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長友佑都、継承者への道―インテルの偉大な先人との“共通点”

2013.02.06

後半からプレーしたインテルの長友佑都 [写真]=Getty Images

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文=ルチアーノ・マルティーニ  翻訳=小川光生

 この数年、日本の若きサムライたちがヨーロッパで才能を発揮し、自分の居場所を切り開いている。チームに日々密着する現地記者は、彼らをどう見ているのだろうか。ワールドサッカーキング最新号の連載『メイド・イン・ジャパン』では、インテルの長友佑都にフォーカスし、「世界一」への歩みを追う。

長友に与えられた新たなポジション

 2012年の12月、記者会見で長友佑都について質問されたインテルのアンドレア・ストラマッチョーニ監督は、こう答えた。「ナガトモは、最も大きな成長を果たした選手だ」

 今シーズン開幕直後、指揮官は迷いを抱えていた。開幕当初、インテルが採用していた基本布陣は4バック。しかし、ストラマッチョーニ監督は、自分が思い浮かべる理想のサッカーを実現できないことに頭を悩ませていた。そんな彼が導き出した答え、それが、最終ラインを3枚にし、中盤に攻守両面での役割を果たせるウイングバックを配置するシステム。インテルで3シーズン目を迎えている長友に与えられたのは、この“新しいポジション”だった。

 結論から言えば、このコンバートは、指揮官にとっても長友にとっても成功だった。4バックの時の長友は過度の守備負担に悩まされ、本来なら最大のストロングポイントである攻撃面で精彩を欠く場面も少なくなかった。クラウディオ・ラニエリが監督を務めていた昨シーズン、長友は守備のミスを原因にメディアから厳しくたたかれる時期を経験した。もちろん、そうした状況下で、長友はイタリアでのディフェンスの重要性、更にはそれを踏まえた上で「いかに自分の長所である攻撃力を生かすか」を、がむしゃらに、そしてしたたかに模索していた。

 とはいえ、決して体格的に恵まれているとは言えない長友にとって、空中戦での競り合いの負担は少なくないだろうし(断っておくが、彼は決してヘディングの弱い選手ではない)、巧みなカウンターでディフェンスラインの裏を突いてくる“イタリアンスタイル”への戸惑いを感じさせる時期もあった。

 それでもラニエリは4バックを崩さなかった。そして長友自身も「僕の目標は世界一のサイドバックになること」と力強く語っていた。しかし実は、ラニエリも、ジャン・ピエロ・ガスペリーニの前任であるレオナルドも、長友をより高い位置で起用するプランを構想として隠し持っていた。事実、ラニエリが長友を4―4―2のサイドMFとしてピッチに送り込んだケースは何度もある。

 もっとも、当時のそうした起用はあくまでイレギュラーなケース、あるいはテストの意味合いが大きいものだった。前任の指揮官たちも感じていた「長友のサイドMFとして可能性」に別の形で光を当てたのが、ストラマッチョーニによるウイングバックへのコンバートだったと言える。

 ウイングバックへのコンバートにより、長友のディフェンス面の負担は明らかに軽減された。中央に3人のセンターバックがいることで、彼はよりサイドに張ることが多くなり、中に絞り空中戦のケアをするケースは減少。今の長友の守備面での主な仕事は、同じサイドから自陣に進入してくる選手を封じ込めることだ。もともと、一対一は強い。また、スピードを生かして後方に戻り、危ないボールをクリアするという役目も彼に適している。更に、最初からある程度ワイドに開いてプレーできることで、攻撃への始動もよりスムーズになった。

 長友は動き出しが速く、トップスピードに到達するまでの時間がとても短い。チームが守備から攻撃に転じた時、今の位置ならば、より短時間で前線へと切り込むことができる。今シーズンのインテルの新しい攻撃パターンとして、アントニオ・カッサーノが前線でタメを作り、それを長友がサイドからケアする形があるが、長友の上がりが速ければ速いほど、その攻撃は有効になるのだ。

 ストラマッチョーニは「最も成長した」という言葉で今の長友を評したが、私は以上のような捉え方ができると考えている。もちろん、今後、修正はあるかもしれないが、新しくチームを作り直すという使命を与えられた指揮官は「3バック+2ウイングバック」というシステムにたどり着いた。長友は、この《新チーム》に「最もよく適合している選手の一人である」と、指揮官は言いたかったのではないだろうか。

コンバートがもたらす“見えない利点”

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 仕事柄、「長友は今のインテルにとって必要不可欠か?」という質問を特に日本の記者からよく受けるが、今のところ私は「SI(そうだ)」と答えるしかない。チームのシンボルであるハビエル・サネッティは別としても、アルバロ・ペレイラ、ジョナタン、ジュエル・チュクマ・オビといった選手と比較すると、少なくとも今の時点では長友の力が上回っている。

 もちろん、昨シーズンの苦しんだ経験が生きていることも重要な事実だ。しかし、それ以上に今シーズンの長友が輝いている背景には、ストラマッチョーニによるコンバートの成功という要素がある。前任の指揮官たちが感じ取っていた長友の「MFとして特質」を、若き現指揮官が見事に引き出したのだ。

 そしてもう一つ、私の同業者、つまりイタリアのジャーナリストたちが、今の長友の強みに挙げるのは「戦術的柔軟性」である。“サイドのスペシャリスト”という条件は付くが、今シーズンの長友は、左右両サイドを遜色なくこなす。基本はウイングバックに入ることが多いものの、ゲームの流れの中で4バックにシステム変更された時は両サイドのどちらにも入れる。指揮官にとって、これほどありがたい存在はいないだろう。

 長友の持つこの“特性”は、インテルの2人の“セナトーレ”(長老)である、サネッティとエステバン・カンビアッソの後継者という印象を我々に与えている。両者はその時々の状況、対戦相手によって、まるでカメレオンのようにその姿を変貌させる。サネッティはサイドバック、サイドMF、セントラルMFをこなし、カンビアッソはセントラルMFが基本ではあるが、今シーズンは何度かバックラインにも入り、奮闘を見せている。

 長友のポリバレントさは、この2人のベテランの特長に通じる部分がある。インテルを長年追いかけているメディア関係者、あるいは熱心なインテリスタにとっても、これはポジティブな要素だ。「今シーズンのユウトはチームにとても貢献している。本当の意味で我々の一員になってきた」

 こうした声がインテリスタの口から聞こえてくるのは、単に長友の在籍年数が延びてきているからではなく、どんな状況でも柔軟にポジションを変えてプレーできる選手に対する彼らの敬意の現れに他ならない。インテルには、そういう選手の“良い模範”が既に存在し、長友がその後継者になりつつあることをインテリスタは感じているのだ。

 今回のコンバートは「多くの出場機会を得る」という現実的な利点に加え、「周囲からより大きな信頼を得る」という“見えない利点”をも生み出しているように思う。もちろん、番記者の多くも、長友のポリバレントさという特長を称賛してやまない。

クロスの課題と更なるポテンシャル

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 コンバートの成功に戦術的柔軟性の向上と、今シーズン、ここまでの長友は、今のところ「及第点以上」の働きを見せている。しかし一方で、課題もある。それは正確さ、プレーの精度を高めることだ。

 プレーの“クオンテタ=量”の面では、チームでも一、二を争う長友だが、あとは“クアリタ=質”をいかに高めるか。それによって、選手としてもうワンランク上に行けるかどうかが決まってくる。

 ここに一つ興味深いデータがある。日本の読者の方には、にわかには信じられないかもしれないし、私もそうだった。しかし、こういう“事実”があることを知っていただきたく、ここでそのデータを紹介してみようと思う。

 カルチョを様々な方向から分析するデータ会社「パニーニ・サッカー・デジタル」によると、セリエA第20節までの間に長友の上げたクロスが味方の元に到達した割合、いわゆる「有功クロス率」は24本中2本、何と1割を切っているのだ。ちなみに、サネッティは21本中6本で3割近い確率となり、ペレイラも約23パーセントの数字を残している。

 ヨーロッパリーグのネフチ・バクー戦でマークしたマルコ・リヴァヤへのアシスト、日本代表でもフランスとの国際親善マッチで香川真司の決勝点につながる“歴史的クロス”を供給するなど、長友はクロスの面で素晴らしいパフォーマンスを披露しているように思える。だが、ことセリエAに限った話をすれば、成功率「1割以下」という数字が残っているのだ。ちなみに、昨シーズンの有効クロス率にしても、今シーズンより高いものの14パーセント程度である。

 私はインテルの公式戦をほぼ全試合、スタジアムで観戦しているが、印象では、今シーズンのインテルは長友のクロスからかなりの数のCKを獲得している。「パニーニ・サッカー・デジタル」のデータには、そうした貢献度が反映されていない。それらはすべて「非有効クロス」として計算されてしまうからだ。

 さらに言えば、長友の場合、スピードがあるため、味方が上がり切るよりも早くライン際に到達してしまうことが少なくない。味方の攻め上がりを待っている間に相手がゴール前を固め、結果としてクロスが味方に到達しにくくなる面もあるだろう。

 ただ、それらを差し引いても、長友はクロスの精度をもう少し上げる必要がある。特に左足でのキックには、まだまだ向上の余地を残す。FC東京入団当時の長友は、左足があまりうまく使えなかったと聞いている。今は、もちろん右足ほどではないが、左足でも十分に蹴れるようになっているし、練習でも、ジュゼッペ・バレージ助監督の指示の下、左足の特訓を繰り返すシーンを目にする。つまり、クアリタ(質)の伸びしろは、まだまだあると私は考えている。

 長友は、まだまだ伸びる。他のビッグクラブのスカウトもそれを実感しているのだろう。1月20日、スペインのメディアが「レアル・マドリーが長友に興味を示している」と報じた。イングランドでは、マンチェスター・ユナイテッドやチェルシーがこの“小さなサムライ”に熱い視線を送っている。

 移籍の可能性はさておくとして、こうした報道が出ること自体、今の長友が人々を引きつけるプレーをしていることの何よりの証だろう。もっとも、彼は先日、インテルとの契約を2016年まで更新したばかり。本音を言えば、私としても、まだインテルを離れてほしくない。

 最後にひとつ、私から長友への切なるリクエストがある。それは、ずばり「ゴール」だ。可能なら、爆発的な突破からの豪快な一発が望ましい。そしてゴール後、誰もが喜ぶあのパフォーマンス、“日本男児のお辞儀”を我々にもっともっと見せてほしいと私は考えている。

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