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広島にCS大逆転劇を導いた立役者…柏好文、“ファンタジスタからの”進化論

2015.12.03

1得点1アシストでMOMを受賞したMF柏好文 [写真]=白井誠二

 明治安田生命Jリーグチャンピオンシップ第1戦。怒濤の展開の中でヒーローになった男は興奮気味にまくし立てていた。

「アオさん(青山敏弘)だったり、シオ(塩谷司)だったり、同じサイドの選手には『全部俺につけてくれ。持ったら全部俺を見てくれ』と伝えましたし、一回一回プレーが終わるたびに『もう一回つけてくれ。次もつけてくれ』と要求した」

 そんな言葉を聞きながら、「変わったけど、変わってないんだな」というちょっと妙な感慨も覚えた。ギラギラしていて、真っ直ぐで、ピッチに立てば千変万化。サンフレッチェ広島が全国に誇るウイングバック、柏好文とはそういう男である。

 ケガに泣く時期を経て迎えたチャンピオンシップでも、彼の姿勢は変わらなかった。69分、満を持してピッチに送り出されると、右サイドでチャレンジャブルなプレーを繰り返し続けていく。ボールを持ったら、仕掛ける。ボールを持ったら、仕掛ける。「相手にとったら『しつこいな』と思われるくらいに」(柏)というドリブルでのトライ。両足でボールを触れる個性を生かし、縦を突くだけでなく中にも侵入していく。相手DFにとっては「ドリブルで来るのは分かっているのに、どのドリブルで来るかが分からない」という状況を作り続ける。そしてガンバ大阪に退場者が出て守備側が数的優位を作れなくなると、その脅威度はさらに増していった。

 80分にはゴール前にこぼれてきたボールを迷わず強振。このアウトフロントに掛けそこなったボールがドウグラスへの「アシスト」となり、反撃の口火を切るゴールを呼び起こした。

「サッカーではそこにいることが大事だと思いますし、あそこでパスではなくて思い切ってシュートを打った結果がゴールになった」と本人は胸を張るが、確かに生粋のサイドアタッカーであれば、あの位置にはいなかったかもしれない。柏がそういう選手だからこそ、そこにいたのだ。

 そして2-2で迎えた96分。再び「そこにいた」柏が決勝点。こぼれ球を蹴り込んだ形は、いわゆる“ごっつぁんゴール”と思われがちだが、柏がウイングバックの選手であること、そして先のゴールでも同様のポジションに入ってきたことを思い出せば、必然性のあるものだったことが分かる。まさに「しつこさ」の勝利だった。

 彼が生まれ育ったのは山梨県巨摩郡富士川町(旧増穂町)。市町村合併を経ても人口1万5000人ほどの小さな町だが、この大地からは柏以外にもFW深井正樹(現V・ファーレン長崎)や長谷川悠(現徳島ヴォルティス)といった選手が育っている。柏は地元の大先輩・深井の後を追うように、高校からは家からは少々離れた韮崎高へと進む。かの中田英寿氏も通った高校サッカーを代表する名門校だ。

 国士舘大を経由してプロに進んだキャリアから、この高校時代は無名選手だったように思われているかもしれないが、決してそうではない。試合を見れば一際輝いている選手だったのは間違いないのだが、ポジションはフリーダム。トップ下や最前線で自在にボールを操ってゴールに迫っていくファンタジスタだった。今と変わらぬ「全部俺につけてくれ」スタイルを、ピッチのど真ん中でやっていた。

 高校時代、韮崎高の試合会場で、現在はとあるJクラブのトップチームを指導しているスカウトマンとこんな会話を交わしたことを覚えている。

「あの柏って選手、メチャクチャ面白くないですか? “小さなファンタジスタ”って感じですけど、やっぱりプロは無理なんですかね?」

「面白いよね〜。俺も大好きだよ。でも、プロでああいう選手は無理だと思うよ。足下の選手だから、つぶされちゃうだけなんだ。あれで強さがあれば違うけど、小さい(当時164センチ)からね。興味を持つ人はいるだろうけれど、実際にオファーを出すチームはないと思う」

 今からちょうど10年前の話だが、当時から日本サッカー界は「オフ・ザ・ボール」を強調するようになり、球離れの良い選手が優れた選手であるという啓蒙を強めていた。柏のように「足下で受けてナンボ」の選手は「ダメ」で、評価されなくなっていた。実際、U-18日本代表などに声が掛かることもなく、国士舘大へ進んだ。

 大学では守備面と体力面で向上を見せる一方、足下で勝負する選手であることは本質的には変わらなかった。卒業時に当時J2のヴァンフォーレ甲府に進むことになったのも“足下の選手”であることを強豪クラブからは忌避されたからという面が少なからずあったように思う。

 しかし柏は、その甲府で化けた。大卒3年目に出会った城福浩監督(当時)は、この「小さなファンタジスタ」をウイングバックというポジションに据え、叩きまくって鍛え抜いた。柏の個性が確かな技術に加えて、叩かれても前を向けるポジティブなメンタリティにあることまでを見抜き、気ままなポジショニングを理屈のあるポジショニングに変えていく作業を根気強く続けて、大きく化けさせた。

 J1の舞台で柏がトップ下やFWに入っても「つぶされるだけ」という評価は、恐らく正しかったに違いない。だが、彼はウイングバックという位置で輝き直した。足下の選手、ドリブル勝負の選手、ゴールばかりを見てしまう選手という本質は何も変わっていないが、現代サッカーにおける脅威度は比較にならないほど大きくなった。ファンタジスタでありながら、そのキャリアを通じて「走るチーム」にいたことも、今に生きているのは間違いない。

 柏が教えてくれるのは、選手の可能性は無限大であるという事実だろう。「全部俺につけてくれ」というメンタリティの結果として、広島に来てからはボールをもらうアクションも格段に進歩を見せている。マニュアルに沿って思考すれば、柏は確かに「プロでは無理な選手」、「足下だけの選手」には違いなかった。だが、人は変わるもので、進歩するもの。そして人は、使い方次第であり、鍛え方次第であるということ。

「こういう姿勢は第2戦でも貫いてやりたい」と柏は言う。この考え方は全く変わらない。それはそれで清々しいし、柏が生まれ持った確固たる個性なのだから、大いに貫いてくれればいいだろう。山梨で生まれ育った小さなファンタジスタは怖さを持ったワイドアタッカーへと生まれ変わり、進化した姿で日本の頂点を目指して疾駆する。

文=川端暁彦

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By 川端暁彦

2013年までサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』で編集、記者を担当。現在はフリーランスとして活動中。

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