2012.09.15

SAMURAI BLUE はじまりは、「J」だった。『異端の原点』18歳本田の初ゴールを観たことがあるか。

本田圭佑 文●伊東武彦(朝日新聞) 写真●新井賢一

 作家や映画監督などの作品を論じる上で、よく使われる言葉がある。

「デビュー作に、すべてがある」

 どんなに粗削りでも稚拙でも、最初の作品にはその後の作家人生に通底する主題が流れている。そんな意味だろう。「Jリーグ20周年記念ムック」を編んでいて思い出したのは、その言葉だ。

 リーグ開幕20年を来年に控えて発売されているムックでは、朝日新聞スポーツ部の歴代担当記者に、最も印象に残るゴールを選んでもらった。1993年開幕節のジーコ(鹿島アントラーズ)、94年チャンピオンシップのラモス瑠偉(ヴェルディ川崎)。なつかしい名前が並ぶ。その中に、2005年4月27日の本田圭佑のゴールがある。

 名古屋グランパスの2年目、当時18歳。このゴールを選んだ後藤大輔記者は、こう書く。

ーー柔軟で豪快だった。敵陣右コーナーでボールを止め、クロスと見せかけて左足でDFの股間を抜く。ゴールライン上を伝うようにペナルティーエリアに入ると、左足でGKのすぐ頭上に突き刺した。ほぼ角度のない所でパスを選択しなかったのも、我が強い本田らしい。「次は本田の時代」が印象づけられた一発だった。

 ムック付録のDVD映像を見て驚くのは、ボールを持った最初から、一切パスを考えていない(ように見える)ことだ。角度がないどころか、後藤記者が書く通り、ゴールライン沿いに持ち込んでからのシュートである。普通、狙わない。セオリーでいえば、マイナスのセンタリングを中央の選手に送る場面だ。

 が、本田はパスをしなかった。

 1990年代初頭、サッカー界で呪文のように言われてきたのは「視野の確保」「ボディーシェイプ(体の向き)」といった言葉だった。オランダ人の日本代表監督ハンス・オフトの口癖は「アイコンタクト」。いずれもパスを前提にした意識付けのための言葉である。ボールタッチは少なく。プレッシャーを受けないように。攻守のバランスを保ち、流れるようなパスワークで攻めることが、新世紀に向けて形成された日本サッカーのコンセンサスだった。

 スピードと体格に劣る日本人が世界と戦うための活路でもあった。ボールも人も素早く動いて数的優位を作り出す。2000年前後、パスサッカーの一つの頂点を極めた(国内レベルで)ジュビロ磐田がJリーグを席巻したこともあり、パスサッカーへの信仰は、揺るぎないものになった。

 それは、中田英寿を嚆矢に小野伸二、中村俊輔、稲本潤一、高原直泰らいわゆる黄金世代が欧州に渡り、腕試しをした時代とも重なる。欧州レベルのハイプレッシャーとスピードの中で、日本人はどうプレーすればいいのか。どう生き残れるのか。それぞれが模索し、答えを持ち帰った。

 その集大成が、2006年ドイツW杯のはずだった。ジーコ率いる「最強」日本は、世界を驚かせることなくグループリーグで敗退した。戦術がないと言われた。

 個人の力では戦えない– 。

 またぞろ、組織論が跋扈した。本田がくだんの初ゴールをひっさげて、Jリーグで台頭したのは、ちょうどその時期である。

 本田の口癖がある。

ーー数的優位と言うけど、2対1とか3対2なんて、試合中にそうはない。自分にとっては、1対1の数的同数は、「優位」なんだ。

 1990年代以降の日本サッカーは、「視野が広く」「体の角度が良い」器用な選手なら何人も生み出してきた。が、いざ勝負どころと見たとき、目の前のガラスを打ち破っても突き進むような選手は影を潜めた。能力の問題ではない(もちろん一定のレベルであることはもちろんだが)。メンタリティーの問題だ。

 2010年南アフリカW杯を目指す日本代表が大会前に膠着状態に陥った。その前年まで、「戦術を理解しているから」という理由で中村俊輔がポジションを確保していた。本田は控えだった。密集でボールをつなぎ、素早く抜け出そうとする攻撃は壁に当たっていた。チーム全体がサッカーではなく、「岡田サッカー」をしているように見えた。

 大会直前に、岡田監督が「推進力」を求めて本田の起用に舵を切った。その後の結果はご存じの通りである。本田は「異端」と言われてきたが、パスにこだわった中村俊輔ら既存戦力とどちらが現代サッカーで異端だったのかは、結果からも明らかだろう。

 ブラジルW杯予選に臨むザックジャパンで、本田の何が群を抜いているのかといえば、シュート数の多さだ。イラク戦前の強化試合UAE戦ではチーム17本中6本。ベネズエラ戦は22本中7本。いずれもメンバー中、最多だ。6月の最終予選でもヨルダン戦は18本中6本で、ハットトリックを達成した。初戦のオマーン戦は3本にとどまったが、貴重なゴールを決めている。

 強引なシュートも多い。が、本田の場合のシュート数は、あらゆる角度から多彩なシュート力(キック力、コントロール、技術の総合力)を繰り出せる能力の証明とみるべきだ。どんなポジションにいても、「シュートを狙える体の向き」を作っているからこその、シュートの多さなのだ。

ーー内容よりも、ここ一番で決めるかどうかが、サッカー。

 よく本田はそう口にする。

 ゴールに向かうために相手との1対1で勝負し、パスを考えずに狭いコースを打ち抜く。本田のJリーグ初ゴールには、その哲学が色濃く表れている。やはり「デビュー作」には、その人のすべてがあるのである。