2014.03.11

「奈良劇場総支配人」奈良クラブ岡山一成のJリーグへの道:第十四回

「サリナス、このカンプノウに被災地の子供達を立たせてあげたいねん」

 東日本大震災の発生後、自分にできる事はないかと悩んでいた。共に闘った仲間が大変な思いをしているのに、何も力になれない。サッカー選手やったら、プレーをすることによってメッセージを届けられるけど、無所属な自分には限界がある。無力な自分が情けなかった。

 そんな時に地元の長居でチャリティーマッチが開催された。日本サッカー協会に頼み、手伝わせてもらい、ベガッ太君のぬいぐるみと一緒に募金を呼びかけた。みんながベガッ太君を見かけると笑顔で募金をしてくれた。日本中が暗くなって、笑うことが申し訳ない気持ちになる状況でも、ベガッ太君は愛くるしい笑顔でいてる。

 この時に思った。スペインに一緒に連れて行こうと。

 震災後の4月にスペインへテストを受けに行くことが決まっていたから、スペインの人たちに被災地の現状を伝え、支援を訴えようと思い、いろいろなところへ連れて行った。日本大使館、日本の現地企業、テレビ局、ラジオ番組、新聞社、最後に訪ねたのが横浜マリノスでチームメイトやったフリオ・サリナスやった。

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「はーいアミーゴ!」

 ひと通りの懐かしい話をした後に切り出した。

「大震災で被災地の人たちは大変な思いをしている。とりわけ子供たちは大きな傷を負ってしまった。サリナスは日本にお世話になったやろ。だから、子供達をバルセロナに招待してや」

 なんという無茶ぶりを言うんやと呆れていたけど、「バルサの番組のコメンテーターをしてるし、サリナスはバルサのスターやったから、話ができるやろ。聞くだけ聞いてみて。お願いやから」と頼み込んだ。サリナスは「分かった」と答えて、事務所に聞きに行ってくれた。

「バルサは旅費なんかは出せんけど、来るんやったらチケットを招待すると言っている」

 だいたいの予想はついていた。

「もう一度聞いて欲しいんやけど、エスコートキッズとして、選手と一緒に入場させてもらわれへん? ホンマにお願い」

 渋々、電話で聞いてくれた。

「オッケーをもらったぞ。オカの厚かましさはあの頃から変わってないな(笑)」

 練習生からマリノスと契約してすぐに遠征メンバーに選ばれたから、スーツも靴も何もかも持っていなかった。もろもろ一式を背丈が近いサリナスに頼んで借りた。あの頃から服やスパイク、用具一式などを「お下がりして」とおねだりしてもらっていた。

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 子供たちの渡航費は、寄付や企業の支援事業などもあって800万円が集まった。ここでは書ききれないほどの人たちに支援していただいた。サッカーショップ蹴球堂さんはセレッソサポの募金を託してくれた。本当に皆さんありがとうございました。

 いろいろな人達の善意で石巻、渡波(わたのは)少年団の20名がカンプノウのピッチを選手と一緒に踏みしめた。俺も引率者として連れて行くつもりやったけど、コンサドーレが契約してくれたから行かれへんかった。

 昨年暮れ、ユアスタでのチャリティーマッチで少年団の子供たちに会った時、みんなに聞いた。

「バルサとJリーグ、どっちがおもろかった?」

「Jリーグ。だって岡山選手がいてたもん」

ホンマにうれしかった。この子たちにとって、俺はスターになったんやな。

「みんなのためにたくさんの人達が動いてくれたのを忘れんでな。

今は大変でつらいやろうけど、大きくなった時に困っていたり、苦しんでいたりする人がいたら、手助けできる人間になってください」

「自己満足」、「偽善」、「えこひいき」

 そう言われることもある。いろいろな考え方があるやろう。けど、チャリティーマッチでカズさんのスター性に酔いしれた。勇気を与えられる人間になりたいと強く願った。周りにどう思われようとも突き進もうとカズさんが勇気をくれたから。

 この大震災を一生忘れたらアカン。その中で、ベガッ太君のような笑顔をしていきましょう。笑顔は自分も周りも温かい気持ちにしてくれるから。そして、勇気を胸に進んで行きましょう。子供たちが大人になり、みんなの思いを受け継いでくれるまで。

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岡山一成(おかやま・かずなり)
1978年4月24日生まれ。大阪府出身。
初芝橋本高卒業後、テスト生として横浜Mへ。打点の高いヘディングとガッツ溢れるプレーが評価されてプロ契約を勝ち取ると、デビュー戦から3試合連続ゴールを記録して一気に頭角を現した。大宮、横浜FM、C大阪、川崎F、福岡、柏、仙台と渡り歩く中、川崎F時代に始めた試合後の“岡山劇場”でサポーターの心をつかむ。柏時代には日立台のゴール裏でサポーターともに応援したこともある。09年に移籍した韓国・Kリーグの浦項ではACLを制し、FIFAクラブW杯で3位に入った。11年から昨シーズンまで札幌に在籍し、今夏からアマチュア選手として奈良クラブへ加入。J1通算64試合6得点、J2通算214試合20得点。