2016.01.30

浦和のMF柏木陽介がルーキー時代を振り返る「プロになって2、3年は怖いもの知らずだった」

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柏木陽介
インタビュー・文=諌元知英(Jリーグサッカーキング編集部)
写真=鷹羽康博
※取材日:2015年12月17日

「勝ちたい」気持ちを持って練習に取り組んだユース時代

――柏木陽介選手は高校生年代のユースからサンフレッチェ広島の育成組織に加入していますが、高校の部活動という選択肢はご自身の中でありましたか?

柏木陽介 強豪校からのオファーもなかったですし、正直そんなに考えていませんでした。それに、サンフレッチェ広島のユースを受ける前に、実はヴィッセル神戸のユースにも合格していたんです。

――結果的にサンフレッチェを選んだ理由はどういったところにあったのですか?

柏木陽介 サンフレッチェの関係者の方から「最終選考だけ受けてみないか?」というオファーをいただきました。受けてみたら合格したので、小学生時代の監督などにも相談して、「サンフレッチェのほうがいいんじゃないか?」ということになって加入することを決めました。

――ご自身としては、サンフレッチェのどんなところに魅力を感じたのですか?

柏木陽介 サンフレッチェのユースは全寮制で、サッカーだけに集中できる環境があります。それから、人工芝でプレーができること。まだその当時は、ユース年代から人工芝で練習できるチームは少なかったんです。そういった環境でプレーできるという喜びはありましたね。

――実際にJクラブの育成組織に入って感じたことは?

柏木陽介 ビックリしました。みんながうま過ぎて驚愕でしたよ。ユースには中学3年生の3学期で加入するので、高校生と一緒にプレーするんです。みんな本当にうまくて、「正直、ここでやっていけへんな」というのが最初の印象です。

――それは意外な感想です。

柏木陽介 当時は「ここで試合に出ることは無理だろうな」って思いながらやっていましたね。最初は本当に全然付いていけませんでしたから。

――ユースで活躍できたきっかけというのは?

柏木陽介 きっかけは特にないんですけど、「この人たちに勝ちたい!」と思って日々の練習に取り組んでいました。慣れてくると多少自分のプレーもできるようになるというか。そこから少しずつ、「この人たちと試合に出たい」、「勝ちたい」という気持ちで常に取り組みました。実は僕、すごくネガティブ志向なので、自分のことを「ダメだ」と思ったら、すぐにネガティブになるんです。監督にもたくさん怒られながらやってきましたしね。1年生の間は3年生の試合にはほとんど出られませんでした。でも3年生が引退して新チームになった時に、ボランチで試合に出られるようになって。そこからは自分の良さを存分に出し切れたなという感じです。

――「できるな」という自信を持てたことは転機になりますね。

柏木陽介 高校生の時からトップの試合にも出させてもらっていましたし、今はもうありませんがサテライトリーグの試合にも出させてもらっていました。そういった中でも変わりなくプレーできていたというのが自信になりましたし、大きかったですね。トップの練習やサテライトの試合に参加できる環境があったことは、本当に良かったですね。

めぐり合わせが良かったサッカー人生

――確かに、そういった機会は貴重ですね。柏木選手は2006年の夏以降は出場機会も増えました。
柏木陽介 夏頃に監督が替わって、そこから試合に出られるようになりました。僕はプロ初年度の半年ぐらいの間も自分の中ではすごくいいプレーはできていたと思っていました。試合には出られませんでしたが、あの頃は年代別日本代表の試合がたくさんあったので、そこでプレーすることでコンディションを保っていました。だから「チームでも練習はいい感じなのに、どうして試合に出られないんだろう?」という気持ちは強かったですね。でも、僕が世代別の日本代表でチームを離れている間に監督が交代して、「これはチャンスだな」と「ここで頑張るしかないな」という気持ちがあったので、全力でアピールをして、そこからはメンバーに入れるようになったんです。一度試合に出てからは、ずっと出してもらえるようになりました。

――サッカーは厳しい世界ですから、強い気持ちや向上心を持っていないといけないですね。

柏木陽介 そういうことですよね。あとはめぐり合わせとかもあると思うんです。僕はこれまで、めぐり合わせが良かったなと思います。サンフレッチェという少し都会から離れたチームでプレーできていたというのもあったかもしれないですけど、それも運命だったりタイミングだったのかなと。そういうのには本当に恵まれてきたなと思っています。

――確かに、環境も成長には欠かせない要素です。

柏木陽介 サンフレッチェユースを選んだのも、的確だったかなと思います。そしてプロになってから我慢した半年間があって、監督が替わって、そこからまた自分が出せたということも大きかった。

――勝手な解釈かもしれませんが、柏木選手は楽しみながらプロサッカー選手生活を送っているのかなという印象です。

柏木陽介 そうですね。プロになって2、3年は怖いもの知らずでしたよ! 相手がどうとかではなく、全く自分の中でビビることがなかったんです。ただ自分らしくプレーしていたという感じですね。

――そういうふうに考えてプロ生活を送れられたら一番いいですね。

柏木陽介 でも、最初のほうだけですけどね。僕は結果よりも一試合で自分が何をしたのかという内容が重要だったので、当時は全く結果にこだわっていなかったんです。でも、それが良かったんだと思うんですよね。

――06年からプロの試合にも出場され、現在まで第一線でご活躍されていますが、「こういうサッカー選手になりたい」という理想像はありますか?

柏木陽介 僕はずっとジダン(元フランス代表/レアル・マドリード監督)が好きなので、ジダンみたいになりたかったんですが。今の目標はピルロ(MLS/ニューヨーク・シティ所属)のように、後ろからゲームを組み立てて、いつまでも活躍している選手、左利き版のピルロぐらいのプレースタイルは目標かなと思います。あ、でもあまり「○○選手のように」とは言いたくないです。やっぱり“柏木陽介”でとおしたいですよ。