2010年南アフリカW杯で対戦したドログバ(左)とアン・ヨンハ(右)
日本代表は6月15日にW杯初戦をアフリカ代表のコートジボワール代表と戦う。コートジボワール代表は主力のディディエ・ドログバ、ヤヤ・トゥーレ、コロ・トゥーレ、カルー、ゾコラら主力メンバーが、前回大会に引き続き今大会もメンバー入りしている。2010年南アフリカ大会でコートジボワールと対戦した北朝鮮代表は3-0で敗れた。その時のメンバーだった横浜FCのアン・ヨンハ選手に、コートジボワールの強さについて話を聞いた。
ドログバはわかっていても止められるレベルではない
――2010年のW杯で北朝鮮代表はコートジボワール代表と戦い0-3で敗れました。試合は、やはりドログバにやられたという印象がありました。試合前からドログバに注意すべきというのはわかっていたところもあると思いますが、それでもやられてしまったという理由は?
安英学 正直、分かっていたからといって抑えられるレベルの選手ではないですよ。北朝鮮代表ディフェンダーたちは、フィジカル面に限って言えば、ワールドカップに出ているクラスの選手たちとも五分でわたりあえる力がありました。でもドログバが北朝鮮代表の選手を背負った時のプレーでは、完全に抑えられてしまいました。いくら体で押しても全く動かない。背を向けた状態でボールを受けてキープされ、反転されてシュート。それがポストに当たったんですよね。あれだけ密着した状態からでもシュートまで行けることに衝撃を受けました。ドログバはその前の日本代表戦で怪我していました。手術後で、ギプスをしならのプレー。正直コンディションは100パーセントではありませんでした。それでもあの強さ……。ドログバ自身の得点はなかったですが、ゴールを脅かす部分は想像を超えていました。
――試合中、ドログバに2枚つけるという判断はなかったんでしょうか?
安英学 2人で行くシーンもありましたが、コートジボワールは得点を取れる選手が1人じゃありません。周りにも凄い選手が揃っているので、どうしても難しいですよね。どこかに的を絞れという指示は出せないですよ。
――ドログバ以外の選手で印象に残っているのは誰でしょうか?
安英学 ヤヤ・トゥーレですね。まず、でかいですよね。僕はマッチアップすることが多かったのですが、あのサイズのJリーガーってまずいないですよ。あの身長で横のサイズもあって技術もある。さらに体に厚みがあるので、当たると凄く重たいんです。あとプレーして1つ感じたことは、異次元のプレッシャー。寄せられたときのプレッシャーは今までに感じたことのないレベルでした。相手が近寄ってくるのが怖いというか、ビビってしまう。あのサイズの選手にパッと寄せられたら、コントロールがブレてしまいますよ。あのプレッシャーには普段から慣れていないと難しいと思います。
――コートジボワールの身体能力は日本代表が今海外で経験しているものよりも更にもう1段レベルの高いものですか?
安英学 ヤヤ・トゥーレのような選手は海外でもあまり多くはないと思います。
――試合前にはコートジボワールのスカウティングもされたと思います。ウィークポイントはどこと考えていましたか?
安英学 正直ウィークポイントがあまり見当たらなかったんですが、身体能力が高い分コレクティブではない部分があります。ですので、セットプレーはチャンスがあると思っていました。ですが、僕たちはあまりセットプレーを獲得することができませんでした。
――実際戦ってみて弱点として他に感じられたことはありますか?
安英学 得失点差の関係上、コートジボワールはポルトガル以上の点を取らないといけないことで、途中諦めた部分もあるかもしれないですが、後半は集中力が切れるシーンが多かったです。サイドにもスペースが出来ましたし、北朝鮮のゴールも惜しいシーンがありました。状況的な部分もあると思いますが、集中力が最後まで持続せず、ちょっと気持ちにムラがあるのかなと思いますね。規律という面ではアジアのチームなどに比べると落ちると思いますね。
セットプレーと後半の集中力
――日本代表はどの様に試合に望めばよいでしょうか?
安英学 日本はセットプレーが非常に上手いので、セットプレーは鍵になると思います。緻密なトリックプレーが出来ますし、ショートコーナーなどでちょっと視線をずらしてクロスをあげるだとか、そういった日本の得意なプレーに、コートジボワールはうまく対応しきれないのではないでしょうか。あとは後半から終盤にかけて集中力が落ちると思うので、最後まであきらめないことです。例え0-0でも、もしくは負けていても、後半は日本のチャンスになると思います。リードして終盤を迎えた場合は、カウンターをしっかり狙うこと。コートジボワールは前がかりに攻めているときのリスクマネージメントが、徹底されていません。普段の守備力は高く、基本的に失点は少ないのですが、前がかりに来た時はチャンスですね。
――日本代表の課題は相手の時間帯のときに守りきれていないということがあります。コートジボワールの時間帯が長くなった場合、日本は耐え切ることができるでしょうか?
安英学 そこが勝負の分かれ目になると思います。スピードもパワーもあって、圧力もあります。その攻撃を耐えるのは日本だけでなく、どの国にとっても至難の業です。
――安選手は日本のセンターバックについてはどう思いますか?
安英学 今野選手は非常にクレバーで、サイズはそんなに大きくないですけど、ポジショニングですとか頭を使っていい守備をしていると思います。パートナーの吉田選手が今野選手にない部分をカバーしていますね。コートジボワールの選手たちはサイドも中央もスピードがあります。今の日本代表の最終ラインはドリブルでこじ開けられているシーンが目立つので、真ん中もサイドもドリブルにどれだけ対応できるかですね。
――スピードのある相手に対して上手く守る方法は?
安英学 一番大事なのはカバーリングの意識。次にラインの高さ。裏を狙われた時にあまりラインを高くしすぎると、中盤はプレッシャーかかりますけど、裏へのリスクが高まってしまいます。ラインを上げるのであれば中盤で相手に蹴らせないような選手を起用すべきでしょう。山口選手はタイトに行けますよね。
――やはり守るのはかなり骨が折れますね。
安英学 繰り返しになりますが、個々の能力が非常に高いので、組織的に守って、カバーリングの意識を高くしなければいけません。ただし、逆サイドに展開することは、少ないので、しっかりと同サイドを空けない様に守ることです。ドログバ選手にボールが入ったら、奪おうとするよりは、前を向かせない様に守ることです。奪おうとしてシュートまで持っていかれてしまうより、まずは前を向かせないことが重要です。
ドログバの人間力
――4年前は同じアフリカ勢のカメルーン戦相手に粘り強く守り、1-0で勝利を収めました。
安英学 カメルーンも個々の能力が高いですが、あのチームは全くまとまっていませんでした。日本も上手く守っていましたが、カメルーンの状態があまりにも良くありませんでした。コートジボワールは、もっとまとまりがあります。ドログバは国の英雄で、「俺にパスを出せよ!」みたいな王様のイメージがあったんですが、対戦したら全然違っていました。ミスしている仲間にも愚痴をいうのではなく、手を叩いて鼓舞していました。国の英雄がああいう形でリーダーシップを発揮するからこそ、コートジボワールは1つにまとまっているんだと思います。
――それは日本にとっては厄介ですね。
安英学 そうですね。恐らくエトーはそんな役割をしていなかったんじゃないでしょうか。カメルーンは、逆にいろいろ代表内で問題が多かったですよね。カメルーンとコートジボワールではそこが大きく違うと思います。ドログバのほうが人間力ありますよね。
――アフリカの国は本大会でまとまらないことが結構あるので、コートジボワールもそうなる可能性があるという意見を聞きますが。
安英学 ドログバがいる限りチーム崩壊を期待しても無駄だと思います。ドログバは常にチームのためにプレーします。集中力が多少低下することはあるかもしれませんが、チームメイトの気持ちがバラバラになることは考えられないですね。対戦前からドログバは凄く好きな選手でしたが、実際に対戦してその人間力を感じてさらに好きになってしまいました。自分だけがゴール決めて、目立とうとか有名になろうとかではなく、コートジボワールという国を背負っているからこそ、あんな凄いプレーが出来るんだと思います。
――ドログバがいる限りコートジボワールがバラバラになることはない?
安英学 彼が目を光らせているうちはありえないでしょう。周りの選手たちも本当にドログバのことをリスペクトしていることが伝わって来ましたから。自分からも見ても、本当にかっこよかったですよ。
――最後に、コートジボワール戦での日本のキーマンは誰になると思いますか?
安英学 川島選手だと思います。初戦は相手も必ずプレッシャーがかかります。「日本には絶対に勝ち点を取られてはいけない」そういう緊迫した中で、無失点で行ければ、プレッシャーを与えられます。ディフェンダーだけで100パーセント守れるということは絶対にありえません。そうして迎えたピンチのシーンで川島選手が凌いでくれたら必ず日本にチャンスが来ると思います。


