浦和レッズの曺貴裁監督 [写真]=清原茂樹
曺貴裁監督率いる新生・浦和レッズの初陣となるガンバ大阪戦がいよいよ迫ってきた。8月1日に行われたプレシーズンマッチのRB大宮アルディージャ戦では、一時リードを許す展開となったものの、渡邊凌磨とオナイウ阿道のゴールで追いつき、2-2のドローに持ち込んだ。
埼玉スタジアム2002に集まった観衆は23,683人。新たな船出としては少し寂しく映ったが、満員のスタジアムに真っ赤なサポーターが集結した時の圧倒的な熱量と迫力は、世界最高峰とも言える。一人でも多くの人々を振り向かせ、熱気に包まれたスタジアムを作り上げること。それもまた新指揮官に託された大きな使命の一つだ。かつて駒場スタジアムでプレーしたクラブOBでもある曺監督は、どのような方向性を描き、どんな理想の姿を目指しているのか。引き続き、語ってもらった。
取材・文=元川悦子
――曺監督は1994~95年に浦和レッズでプレーしたクラブOBでもあります。J1制覇が2006年の1回だけという現状をどう受け止めていますか?
曺 当時を知る選手はいないですし、フロントにも一部いるとは思いますが、栄光の歴史を知る人は少なくなっています。だからこそ、タイトルという言葉だけが独り歩きしてはいけないと思います。まずは目の前の試合に勝つことを積み重ねていくしかない。それが今の率直な思いです。ただ、一つ勝ったからといって「次から温度を下げていい」ということではありません。常に高い目標を持ちながら、一戦一戦に挑み続けていくことが重要だと思っています。
――曺監督が選手だった頃から、浦和のサポーターはどこよりも熱かった印象があります。
曺 そうですね。当時から勝負や一つひとつのプレーに対して、とてもビビッドに反応される方々だったと記憶しています。あの頃はチームも苦しい時期で、試合に負けた後にバスを囲まれたり、卵を投げられたりした経験もありました。ただ、福田正博さんが得点王になった1995年は、レッズサポーターの表情が見る見るうちに明るくなっていくのがよく分かりました。その印象は今でも強く残っています。あれから30年以上が経ち、サポーターの数もグループも大きく増えたと思いますが、彼らが求めているのは単なる勝利だけではなく、「自分たちも一緒に闘っている」と実感できるような試合なのではないでしょうか。近年、それを感じられる機会が少なかったのであれば、僕は今シーズン、感情の部分も含めて彼らと共有しながら戦っていきたいと考えています。選手たちも、これだけ多くのサポーターが味方についていることを実感できれば、自然と足が前に出るでしょうし、思い切ったプレーもできるはずです。そういうチームを、今まさに作っている最中ですね
――2025年10月のFC町田ゼルビア戦では《浦和の男ならプレーで声援を勝ち取れ》という横断幕が掲げられ、試合中にチャントやコールが控える場面もありました。そうしたサポーターを味方につけることが、大きく飛躍するための鍵になりそうですね。
曺 もちろん、その通りだと思います。ただ、世界を見てもサッカークラブのサポーターというのは、いい時ばかりを経験しているわけではありません。世界的なビッグクラブであっても、苦しい時期に直面することはあります。そうした中でも、勝っても負けても選手が全力を尽くす姿勢を見せ続けることで、サポーターはシンパシーを感じてくれると僕は信じています。もちろん、負けていいという話ではありません。どのように戦い、どのように負けたのか。その姿勢が彼らの胸の中にスッと入っていくような戦いをしなければいけない。それが僕に託された使命ですね。
――それだけの熱量を持ち合わせた指揮官だと堀之内聖SDやクラブが考えたからこそ、曺監督にチームを託したのでしょうね。
曺 就任会見で「熱だけでは勝てない」と話しましたが、逆に言えば「熱がないチームは絶対に勝てない」とも思っています。そもそも、熱がなければ監督という仕事をやっていません(笑)。監督としてのキャリアは決して短くありませんが、過去の成功体験や経験値にとらわれて、何もアップデートしないつもりは全くありません。今の選手たちからも学びながら、少しでも指導を良くしていきたいですし、自分自身も成長し続けたい。そのためにも、向上心を何より大切にしていきたいと強く思っています。
――今回の監督就任にあたっては、湘南ベルマーレ時代の一連の出来事もあり、さまざまな意見や反応がありました。その後は京都サンガF.C.を5年半率いてJ1で3位まで押し上げ、再び浦和の指揮を執ることになりましたが、就任に際して寄せられたそうした声を、ご自身はどのように受け止めていましたか?
曺 過去のことは事実として受け止めています。自分自身を見つめ直して反省し、改善していかなければならない出来事だったと認識しています。そうした中で、今回レッズの監督を引き受けることは、自分にとって大きな決断でした。60歳が近づいた今、このような挑戦ができる機会はそう多くありませんし、決断したことを後悔したことは一度もありません。今は、みんなと一緒に喜びを分かち合いたいという思いが非常に強いです。自分がこれまでさまざまな間違いを経験してきたからこそ、選手たちに「それは明確な間違いだ」と言い切ることには、少し抵抗があるのも事実です。もちろん、ポイントを整理し、助言することは指導者として大切ですが、その伝え方には常に注意を払いながらここまでやってきました。とはいえ、監督である以上、厳しい目線を持ち続けなければいけませんし、今はレッズの監督として働いています。選手たちは「何としても強くなりたい」という思いを持っています。だからこそ、彼らと一緒に新しい景色を見に行くチャンスをいただいたと前向きに捉え、取り組んでいます。
――今の浦和には教え子である宮本優太選手、安居海渡選手がいます。さらに吉田達磨コーチ、杉山弘一コーチ、梅崎司コーチもスタッフとして加わっています。そうした顔ぶれを考えると、“曺監督カラー”は比較的早くチームに浸透しそうですね。
曺 「コーチ陣の数が選手と同じくらいいる」なんて話も耳にしますけどね……(笑)。ただ、やはり監督一人で全てを変えようとしても限界があります。だからこそ、まずは一緒に関わるスタッフに、自分の考えを内側からしっかり発信していくことが大切です。周囲が少しずつ理解を深めていけば、それが自然とチーム全体にも伝わっていく。もちろん、代表者である自分が勝敗の責任を負う立場であることは十分に自覚しています。その上で、スタッフも選手もサポーターも、『本当に一緒に闘いたい』と思えるチームを作っていきたいですね。
――浦和というクラブをより発展させていこうと考えた時、アカデミー出身者が主軸を担えていないという課題もあります。過去には原口元気選手(ベールスホット)や鈴木彩艶選手(パルマ)が出てきてはいるものの、曺監督がこれまで指導した湘南や京都よりも人数的には少ないようにも感じます。
曺 若い選手だからといって優先的に起用しようとは考えていません。ただ、レッズのアカデミーで育った選手の中から、クラブの象徴となる存在が数多く出てくれば、地元のサポーターから応援してもらえることは間違いないでしょう。「アカデミー出身だからプロでも成功できる」という免罪符を与えるわけではありません。アカデミー時代からクラブを背負う意識や自覚を持たせながら育てていくことが大切だと考えています。今は和田武士が17歳でプロとして生活していますが、それはあくまでスタート地点であって、ゴールはもっと先にあります。彼と面談した時に『いずれは海外でプレーしたい』という目標を口にしていました。そういう舞台を目指すのであれば、自分自身の基準をもっと引き上げなければいけない。そのことはしっかり伝えていくつもりです。トップチームの監督として、アカデミーに直接できることは限られていますが、武士は間違いなく同じ17歳とは違う景色を見られる環境にいます。実際、初めて見た頃と比べても、今は戦える表情になってきました。そうした成長をさらに加速させられるように取り組んでいきたいですね。
――27人という少数精鋭の陣容でシーズンを戦う以上、和田選手のような若い力はもちろん、選手一人ひとりのレベルアップが不可欠になります。直近のワールドカップを見て、レッズにも取り入れたいと感じた“世界基準”はありますか?
曺 自陣からボールをつないで相手陣内へ運ぶ場面では、もちろんミスやボールロストもあります。それでも最後はしっかりシュートまで持ち込めるチームが増えたという印象を受けました。つまり、守る側からすれば、ボールを奪ってショートカウンターにつなげられる時間はほんの一瞬しかない。以前なら2秒あったものが、今では0.5秒、あるいは0.3秒。そのわずかな時間の差が勝敗を分けるのだと、改めて痛感しました。選手たちにも話しましたが、結局サッカーは日々のトレーニングで勝つ確率を少しずつ高めていく競技です。どうすれば勝てる確率が上がるのか。考え続けながら積み重ねていくことが大切です。優勝したスペインは大会前に「以前ほどタレントが揃っていない」と言われていました。それでもセンターバックはセンターFWのような技術を持ち、センターFWはサイドバックのように守備ができる。全員が高い技術を備え、コンパクトな守備を徹底していました。決して派手なサッカーではありませんが、レッズが見習うべきなのは、まさにそういう部分です。派手なことではなく、当たり前のことを当たり前にやり続け、チーム全員で喜び合う。それこそが目指すべき方向だと思っています。
――曺監督が就任してから、浦和の選手たちは目の色が変わった印象もあります。
曺 自分が来てから、一つ明確に変えたことがあります。練習中にすね当てを着用するようにしたことです。バチバチとぶつかり合ったり、スライディングをする場面もありますから、当然ケガのリスクを減らさなければいけません。以前、リヴァプールの練習を見に行った時も、選手全員がすね当てを着けていたわけではありませんでした。「だったらレッズもしなくていい」という考え方は違うと思っています。謙虚な姿勢を持つこと、初心に戻って一つひとつの練習を大切に取り組むこと。そのためにも、やるべきことはしっかりやりたい。強くなるための意識付けいう意味もありますし、そうした日々の積み重ねが少しずつ実を結び、試合に表れてくれればいいと思っています。ここからが本当の勝負です。
曺監督体制の初陣となるガンバ大阪戦で、どのような変化を示すのか。そして、8月15日のホーム開幕戦となるサンフレッチェ広島戦で、見る者を驚かせるような戦いができるのか。今から新生・浦和レッズの躍動感ある一挙手一投足を心待ちにしたいものである。
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By 元川悦子

