ベルリンの奇跡と呼ばれる1936年の日本vsスウェーデン [写真]=Getty Images
モンテレイからダラスまで夜行バスに乗った。走行距離約1000キロ、13時間の長旅だった。とは言え、2014年ブラジル大会のときには50時間以上バスに揺られたこともあったし、2018年ロシア大会のときも長距離の寝台列車でよく移動した。だから、ワールドカップでの長旅は、私にとってはある意味「定番」なのである。
今からちょうど90年前、日本vsスウェーデンのために、私のバス旅とは比べ物にならないほどの大遠征をした人たちがいる。1936年ベルリン・オリンピックに出場した男子日本サッカー代表だ。
記録によれば、彼らは6月20日に東京を出発し、下関、釜山、満州を経由してシベリア鉄道で約2週間かけて欧州入りしたとされる。
もちろん私のたった半日の長旅とは比較にならないが、奇しくも私と彼らが「目指していたもの」は一致している。それは、大舞台でのスウェーデンとの戦い。ただ、私は“傍観者として”、彼らは“当事者(競技者)”として、長旅の末、それを目指したのである。
7月3日にベルリン入りした日本代表は、約1カ月間、練習試合などで調整(連戦連敗だったようだ)を繰りかえし、8月4日、スウェーデンとの初戦を迎える。
その試合で、代表は前半0-2からの劣勢を跳ね返し、3-2の逆転勝ちをおさめた。世にいう「ベルリンの奇跡」である。
奇跡を演じたメンバーの中に、私の高校の先輩が2人いた。FWの松永行(あきら)選手とMFの笹野積次選手だ。2人はともに旧制志太中(現在の藤枝東高校)の出身であり、松永さんは東京文理大(現筑波大学の一部)、笹野さんは、早稲田大学の蹴球部員だった。早稲田のア式蹴球部を中心に編成されたチームの中で笹野さんは控え、逆に松永さんは先発としてスウェーデン戦に臨んでいる。
終了間際、松永さんにボールが出る。彼は地面を蹴りながらもシュートを放ち、決勝点を挙げた。それは、日本代表が世界のサッカー界に初めて存在感を示したゴールだった。
故郷では今もこの2人の話題が出る。特に決勝ゴールを挙げた松永さんの話は、栄光の記憶として語り継がれている。ただ、ほとんどの人が栄光の話しかしない。その後、彼が歩んだ運命を語る人は、藤枝周辺にも少ない。
松永さんは、1943年、軍人として出征したガダルカナル島で亡くなっている。ガダルカナル島での戦いは、アメリカ軍の猛攻と軍の食料供給の不備からくる飢えに軍人たちが苦しめられた、過酷で陰惨な戦争だった。松永さんは中隊長として最後まで戦意を失わず、オースティン山の守備に回り、そこでいわば玉砕に近い形で命を落としている。
このエピソードを思うたびに、スポーツとは平和があるからこそ成り立つものであることを痛感する。オリンピックのような大舞台でジャイアントキリングを完成させる重要なゴールを決めながら、その数年後に、激戦の戦地へ送り込まれ命を落とす。それが「当たり前」あるいは「名誉」とされた時代もあったのだ。オリンピックだけが平和の祭典ではない。すべてのスポーツイベントは平和なくては成立しない。
ウクライナとロシアの戦争はまだ続いている。イランと米国の紛争も終結にはほど遠い状態だ。今回のワールドカップでも、イラン代表は参加を認められたが、米国内での滞在は禁止されている。ロシアは、世界のサッカーシーンから事実上締め出されており、ウクライナ代表は、欧州予選に参加し、プレーオフまでたどり着くも、今回の日本の相手、スウェーデンに敗れ、2006年以来の本大会出場を逃している。
平和への脅威は、今大会においても決して無縁の要素ではないのだ。

[写真]=Getty Images
ダラス・スタジアムで日本vsスウェーデンが始まった。56分に前田大然のゴールで日本が先制。しかし、その6分後、アンソニー・エランガの絶妙な角度からのゴールが決まり引き分け。
1-5で敗れたオランダ戦から特に守備面での修正が感じられたスウェーデンだった。日本のカウンター封じはある程度成功していたように思う。やはり欧州勢はなんやかんや言ってもしぶとい。
もしGK鈴木彩艶の度重なる好セーブがなかったら、結果はどうなっていたか分からなかった。ともあれ、グループリーグの3戦目らしいタフなゲームであった。
これで日本vsスウェーデンの通算成績は、PK戦決着を引き分けとする場合、1勝1敗4分。ベルリンの奇跡以来、日本はスウェーデンに勝ち切れていない。
松永さんは、1936年発行の『体育と競技』の中でこう記している。「(今後の課題として)ショートパスの速攻法をあくまでも伸ばし、之に加へるに遅攻法をとり、緩急よろしきを得て、始めて日本蹴球の完成の時は来るのである」と。
ショートパスを軸に速攻と遅攻をバランスよく取り混ぜ敵に立ち向かう。彼のその思いは、今の日本代表にも受け継がれているように思う。
最後に彼はこうも書いている。それが実現できたときが、「世界蹴球覇者たり王者たる時なのである」。
さあ、次はいよいよブラジル戦だ。
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