2013.05.03

フランクフルトの“奇跡”を演出する乾貴士、「真面目すぎる」日本人MFが成長を遂げた理由

[ワールドサッカーキング0516号掲載]
乾
文=イェルク・アルメロート Text by Jorg ALLMEROTH
翻訳=阿部 浩 アレキサンダー Translation by Alexander Hiroshi ABE
写真=ゲッティ イメージズ Photo by Getty Images

予想外の快進撃でブンデスリーガを盛り上げるフランクフルト。その攻撃陣の一角をなす乾貴士は王者バイエルンを追い詰めるなど、ポテンシャルの高さを示している。「戦術を理解し、ゴールが奪えて、それでいて相手のチャンスを潰せる」乾の“最新評価”に迫る。

「フランクフルトの戦いぶりは、奇跡と呼んでもいいくらいだ」

 現役時代、ドイツ代表のキャプテンマークを巻いたローター・マテウスはアルミン・フェーのチームをそう評し、こう続けた。「あれほど魅力的なフットボールをするなんて考えもしなかった。それもこれも、(セバスティアン)ローデに(ピルミン)シュヴェクラー、そしてイヌイがいるおかげだ」

 ブンデスリーガ第30節、チャンピオンズリーグ(以下CL)出場権を争うシャルケとの直接対決を1-0で制し、フランクフルトは4位に勝ち点差1と迫った。私が知る限り、今シーズン昇格したばかりのチームがここまで健闘すると開幕前に予想した者はいなかった。評論家はもちろん、クラブを愛するファンにとっても、この躍進は想定の範囲外だったはずだ。マテウスはフランクフルトの快進撃を「奇跡」と言ったが、この表現を大げさだと笑う者は少ない。それほどのサプライズが今、起こっているのだ。

 そして同じように、ボーフムから移籍してきた乾貴士が、チームの中核としてフルシーズンを戦い抜くと予想した者は少なかった。もしいたとすれば、それは日本人か、よほどの楽観主義者のどちらかだったに違いない。

 ボーフム時代の乾は2部リーグで戦う上での“義務”に縛られすぎて持ち味を発揮できていなかった。下部リーグの戦いでは、何よりも闘争心が重視される。いかに強靭でたくましく、勇猛果敢に相手に立ち向かっていけるか。それが選手の価値であり、技術や戦術といった要素は二の次となる。

 その中で乾はよくやっていた。自分より一回りも二回りも大きなDFを独特のステップでかわし、決定的なパスを送り、自らゴールを決めていた。もっとも、闘争心を必要以上に押し出すことで、自分の持ち味を殺してしまうシーンも目立ち、本来持つ才能のすべてを示すことはできていなかった。ボーフムは11位といううだつの上がらない成績でシーズンを終え、乾自身も30試合で7得点を挙げるにとどまった。インパクトを残せないままドイツでの最初のシーズンを終えたのだから、フランクフルト入団が決まった時に、周囲の期待が大きくなかったのも当然だ。

 とはいえ、FIFAリーグランキングでセリエAを抜いて欧州3位となったブンデスリーガは、下部リーグとは違ってテクニックと戦術理解力が要求される。更に言えば、それらの有無がトップリーグで生き残れるかどうかの生命線となる。

 頭が良く、高度なテクニックを持つ乾にとって、この環境の変化はむしろ歓迎すべきものだった。加えてフェーは1部昇格という刹那的な喜びに浸ることなく、理想とする攻撃スタイルの構築を目指して歩み続けた。つまり、フランクフルトには乾が攻撃センスを存分に生かすための環境が整っていたのだ。

 迎えた今シーズン、彼がどのような評価を受けているかは、前述したマテウスの言葉だけでも十分伝わるはずだ。

周囲があきれる乾のナイーブさ

ドイツ人と日本人は、勤勉さや真面目さという点で似ている。それが、ドイツで日本人選手が成功している要因の一つだと私は考えている。

 しかし、こと乾に関しては、我々ドイツ人から見ても「真面目すぎる」きらいがある。それを象徴するエピソードが、第24節のボルシアMG戦での一幕だ。

 1点のビハインドで迎えた70分、左サイドでボールを受けた乾は、爆発的なスピードでペナルティーエリア内に進入する。しかし、相手DFのホーヴァル・ノルトヴェイトが繰り出した決死のスライディングをかわそうと、1メートル近くジャンプしてバランスを失い、絶好の得点機を逃してしまった。

 スタジアムに訪れていた観客は乾の果敢なプレーに拍手喝采を送ったが、記者席からは失笑が漏れた。彼があまりに「ナイーブ」だったからだ。「ナイーブ」という言葉は「純粋」や「素直」というポジティブな意味でも使われるが、我々の世界では「稚拙」だとか「おめでたい」という皮肉として使われることがある。

 なぜ、乾は「ナイーブ」だと判断されたのか。その答えは、意外な人物の口から飛び出した。「タカシは才能に恵まれた選手だが、あのプレーは正直すぎた」と振り返ったのはフェーだった。「プロ選手には、ずる賢さも必要だ。あのシーンでタカシと同じ選択をする選手はほとんどいない。99パーセント、ファウルをもらってPKを得ようとするだろう」

 レフェリーを欺くシミュレーションを良しとするかのようなこの発言が議論の的となったのはさておき、乾の真面目すぎる性格を象徴するシーンだったことは確かだ。フットボールの世界で「たられば」を言うのはナンセンスだが、仮にPKを得ていたら、同点に追いつく可能性は高かったし、勢いに乗って逆転することも可能だったかもしれない。彼の純粋さは時として、得られるはずだった利益(=勝ち点)を失う事態を招く。そう考え、記者たちは失笑をもらし、フェーは声を荒げたのだ。

 もっとも、このナイーブさは必ずしもネガティブな結果だけを呼ぶわけではない。それどころか、乾が選手として成長する上で不可欠な要素だと考えることもできる。なぜなら、彼がフランクフルトに加入して以降、最も成長した点は守備面だからだ。

 フェーは乾にある程度の自由を与えているが、「だからといって攻撃に専念されては困る」と、守備の重要性を説いている。ボーフム時代の乾はボールを失っても相手を追いかけるアクションを起こすことが少なかったが、現指揮官はそんなわがままを許さない。「攻守両面でチームに貢献する」。これがすべてのプレーヤーに課せられたテーマであり、例外となる選手はいない。ボーフム時代よりも守備面での負担が増えたことになるが、乾は「ナイーブ」さによって指揮官の意図を忠実に理解し、戦術に順応。彼がこの課題をクリアしていることは、フェーが乾をスタメンで起用し続けていることからも明らかだ。

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