2016.01.26

アーセナルサッカースクール代表が語る「世界基準のスポーツ教育とは」/後編

サッカー日本代表のFIFAランキングは現在53位。海外リーグで活躍する選手は増加しているものの、世界との壁はまだまだ厚いのが現状だ。特に、アンダー世代が結果を出せない現実にも議論が集中している。果たして日本サッカーに足りないものとは何なのか? ヒントは「育成」にあると唱えるのが、サッカー・コンサルタントの幸野健一(こうの・けんいち)氏だ。世界の育成現場を視察し、自身もアーセナルサッカースクール市川の経営者として育成に携わる幸野氏に、日本サッカーが世界に追いつくために必要なことについて伺った。

インタビュー・文・写真=波多野友子

――その後、代理店経営から「サッカー・コンサルタント」として活動を始めたきっかけはなんだったのでしょうか。

幸野健一 サッカーの普及に貢献するためビジネスに熱を注いだ結果、サッカー案件の比重が増えてきたことがあります。それから、自分の人生設計を改めて明確にしたかったこともひとつです。40年以上サッカーをプレーし、サッカーをビジネスにし、息子もJリーガーになり……。これまでサッカーから享受したものを、これからは社会に還元したいと考えたんです。父が68歳の若さで他界したということもあり、その年齢から逆算すれば、決断するタイミングが必要だと思いました。その決断が、2013年の夏だったんです。

――サッカー・コンサルタントとしての、実際の仕事内容について教えてください。

幸野健一 2014年に「アーセナルサッカースクール市川」を立ち上げたのは大きな挑戦でした。日本サッカー最大の課題であるグラウンド不足の解決に、すぐにでも着手したいと思ったんです。そのほか、スクールやクラブ経営者へのコンサルティング、サッカー関連会社のアドバイザー、選手のセカンドキャリアの相談などを請け負っています。コンサルに関しては、基本的にフィーはいただいていないんです。結果的に顧問に就任した場合に限り、報酬をいただく形をとっています。この業界ではコンサル料の相場もまだありませんし、「サッカー界に貢献したい」という信念を優先してやっています。最近では、講演活動やマスコミへの露出、記事の執筆など、自分の考えを発信する仕事も増えてきましたね。

――国内初の「サッカー・コンサルタント」という仕事。大変なことも多いのでは?

幸野健一 私の生きるスタンスは、迷ったら人とは違う道を進むこと、そして長いものには巻かれないことです。唯一立ち返るべき信念は「プレイヤーズ・ファースト」。利権にとらわれることなく、選手にとって、そしてサッカー界全体にとって良いことであるか否か。これだけが、私がビジネスをする上での価値基準です。やむをえず既存のものを壊そうとすれば必ず反発は起こりますし、目障りな存在として批判を受けることも多々あります。そんな中でも、時に悩みながらも信念を曲げずに生きていく。これはやはり大変なことです。

――アーセナルサッカースクール市川の経営を始め、幸野さんが課題として取り組んでおられる育成問題に話を移します。国内外で、数々の育成現場を視察されてきたそうですね。

幸野健一 17歳で渡英して以来、ヨーロッパからアジアまで数え切れないほどの育成現場を見てまわりました。イングランドサッカー協会直営のナショナルスクール・オブ・エクセレンスや、伝説の指導者トニー・カー氏が所属するウェストハム・アカデミー。ここへは、当時U-14の代表だった息子志有人の練習参加も兼ねて視察に行きました。そのほか、JFAアカデミー福島のモデルとなったクレールフォンテーヌ、パリ・サンジェルマン、アイントラハト・フランクフルト、バルセロナ、レアル・ソシエダ、中国の国家足球訓練基地……。挙げたらきりがないですね。

――視察された中で、幸野さんの印象に一番残った育成組織はどこでしたか?

幸野健一 スペインの「アスレティック・ビルバオ」ですね。このクラブは所属選手をバスク人に限定し、外国人選手を一切入れないのが特徴です。スペインの一地方でありながら、単一民族として誇りを持って生きるバスク人のメンタリティには、島国で生きる私たち日本人と通ずるものを感じました。しかも一見閉鎖的に見えるこのクラブは、レアル・マドリード、バルセロナと並び一度も2部に落ちたことがありません。その秘密は「レサマ」という育成システムにあります。街クラブを衛星化し、アスレティック・ビルバオを頂点とするピラミッドを形成しているんです。本来ライバル同士である街クラブ同士を提携させ、優秀な選手を吸い出して育成する。まさに日本が理想とするべきシステムだと感じましたね。

――日本サッカーの育成システムの現状について、幸野さんが感じる課題とはなんでしょうか。

幸野健一 スポーツへの姿勢を含め、自立した人間を育てることが難しい社会環境に問題があると考えています。サッカーをするためにクラブやスクールに通う子ども達にも、サッカーを塾や習い事と同じような感覚で捉えている子は少なくありません。保護者の方ともども、「今日は何を教えてくれるんですか?」という姿勢が目立ちます。日本のスポーツ教育の現状が、どうしても体育や部活をベースとしたものになっているからなんですね。本来スポーツとは遊びであって、もっと能動的に、情熱的に取り組むものだと思うんです。

――日本の教育環境自体に原因があるとすると、かなり根深い問題に感じられますが……。

幸野健一 本来サッカーはイギリスで生まれ、ヨーロッパで培われたスポーツです。自立心を重要視する西洋的なメンタリティが求められるスポーツに、「和」を尊ぶ日本人が取り組んでいる時点でかなり厳しい状況であることに間違いはありません。さらに追い打ちを掛けるように、出る杭は打たれるような部活的、封建的な考え方が日本では当たり前になっている。これでは、内面からサッカーを楽しむことは難しいですよね。もっとパッションをもって、ピッチ上では自分で考え、周りの声に惑わされずに即行動できるような自立した選手をつくるためには、スポーツ教育の根本部分から変えていく必要があると確信しています。

――そんな幸野さんが今注目しているクラブ、指導者がいれば教えてください。

幸野健一 横浜の「エスペランサ・スポーツクラブ」に注目しています。元アルゼンチン代表のホルヘ・アルベルト・オルテガ氏が10年以上監督を務めている街クラブです。アーセナルサッカークラブ市川も彼らとよく対戦するのですが、そのプレー・インテンシティの高さには毎回驚かされます。一対一でぶつかるのが苦手なはずの日本人選手が、ここまでのエネルギーで戦い挑むことができるのかと。オルテガ氏に指導理念を尋ねたところ、「チームとは監督のパッションそのものだ」というたった一言で返ってきました。まさにそれを体現している、素晴らしいチームだと思います。

――最後に、幸野さんが考える「サッカー業界で活躍するために必要なこと」について聞かせてください。

幸野健一 最初からサッカー業界に入ろうとせず、ビジネスマンとしてのスキルを別の場所で身に付けておくことが必要でしょうね。なぜなら、この業界にはそれぞれの組織規模が小さくて人材育成のメソッドが確立していないからです。そしてもっと大切なことは、自分がスポーツ業界で働くことの意義を明確に持つことです。私はそれを「ミッション・ステートメント」と呼んでいますが、私にとってサッカーの世界で仕事をする意義は、生涯をかけて多くの仲間をつくること。そしてその繋がりを通して、自分が享受してきた幸せをサッカー界に還元することです。進むべき方向を見失いそうなときに立ち返れる場所、意義を持っておくことが、もっとも必要なことではないでしょうか。

アーセナルサッカースクール代表が語る「単身渡英した学生時代とサッカーの仕事に就くまでの話」/前編

アーセナルサッカースクール市川 代表
幸野 健一(こうの けんいち)

1961年9月25日生まれ。東京都出身、中大杉並高校、中央大学卒。
10歳よりサッカーを始め、17歳のときにイングランドにサッカー留学。以後、東京都リーグなどで40年以上にわたり年間50試合、通算2000試合以上プレーし続けている。
息子の志有人はJFAアカデミー福島1期生でFC東京所属。
これまで2002年ワールドカップ招致活動など、サッカービジネスに携わり、2013年からは育成を中心にサッカーに関わる課題解決を図るサッカー・コンサルタントとして活動中。
2014年4月「アーセナルサッカースクール市川」を開校させ、代表に就任。

サッカーキング・アカデミーにて、アーセナルサッカースクール市川 幸野氏の特別セミナーを実施!
▼詳細はこちら▼