそうやって答える。

「13番に横パスがきたときに、利き足の右足にボールを持たせないようにプレスをかけて、なるべく(日本側から見て)左サイドにボールを追い込んで行こう」

「13番が左足でボールをもった時は、逆に右サイドにボールを出すようにする」と、トップに張るFWの永井が答えて、選手たちの意見がまとまる。

 権田は、選手たちでのミーティングについて、「言われて見れば当たり前なんですけど、みんなで話し合いをすることで、意識しない部分を共通認識にしたことが大きかった。『相手のこの選手がこうボールを持ったら、このタイミングでプレスに行けばいい』と。そういう話をみんなでしたので、はっきりとする部分ができたんです」と述べた。

【BACK NUMBER】
●Episode 10 ノッティンガムのホテルの一室で話し合われたこと
●Episode 9 スペインとの戦いを1週間後に控えて
●Episode 8 吉田麻也の冷静な指摘
●Episode 7 「まず、縦を切れ!」と選手に伝えた監督の守備戦術
●Episode 6 メンバーに選ばれた永井謙佑の重責
●Episode 5 最終選考メンバー発表の明暗
●Episode 4 キャプテン山村和也という存在
●Episode 3 チームの雰囲気を一変させた選手だけのミーティング
●Episode 2 攻撃側の選手と守備側の選手の乖離
●Episode 1 不協和音はロッカールームから始まった

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