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【ロンドンの残光】ロンドン五輪サッカー日本代表の真実「Episode 8 吉田麻也の冷静な指摘」

2015.01.07

吉田麻也の冷静な指摘

吉田麻也
Photo by Getty Images

 吉田麻也は、躊躇せずに指摘する。

「全体が間延びしているから、1人の選手がカバーするべきスペースが広すぎる。FWがプレスをかけたとき、FWについていってラインを上げるのか、うしろに残るのかどうするのか、混乱しているように思えた」

 FWの永井がボールを追うために前進したときに、後ろにいる2列目の東慶悟や大津祐樹、清武弘嗣との距離が広がる。永井の動きに合わせて、もし東や清武、大津が前進してプレスに参加したならば、今度は、CHの山口螢と扇原貴宏と2列目の東や清武、大津との距離が広がってしまう。

 もし山口と扇原が、2列目の選手に連動して前進したならば、そこでの距離は広がらない。そうなれば、次にCHとDFの距離が広がるのだが、逆に、目の前に空いたスペースを利用してDFは前に出てラインを上げられるようになる。しかし、五輪アジア予選での日本には、そうした守備の連動はあまり見られなかった。

 吉田の「全体が間延びしている」という指摘は正しいことになる。

 FWが前にボールを追っても、2列目やCHが連動して動かないのだから、DFがラインを上げられるスペースを持てずに低い位置で残ったままになる。

 吉田が「全体が」と言ったのは、先頭のFWと最後尾のDFの距離のことで、FWとDFの距離が広がり過ぎているので、「全体が間延びしている」ということなのだ。また、一人ひとりの距離が広がってしまうので、「1人の選手がカバーするべきスペースが広すぎる」という状況が作られてしまう。

 さらに、「FWがプレスをかけた時、FWについていってラインを上げるのか、うしろに残るのか、混乱しているように思えた」という指摘も正しい。チーム全体で、FWのプレスのスタートラインやどういったときにプレスに行って、どこでボールを奪うのかが、明確になっていない以上、「ラインを上げるのか、うしろに残るのか」という共通認識を持つことはできないのだから、「混乱しているように」見えてしまうのも当たり前のことである。

 だからと言って、関塚の「まず縦を切れ!」という指示が間違っていたとは思わない。

 なぜならば、FWが前にボールを追う動きに全体が連動して、2列目とCHも前に上がっていき、DFもラインを上げたならば、今度はGKとDFの距離が広がって、アジアのチームがよくやるDFの背後にロングボールを入れられて、ピンチになるきっかけを作ってしなうことになるからだ。

 サッカーの戦術は、相手がどんな戦術をとってくるのかに合わせて考えられるものだから、相手が、ロングボールを蹴ってくる戦術ならば、無駄にラインを上げてGKとDFのスペースを提供する必要がない。

 どんな戦術をやってくるチームに対しても、自分たちのやり方を変えないで戦えるほど、日本のチームはそこまで確立されていない。

 それゆえに、後方からロングボールを蹴られてセカンドボールを拾えないで、後手後手に回されるような状況を作られるならば、まず縦を切って、ロングボールを簡単に蹴らせないというやり方は間違っていないことになる。ただし、アジアのチームが相手ならば、という疑問符がつくことは忘れてはならない。

守備戦術の変更とその決断のとき

 関塚は、ある決断をしなければならないときがやってきた。

 それは、五輪アジア予選で行われた守備戦術の変更だった。アジアの中で予選を勝ち抜くやり方と、世界の中で戦うやり方では、違ってくるのも当然の成り行きだろう。しかし、今までやり通してきたやり方を変えて、新しいやり方にチャレンジするのは、相当の決断と覚悟がいることだ。

 監督が、アジア予選の中で選んできたメンバーは、その時々の状況に合わせて選んだ考えられるベストのメンバーであって、事情が許す限りの人選だった。本来なら香川真司を最初からメンバーとして呼び、チーム作りをしたかったのだろうし、オーバーエイジ枠の人選ももっと違うメンバーを入れたかったのかもしれない。

 しかし、そうした望みは許されない環境にあった。

 まず、U-23代表というカテゴリーは、選手の育成を中心に考えられたものである。U-23までの年代がオリンピックに出場することになった背景には、FIFAとIOCとの駆け引きがあった。FIFAは、W杯を世界大会の中で最も権威ある大会にしたい。

 一方、IOCは、五輪大会の中で、サッカー人口の増加と競技のレベルアップ、さらに五輪でのサッカー人気を高めたいという狙いがあった。FIFAとIOCの一つの妥協の産物として、プロフェッショナルプレーヤーも参加できて、その中に23歳以上のオーバーエイジの選手も加われる大会にするために、U-23代表というカテゴリーが作られた。

 日本サッカー協会もそうした流れの中で、U-23五輪代表をとられている。はっきりしているのは、選手選考の際にU-23代表よりもA代表の方を優先するということである。

 以下はトゥーロン国際大会を前にした選手発表の会見で、原委員長が発言したことである。

「日本サッカー協会が置かれているW杯最終予選というのを比べた時に、今回は当然最終予選とACLが優先される。五輪本大会だけ見れば、(同時期に)ほかの試合はないです。Jリーグはありますけど。そこは当然一番いいメンバーを選べる。

 ただ、W杯最終予選とか、人によってチームが変ったりとか、いろんな要素が重なってくるんで、いろんなことを考えて決めないと(……)やっぱりその選手の将来も考えなければいけないので、その選手がちゃんと休暇を取れるのかとか、怪我を抱えていないとか、いろいろなことを考えながら、関塚監督、僕も入って考えているのが現状です。

 今回に関しては迷いなく、最終予選のメンバー、ACLを優先して、その後からトゥーロンを選んでもらった」

 原の言葉の中で「やっぱりその選手の将来も考えなければいけないので、その選手がちゃんと休暇を取れるのかとか、怪我を抱えていないとか」と述べた部分は、おそらく香川や細貝萌など欧州で活躍している選手やJリーグのクラブで活躍する中心プレーヤーのことを指している。

 特に、今となっては香川のことを述べているようにしか聞こえない。香川は、マンチェスター・ユナイテッドへ移籍し、五輪への出場が決まればクラブのプレ・シーズンマッチにでられない。

 それは本人にとって、プレミアリーグ開幕に出遅れることに繋がる。もしかしたらコンディションも上がらず、W杯予選に悪影響を及ぼすかもしれない、という考えが日本サッカー協会に働いて、香川のU-23代表への召集はなくなった、と考えられる。それを裏付けるのが、原の上記のコメントである。

 会見の内容はトゥーロンを対象にしているからではなく、実際、ロンドン五輪の選手選考に対しても同じ考えであるということだ。つまり、最優先事項は、W杯予選やJリーグの試合であり、U-23代表の人選は、それらの次の事項である。

 したがって、ロンドン五輪出場が決まっても、選手人選に関して、U-23代表は優先されることがない。関塚は、最初からある程度、狭い幅の中で選手を選んでチーム作りをしなければならなかった。

 さらに、五輪開催期間中でもJリーグの試合を中断しなかったことが、U-23代表への低い扱いを物語っている。1チームから呼べるのは、3人までと謳われていたのだが、呼びたい選手がいても、現実に残留争いをしているチームの中の中心選手を、リーグ開催中に招集することは難しい。

 つまり、関塚に課せられていたものは、考えられる最強のメンバーを集めて五輪でメダルを狙うという条件ではなく、許容範囲の中からメンバーを選ばなければならないということだった。そうしたある種の矛盾の中で、関塚は、U-23代表を率いてアジア予選を戦って本大会まで勝ち上がってきたのである。

 そして、ロンドン五輪を目の前にして、守備戦術の変更を迫られることになる。それは、関塚が、監督として五輪を勝ち抜くために腹を括った瞬間でもあった。

(表記の説明)
GK=ゴールキーパー
DF=ディフェンダー
CB=センターバック
SB=サイドバック
WB=ウイングバック
CH=センターハーフ
MF=ミッドフィールダー
WG=ウインガー
FW=フォワード
CF=センターフォワード

<Episode 9「スペインとの戦いを1週間後に控えて」に続く>(1月11日更新予定)

【BACK NUMBER】
●Episode 7 「まず、縦を切れ!」と選手に伝えた監督の守備戦術
●Episode 6 メンバーに選ばれた永井謙佑の重責
●Episode 5 最終選考メンバー発表の明暗
●Episode 4 キャプテン山村和也という存在
●Episode 3 チームの雰囲気を一変させた選手だけのミーティング
●Episode 2 攻撃側の選手と守備側の選手の乖離
●Episode 1 不協和音はロッカールームから始まった

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