[写真]=Getty Images
欧州の頂きを知るロンドンで唯一のクラブに歴代王者の貫録はない。それもそのはずだ。今季のチェルシーは、過去15年間で最も期待されていないのだ……。
期待されないチームを率いるクラブの英雄
純粋な戦力だけを見れば、チャンピオンズリーグ(CL)出場32チームの中で、良く見積もって10番手くらいだろう。監督の実績に至っては堂々の31位。今季からリヨンを率いる元アーセナルのシウヴィーニョがいなければ最下位だろう。無論、シウヴィーニョは5年前からロベルト・マンチーニのアシスタントなどを務めてきたので、実質的にはフランク・ランパードが最下位かもしれない。
だがフットボールというスポーツは、時に予期せぬサプライズを用意しているもので、チェルシーがあれよあれよと勝ち上がる可能性だって完全には否定できない。なぜなら、私たちは過去に目の当たりにしているのだ。元スター選手の新米監督がビッグイアーを掲げる光景を――。
ペップやジズー? いやいや、そんな小物の話ではない! 監督初挑戦ではなかったものの、シーズン途中で指揮権を託されて頂点まで登り詰めたイタリア人がいたではないか。チェルシーファンならば忘れるはずもない。なぜなら彼が欧州制覇に導いたクラブこそチェルシーなのだから。
無論、ランパードがあの栄光を忘れるはずがない。PK戦までもつれた2012年のバイエルンとの決勝戦、彼はロベルト・ディ・マッテオ監督に3番目のキッカーを任されて見事に決めた。だからチームが団結したときの強さを誰よりも心得ているはずだ。今のチェルシーは確かに38試合のリーグ戦だったらチャンスはない。しかしカップ戦ならば、決勝トーナメントまで進出できたならば、何か奇跡を起こせるかもしれない。
そんな一縷の望みはあるものの、現実を見れば7年前とはあまりにも状況が異なる。バイエルンとの死闘を演じた7年前は、脂の乗り切った“大人の選手”たちが揃っていた。GKにはペトル・チェフ、中盤にはランパード本人、そして前線にはディディエ・ドログバ。スタメンの平均年齢は28歳55日だった。一方で、今季8月末のプレミアリーグ第4節のシェフィールド・ユナイテッド戦では、スタメンの平均年齢が24歳158日だった。チェルシーにとってプレミアでのクラブ最年少記録である。無論、若いからこそ大化けすることも期待できる。しかし、今季ここまでの試合を見る限り、若さは裏目に出ている。
若いチームは変貌を遂げる可能性を秘めているが…
チェルシーは補強を禁じられた中でチームの顔だったエデン・アザールを引き抜かれた。大幅な戦力ダウンはやむを得ず、苦し紛れで若手起用に方針転換。クラブの英雄を監督に据え、MFメイソン・マウント(20歳)やFWタミー・アブラハム(21歳)といった生え抜きで何とかやりくりしている。それどころか、エヴァートンに貸し出していたDFクル・ズマ(24歳)、プレミアでの初先発を飾ったばかりのフィカヨ・トモリ(21歳)まで使わざるを得ない状況にあるのだ。
だが、楽しみだってある。クリスティアン・プリシッチ(20歳)の推進力が加わった攻撃陣は、とても流動的でエンターテインメント性を感じる。0-4で敗れたプレミア開幕戦のマンチェスター・U戦でさえ、彼らは何度も相手ゴールに迫った。だが、ひとたび相手に流れが傾くと、抗うことができずに大敗を喫した――。
本当に若いチームだ。若いどころか、まるでユースチームの試合を見ているのかと錯覚を起こすほどだ。「全ての攻撃でゴールする」、「いつも全速力」、「常に自分たちの時間帯」という未成熟な印象を受ける。そういう積極性は大切だが、それだけでは90分間戦い抜けない。そして、それだけでは試合に勝てないのだ。
相手の時間帯があることを受け入れ、その時間をどれだけ減らすか策を練る。ボールを持っても、あえて攻めない。それこそ現役時代のランパードの相棒を務めたクロード・マケレレの得意技だったではないか。彼は中盤の“守備の門番”という役割だけでなく、トランジション時の「攻撃スイッチ」を託された選手だったじゃないか。今のチームでも、中盤の底に座るMFジョルジーニョは、本来それができる選手である。では、どうしてやらないのか?
考え得る理由の1つが、昨シーズンの影響である。シンプルなパスをファンから野次られたため、ジョルジーニョの縦への意識が強まった可能性だ。今季のジョルジーニョは、1試合の平均パス本数が20本も減っている。それでいてロングパスの本数は1.5倍に増加した。大胆なサイドチェンジや裏へのパスを狙うあまり、ボールロストが多くなっている。
もう1つの理由として考えられるのは、監督からの指示である。その場合、あくまで憶測だが、ランパードはジョルジーニョにあえて素早いトランジションを求めている可能性がある。若い面子で新チームを作り上げる際の荒療治である。まずは自分たちの得意分野、足を止めない流動的な攻撃を存分に発揮させようというのだ。そうやって若い選手たちに自信を植え付けたあと、ペース配分を教え込む。
もし憶測が正しければ、今シーズン中にメリハリのあるチームへと変貌を遂げるかもしれない。だが仮に、「ファンが望んでいるから」という理由だけでオープンなサッカーを繰り広げているのなら、新体制は長続きしないだろう。
まずは初戦勝利、まずはグループステージ突破を
CLのグループステージでは1つの敗戦が致命傷になりかねない。特にアヤックス、バレンシア、リールという難敵が同居するグループでは、どの試合も油断ならない。恐らくアヤックスとの連戦となる3、4節が山場になるだろう。そこで勝ち点を確保できなければ、グループ敗退も覚悟しないといけない。
とはいえ、ひとたびグループステージを突破できれば、そこからはチャレンジャー精神で上だけを見て戦える。決勝トーナメントにさえ到達すれば、今季に限ってはどこで敗退しても批判を浴びることはないだろう。プレッシャーもなく、思い切りプレーできるし、それこそ昨季ベスト4に進出したアヤックスのような大躍進も期待できる。
だからこそ、まずはグループステージだ。そういえば、2011-12シーズンもチェルシーは厄介なグループに放り込まれた。今季と同じくバレンシアがいたし、強豪のレヴァークーゼン、さらにベルギーのKRCヘンクのような未知数のチームもいた。あの時のチェルシーは、実はアウェーで1勝もできなかったが、それでも首位通過した。理由は明白である。ホームで全勝したからだ。
そう考えると、今シーズンもホームで迎える第1節のバレンシア戦は勝ち点3が絶対だ。勝てればその流れに身を任せ、どこまで行けるか突っ走ってみればいい。そうすれば、あるいは……。
“期待できない”チームだからこそ、期待したくなる。これが人の性ってやつなんだろう。
文=田島大(フットメディア)
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