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非常事態だからこそ実感したい…イングランド庶民の「ノーマルな日常」

2020.06.15

[写真]=Getty Images

 ロックダウン中のロンドンで迎えた今年の誕生日。窓の外は腹立たしいくらいに青空が広がっている。だが、私の気分は朝から爽快で、心は寝室のカーテンを開ける前から晴れていた。前日の5月28日に、プレミアリーグのシーズン再開が決まっていたのだ。

 再開日は、前節から3カ月以上が経過したことになる6月17日。リーグによる発表を受け、長い中断期間にケガも癒えたハリー・ケインは、自身のガッツポーズ姿をツイートした。この私も、左足を手術したトッテナムの主砲はもちろん、どのチームの誰のプレーも見ることができず、“生のフットボール”に飢えていたイングランド庶民の一人として、「よっしゃ!」という心境だった。夜が明けて、また1つ歳をとった朝にも。

 愛犬2匹を連れて散歩に出ると、通りを挟んだコモン(公園)の歩道に、乳母車を押すジャックの姿が見えた。向こうも気づき、大きく頷き合った。互いに、心の中で「来た!」と声を発したようなものだ。

 彼は、「再開」への思いが特に強かったことだろう。何しろ、西ロンドンからはるばる、シーズン・チケットを持ってアンフィールドに通うリヴァプールファンだからだ。10日ほど前には、「降格候補の下位勢に、今シーズン無効に持ち込まれるかも……」と不安そうだったが、30年ぶりのリーグ優勝まで「あと2勝」だと、再び期待できるようになったのだ。

 冷静に周りを眺めれば、新型コロナウイルス渦中の現実に引き戻される感はある。歩道には、最低2メートルのソーシャル・ディスタンスがスプレー表示されている。商店街の静けさは、まだ時間が早いからではない。普通のショップは、最短でも6月15日まで営業再開が許されない状態だ。英国内で命を落とした感染者数は、当日も300人を超えた。

 だからと言って、明るい気分になってはいけないわけではない。むしろ、非常事態だからこそ希望を持つことが大切だ。アブノーマルな日常から、少しずつでもノーマルな日常に戻り始めているのだという実感がほしい。それを与えてくれるのが、イングランドでは庶民の日常生活の一部であるフットボールなのだ。

スタジアムに向かうサポーターたち [写真]=Getty Images

 1週間後の6月5日には、17日に行われる未消化分の2試合と、次節に当たる第30節から第32節までの開催日時が発表された。英国風に言えば、「まるでロンドンバス」のよう。待てど暮らせど来ない2階建てのバスが、いきなり2、3台続けて来る皮肉な状況に由来する表現だが、3カ月の空白期間のあとには、試合の連日開催が待っていた。リーグ再開からの約2週間で、試合のない日は2日しかない。
 
 つまり、平日と週末の区別がつかない感覚は中断期のままだ。とはいえ、毎日が同じように感じられた「フットボールのない日々」とは違う。さっそく、17日はマンチェスター・C対アーセナル、19日はトッテナム対マンチェスター・U、20日はウェストハム対ウルヴァーハンプトンと、仕事でチェックしたいカードを携帯のカレンダーに入力する。個人的な習慣で、贔屓のチェルシー戦の日程を記入する卓上カレンダーも、21日に「アストンビラ(A)」、25日に「マンチェスター・C(H)」という具合に、見た目が“ノーマル”になってきた。

 いずれも、無観客試合ではある。代わりに、残る全92試合が生中継されるが、ピッチとスタンドの近さが魅力の一つであるプレミアリーグで、試合が空っぽのスタジアムで開催されるなど、「西から昇ったお日様が東へ沈む」ような矛盾だ。

 だが、そう始まる『天才バカボン』の主題歌ではないが、「これでいいのだ」と言いたい。フットボールは、フットボール。庶民の日常から消えていた、「我がチーム」への一喜一憂や、他チームをサポートする友人との茶化し合いも復活する。隣人との世間話にも、試合結果や相手によって、時には甘く、時には辛いスパイスが加わる。フットボールが戻ってくるのだ。

文=山中 忍

プレミアリーグ

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