2012.11.08

史上初の決勝トーナメント進出を果たしたカズ「フットサル界が一つになって努力してきた証」

カズ
 手に汗握る試合だった。記者個人のことで言えば、こんなに“疲れる”試合を経験したことはなかった。それほどまでに、この試合はいろんなものが懸かっていた。それは選手たちが一番よく理解しているはずだった。

 前半の立ち上がりから、決して動きが悪いわけではなかった。ピッチには村上哲哉、森岡薫が今大会初めて先発のセットに登場。「ブラジル、ポルトガル戦の2試合で僕のセットでは失点をしていなかったので、そういう意味でミゲル監督が使ってくれたと思うんですけど、その2試合は立ち上がりに失点をしていたので、そこだけは注意して集中をしていこうとセットを代えていったのかなと思う」(村上)と、攻撃よりもむしろ守備に比重を置いた入り方を選択しているようだった。

 開始早々、いきなり逸見勝利ラファエルが相手のプレスを回避し、中央を持ち上がると左サイドの北原亘にラストパス。これを北原がシュートするが、枠をとらえることはできなかった。ファーサイドには村上も詰めていた。日本は、序盤から圧倒的にゲームを支配し、多くのチャンスを生み出していた。でも得点が生まれない。ようやくゴールが生まれたのは17分だった。右サイドを抜けた逸見が強烈なシュートを放つと、そのこぼれ球に走り込んだ稲葉洸太郎が押し込み、これがディフェンスをかすめコースが変わり先制点となった。歓喜に沸くピッチ上とスタンド。しかし喜びも束の間、直後に与えたフリーキックから、相手に豪快なミドルシュートをたたき込まれてしまった。前半のポゼッション率は68パーセント、シュート23本(相手7本)と明らかに日本のペースだったが、まさかの同点で折り返すことになった。

 会場内には表現の仕様がない緊迫感が張り詰めていた。選手たちも、日本を応援する観客も、メディア陣も、知らず知らずのうちに、この試合の重さを痛感させられていた。選手、監督が常々、「歴史を変える」と話してきたが、それは本当に簡単なことではないようだ。仮にこのまま引き分けで終わってしまったら、相手に逆転を許してしまったら、可能性はもう残されてはいない。そう考えると、祈るよりほかになかった。そして選手たちは、この大舞台、大きなプレッシャーの掛かる場面で、見事に結果を出した。

 ミゲル監督は、チームに勝利をもたらすため、ハーフタイム中の言葉で選手たちを精神的に解放させた。「この試合はアジア選手権準決勝のオーストラリア戦と状況が似ていました。前半はナーバスに入って、少し攻撃に慌てたり焦るシーンが見えた。なので、アジア選手権の時に、『リラックスして、笑顔を持ってやろうと話して点を取ったよね。鳥になったような自由な気持ちでやろう』と話して点を取ったので、同じようなことを話しました」。この言葉が奏功したのか、後半の24分、前線で稲葉がねばり、ゴール前の星翔太へとパスを送ると、星はディフェンスに寄せられながらも冷静にボールを浮かし、ゴールへと流し込み、勝ち越し点が生まれた。続く25分には、小宮山友祐のシュート性のボールをゴール前で稲葉が方向を変えて決め、立て続けに得点。さらに31分には小曽戸允哉が右から左へと流れるドリブルから、鮮やかなゴールを決めリードを広げた。

 ここからリビアは、GKをフィールドプレーヤーに代えたパワープレーに望みを託してきた。このプレーは、日本がポルトガル戦で同点劇を演じたきっかけとなった戦術だが、一方で大きなリスクを伴う。日本は、ボールを奪取し無人のゴールを陥れる「パワープレー返し」から、さらなる得点を狙った。しかし37分、エリア内で村上のハンドを取られると相手にPKを与え、これを決められてしまった。その後も、相手の積極的な攻撃の前に苦しむ時間帯が続いたが、何とか逃げ切ることに成功。4ー2で、この試合の絶対条件だった勝利を手にした。

 「一つ壁を越えた気分」(北原)と、この時点ではまだ日本のグループリーグ突破は確定していなかったが、3位での突破がほぼ決まっていたことで、ミックスゾーンに現れる選手の表情は安堵の様子もうかがえた。 「ロッカールームは盛り上がっていたので、選手たちに特別に何かを話してはいません。みんな裸で飛び回っていましたし、カズも盛り上がり、みんなで記念写真を撮っていました」(ミゲル監督)と、選手たちは、大きなプレッシャーから解放された。

 試合を終えたばかりの、まだグループリーグ突破が決まる前の取材で三浦知良は、「(3試合で勝ち点4を取れたことは)ものすごい価値があるのではないかと思う」と話した。常々、日本フットサル界のことを考え、この先、この競技が発展していくために、自分が何をできるのかということを主軸に置いてきた三浦は、大会直前に選考からもれた2人の選手に関しても言及した。「仁部屋(和弘)と滝田(学)はずっとみんなと一緒にやってきた仲間で、僕は本当に3週間しかピッチに立っていない人間です。勝ったことは、本当にみんなが、フットサル界が一つになって努力してやってきたことの証であり、一勝であると思う」。この三浦のコメントには、選ばれなかった2人への、深い、深い思いが感じられた。ミゲル監督も言う。「試合が終わったら、仁部屋と滝田に連絡をしようとみんなで話をしていました。みんな2人のためにもということを思って戦ったんです。ずっとそのつもりでやってきました」。代表チームとは、まるでファミリーのようなものなのかもしれない、そう感じさせられた。

 3年半前にミゲル監督が就任し、多くの代表候補選手たちが切磋琢磨する中で代表チームを築き上げ、今年6月のアジア選手権でワールドカップ出場を決めるとともに、アジア王者の栄冠を手にして、そして今大会直前、三浦、森岡が加わった。最後の選考にもれた仁部屋と滝田も含め、日本フットサル界の積み重ねが結実した。07年にトップリーグであるFリーグが開幕し、「日本フットサルの夜明け」と呼ばれた。そこから少しずつ歩みを進め、早くも5年が経過。今ようやく、本当の意味で日本フットサル界に日が昇り始めたのかもしれない。

 もちろん、日本の戦いはここで終わりではない。「僕らは職人というか勝負師というか、ずっと勝負の中で生きてきた人間なので、勝ち進めば進んだだけ、もっと上に行きたいと思う」(三浦)。日本の戦いは、続いていく。