2015.12.07

「仕事というのは向き不向きではなく、自分が変われば何だってできるもの」 第9回 山川幸則さん(FC東京 ホペイロ)

サッカー総合情報サイト

構成=波多野友子 写真=兼子愼一郎

サッカーをプレーしたり観戦したりすることが好きで、将来はサッカーに携わる仕事に就きたいと考えている人は多いはず。でも、どんな職種を選べばサッカーを仕事ができるのでしょうか。この連載『サッカーを仕事にしたいので、現場で働いている人に直接聞いてみた』では、さまざまな角度からサッカーをサポートする職務に邁進する人たちにインタビューをしていきます。今回は、男子・女子サッカーの専門学校「JAPANサッカーカレッジ」のサッカービジネス科2年生の酒井貴章(さかい・たかゆき)さんがインタビュアーを務めました。

お話を伺ったのは、FC東京でホペイロとして働く山川幸則(やまかわ・ゆきのり)さん。サッカークラブで唯一無二のスタッフ「ホペイロ」とは、いったいどんな役割なのでしょうか? 仕事のやりがいやFC東京というチームの魅力も含め、じっくり話を聞かせてくれました。

ホペイロとはどんな仕事なのですか?

ひとことで言えば「用具係」ですね。スパイクの手入れや管理がメインの仕事ですが、実際には選手の身の回りの用具全般を管理しています。たとえばウェア関係だと、練習着、公式戦のユニフォーム、インナー、ソックス、すね当てに至るまで、選手ごとにサイズや好みが違うので、すべて頭に入れて、練習や試合の前に個別のロッカーに準備します。もちろんドリンクやサプリメント、補助食品の準備や、ボールなどの用具管理も行っています。

特に大変なのは、運ぶ物が多いアウェイの試合。遠征先のロッカールームに浴槽がない場合などは、温水用と冷水用2台の簡易式浴槽を持参します。また、選手全員分の寝具マットレスも用意します。ACL(AFCアジアチャンピオンズリーグ)などの海外遠征では、フライト前日までに選手全員分のスーツケースを預かって、朝4時には起床してすべての荷物を確認。全員分の搭乗手続きを、マネージャーやスタッフ総出で行います。

忙しい時はクラブハウスに泊まり込むほどですが、時間に余裕ができればグラウンドの芝の状態をチェックしたり、普段行き届かない場所を掃除したり。作業は尽きないですね。

山川さんが、ホペイロという仕事を知ったきっかけは?

僕は子どもの頃からサッカーをやっていたのですが、持病の喘息のせいもあって、見学をすることが多かったのです。そのうち、みんなの荷物や用具を運ぶ係を自然と任されるようになりました。そして高校時代、サッカーの上手い友人が履いていた「マラドーナスター」というスパイクに魅せられてしまったのです。サッカーが下手だった僕は、躊躇があって手が出せなかったので、触らせてもらったり、ブラシをかけさせてもらったりしていました。

そんな頃、テレビ番組でブラジル人のホペイロが特集されているのをたまたま目にしました。ジャージを着たおじいさんが黙々とスパイクにブラシを掛ける姿に、気づいたら自分の姿を投影してしまって。『こんな仕事が世の中にはあるんだ』と衝撃を受け、その時からホペイロになりたいと思い始めました。

ホペイロの仕事をする上で、苦労することはなんですか?

仕事の順序や流れをあらかじめ決めておいても、選手から個別の依頼が重なると、ペースが乱されてしまうことですね。僕は人からものを頼まれると断れない性格なので、ホペイロになりたての頃は苦労したものです。でもちょっとやり方を変えたら、ずいぶん楽になりました。

重要な件に関しては、「何時まで依頼を受け付けます」とホワイトボードに書いて待機し、しっかり遂行します。でもそれ以外の細かい依頼に対しては、「まずは引き受けて、忘れてしまったらそれはそれで仕方ない」と、自分の仕事スタイルをがちがちに決めるのをやめたんです。そうしたら選手たちも「自分でできることは自分でやろう」っていう意識を持ってくれて。それまでとは逆に、周りにサポートしてもらえるようになってしまいました。

仕事をする上で、大切にしている信念を教えてください。

「いつもどおり」「何も変わらない」という意識を持ち続けることです。FC東京は2004年に、ナビスコカップで優勝しました。その当時は、決勝進出が決まったあたりから、スタッフも選手もみんながそわそわしてしまって大騒ぎ。もちろん僕も同じで、決勝でホイッスルが鳴って選手たちの輪に向かって駆け出した瞬間、肉離れを起こしてしまって……。うれしさと痛みで、予想外に号泣してしまったんです。本当は選手に優勝記念Tシャツを配布しなければいけないのに、痛くて仕事にならなくて(笑)。

その体験以来、どんなことがあっても「いつもどおり」と自分で言い聞かせるようにしています。動揺すると予測がつかない事故につながることもあるし、特に僕のような仕事は集中力が大切だとつくづく感じています。

ホペイロに必要な能力、要素とはなんでしょうか?

「観察力」でしょうか。たとえばある選手の行動を観察していると、グランドに出てくる時間、好きなサプリメント、よくいる場所など、いろいろなことが把握できますよね。そうすると「何時までに、この場所にこのサプリメントを用意しておこう」といった予測ができるようになるんです。あらゆることを観察して予測が立てられるようになると、日々の仕事がよりスムーズに進められるようになる。ホペイロという役割は、いかに膨大な量のルーティンワークを滞りなくこなせるかが大切なのだと思います。

学生時代にやっておいてよかったことは?

ホペイロへの道のりはかなり険しく、すぐに叶えることはできませんでした。それまで、数多くのアルバイトを経験したことは大きかったと思います。新聞広告の折込み、土木、営業、ファミレス、ルート配送……。数え切れないくらいの業種、職種で働きました。結局仕事というのは向き不向きではなく、自分が変われば何だってできるものだと、あのアルバイト生活を思い返すと実感できますね。

どの世界にも怖い先輩や上司が必ずいましたし、理不尽な待遇を受けたことも多々あります。晴れてホペイロとしてFC東京に採用が決まった時も、「ああ、ついに決まってしまった。きっとまた怖い人がいるんだ」と不安だったんですよ(苦笑)。それでも、なんとか自分を環境に合わせて、もう15年間働いています。

FC東京の魅力を教えてください。

選手やスタッフ、みんなが温かいところです。アウェイの試合など、用具の準備や片付けに時間が足りなくなることがありますが、ベテラン選手が率先して大きな荷物を背負ってくれるんですよ。そうすると、若手選手も自然に運んでくれるようになる。僕はスペインリーグでホペイロの経験を積んだのですが、スペインでは選手が荷物を運ぶなんて考えられなかった。でも僕は世界基準ではなく、山川基準でホペイロという仕事をしているので(笑)。自分ができないことを、周りが自然とフォローしてくれるこのクラブは、本当に素敵だと素直に思います。


サッカーの仕事を直接教えてくれた人
山川幸則(やまかわ・ゆきのり)さん

高校時代にホペイロという仕事を知り、社会福祉の短大を卒業するも、夢を諦めきれず志す。Jクラブでの就職は叶わなかったものの、1998年フランスワールドカップ観戦を機にメディア関係者より紹介を受け、レアル・オビエドにてホペイロ修行を積む。2000年に帰国後、念願叶ってFC東京にホペイロとして正式採用、現在に至る。孤高なイメージのホペイロという仕事について、「FC東京は、選手もスタッフも仲がいいんです。時には孤独も感じますが、チームのトレーナーや通訳、マネージャーさんたちと励まし合いながら、日々前向きに仕事ができています。他のチームのホペイロと食事に行くこともありますよ」と話す。

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