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タイトル獲得に意気込むインシーニェ「1試合1試合、最大限の力を尽くす」

2013.11.25

during the Serie A match between Genoa CFC and AC Milan at Stadio Luigi Ferraris on September 28, 2013 in Genoa, Italy.

[ワールドサッカーキング1121号掲載]

古豪ナポリがセリエAの舞台で快進撃を見せている。そのピッチでひときわ大きな存在感を放つ小さな男、誰もが資質を認めるロレンツォ・インシーニェが、自身とナポリ、そしてアッズーリの今を語り尽くす。
インシーニェ
インタビュー・文=マッシモ・ダレッサンドロ Interview and text by Massimo D’ALESSANDRO
翻訳=高山 港 Translation by Minato TAKAYAMA
写真=ゲッティ イメージズ Photo by Getty Images

「お前はサッカーをやるには小さすぎる」

 ロレンツォ・インシーニェは周囲からそう言われて育ってきたという。22歳となった今なお身長はわずか163センチ。プロサッカー選手としては確かに小さい。

 しかし、ピッチの上で確かな存在感を放ち、ナポリで主力の座を手中に収めた。ナポリの小柄なアタッカーと聞けば、誰もがある男の姿を思い浮かべるはず。そう、インシーニェは今やディエゴ・マラドーナとも比較される存在になりつつあるのだ。

 インシーニェはとてつもない強心臓の持ち主だ。18歳でセリエAデビューを飾った時、彼の足は全く震えなかった。21歳で初めてチェーザレ・プランデッリ監督のイタリア代表に招集された時も、特別な興奮を覚えることはなかったそうだ。ドルトムント戦でチャンピオンズリーグ(CL)デビューを果たした時も、恐怖心を抱くことはなかった。それどころか、鮮やかなFKで決勝ゴールまで決めている。

 意志の強さと才能が完璧にマッチすれば、周囲には想像もつかないようなことを実現できる。それを証明したインシーニェは今、サッカー人生を誰よりも満喫している。

一生懸命練習すればいつかは上に行ける

――まずは昔のことから話していこうか。ナポリに加入した日のことを覚えているかい?

インシーニェ 忘れるわけないよ。あの時、僕はすごく混乱していた。家族の雰囲気が異常だったんだ。何しろ14歳の少年が、地元のサッカースクールからいきなり偉大なナポリに入ったんだ。僕の家ではこれ以上ないほどのビッグイベントだったよ。ただ、初めて練習に参加した日には、「これからはきつい登り坂が続くだろうな」とも感じた。

――それはどういう意味?

インシーニェ その日、僕は両親と一緒に練習場に行った。集合時間よりだいぶ早く着いたんだけど、既にたくさんの少年が集まっていて、すぐに試合が行われた。ジョヴァニッシミ・ナツィオナーリ(13歳から14歳のカテゴリー)のチームを作るためのセレクションさ。その試合で僕には出番が与えられなかった。悲しかったし、がっかりした。スカウトが僕に言ってくれた褒め言葉は何だったのかと疑問に思ったよ。誰も僕のことを見てくれなかった。あのショックは忘れられない。

――そこからどうやって道を切り開いたの?

インシーニェ 僕にできる唯一の方法で、だよ。つまり、必死に練習したのさ。毎日一生懸命練習していれば、いつかは上に行けると信じていたからね。あの頃は監督の期待を裏切らないよう心掛けていたし、家族の負担にならないようにと必死だった。家計を助けるために僕も何かしなければと考えて、プリマヴェーラでプレーするようになった頃にはフラッタマッジョーレの市場でアルバイトをしていた。いとこが店を出していたから、朝6時に起きて市場に行き、仕事が終わったら一眠りしてから練習に参加していた。そんな努力が報われたのか、時には家族が喜ぶような出来事もあったけどね。

――それはどんな出来事?

インシーニェ 僕が所属していた地元のサッカースクール「オリンピア」のオラツィオ・ヴィターレ会長が、1500ユーロ(約20万円)で僕の所有権をナポリに譲渡したんだ。その後、数年が経過して僕の市場価値は上がり、オリンピアは3万ユーロ(約390万円)のボーナスを手にした。笑えるのはその時に生じた誤解さ。ボーナスのニュースを見た父は、それが移籍金の追加分だと知らず、僕がもらえるものだと思い込んで狂喜乱舞したんだ(笑)。

ディエゴのユニは近々、手に入れる

――サッカーとのつき合い方は終始良好だったようだけど、学校との付き合い方は?

インシーニェ そっちは最悪だったよ(笑)。学校はどうしても好きになれなかった。何とか中学校を卒業したけど、それが精一杯だった。その後、家のすぐそばにあった学校で簿記を学ぶつもりだったんだけど、結局、学校にはほとんど行かなかった。毎日のように試合をしていたからね。

――サッカーの試合?

インシーニェ そうだよ。サッカーやフットサルの試合さ。僕が通っていた学校のチームはその地域で一番強くて、僕が加わることを全員が望んでいた。1年目に落第してしまい、学校を辞めようと思ったんだけど、僕をチームに残したい先生たちが「もう1回、受講しなさい。合格させるから」と言ってくれた。結局また落第したけどね(笑)。

――その頃から将来を嘱望される選手だったの?

インシーニェ 多少は知られた存在だった。自分で言うことじゃないけど、(アレッサンドロ)デル・ピエロのようなドリブルとシュートで有名だったんだ(笑)。右足のキックで巻いてファーポストに決めるシュートさ。

――デル・ピエロは君の憧れの選手だったんだね?

インシーニェ 彼のプレーを見て育ったようなものさ。僕の脳裏には常に彼のプレーのイメージがある。サッカー選手としてのデル・ピエロを崇拝していたんだ。もちろん人間としての彼も尊敬している。僕が憧れていることを知って、ユニフォームを贈ってくれたこともあって、チームメート全員からうらやましがられたよ。そのユニフォームは部屋に飾ってあるし、今は彼が所属するシドニーFCを応援している。実際の試合を観る機会はほとんどないけど、常に彼の活躍とシドニーの勝利を願っているよ。

――会ったことはあるの?

インシーニェ いや、実はまだ一度も会ったことがないんだ。僕がセリエAでプレーするようになった頃、彼は既に地球の裏側でプレーしていたからね。対面する機会をもらえたら、今度は僕のユニフォームを彼にプレゼントしたいね。

――ナポリの英雄、ディエゴ・マラドーナのユニフォームは持っている?

インシーニェ いや。ただ、近々手に入れるつもりなんだ。実は僕の代理人であるアントニオ・オッタイアーノが、ナポリが2回目のスクデットを獲得した時にディエゴからもらったユニフォームを持っていてね。彼との間で“胸にスクデットが縫いつけられた24番のユニフォーム”とそのユニフォームを交換する約束を交わしているのさ。早ければ今シーズン終盤にはその日がやって来る。可能性は大いにあると思うよ。

1試合1試合、最大限の力を尽くす

――今のナポリにはユヴェントスやローマとわたり合う力がある。ただ、CLを戦うことでエネルギーを必要以上に消費したり、リズムを崩したりという危険性もある。

インシーニェ それはいち選手が考えることじゃない。僕自身は1試合1試合、最大限の力を尽くすことしか考えていない。チームの力をどう分配するのかは、CLでの経験が豊富な(ラファエル)ベニテス監督の仕事だよ。選手がすべきことは、3日に1試合のハードスケジュールを乗り越えられるよう、監督の指示に従ってトップコンディションを保つことだけさ。

――ベニテスの指導法に関して、印象に残っていることは?

インシーニェ 絶対に怒らないことかな。サマーキャンプから今まで、僕は彼がナーバスになっているところを見たことがない。オリンピコでローマに敗れた時もそうだった。あの日、僕らは前半の45分間で2つの決定機を得ながら、ミスで得点を奪えなかった。当然、ハーフタイムには怒られると思っていたよ。でも、監督が声を荒げることはなかった。穏やかな調子で、どこが悪かったのか、そして、どのように修正すべきかを説明してくれたよ。

――君はこれまでに偉大な監督の下でプレーしてきた。ズデネク・ゼマン、ヴァルテル・マッツァーリ、そしてベニテス。この3人の違いを説明してくれるかな。

インシーニェ ゼマンは僕の“先生”だ。プロの舞台で最初に僕に信頼を寄せてくれた監督さ。フォッジャとペスカーラで2年間、素晴らしい時を過ごさせてもらった。実際のゼマンはメディアが抱いているイメージとはだいぶ違う。いつもしかめっ面をしているわけじゃないし、ユーモア溢れる人だよ。マッツァーリは例えるなら“ハンマー”。チームを厳しく鍛え上げていくタイプの監督だ。僕をセリエAの舞台でデビューさせてくれた彼にはすごく感謝している。ただ、ゼマンからマッツァーリに監督が代わって戦術対応に苦しんだ時期もあった。マッツァーリは僕にセカンドアタッカー、時にはセンターフォワードの役割を求めた。それまで一度もやったことのないポジションだったから、戸惑ったことは確かさ。ベニテスは、性格的にはゼマンとマッツァーリの中間に位置していると言えるかな。

――君はそれぞれの監督から何を学んだ?

インシーニェ 3人とも偉大な監督だから、学ぶことは多い。ゼマンからは「サッカーは喜びだ」ということ、マッツァーリとベニテスからは「偉大なチームは11人で守備をする」ということを学んだよ。

ナポリだけでなく、イタリア代表でも高い評価を得ているインシーニェ。来年に控えるブラジルW杯への思いを語った。インタビューの続きは、ワールドサッカーキング1121号でチェック!

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