2012.05.13

ブンデスリーガを待つ『前途洋々の未来』。健全な競争と経営がドイツに繁栄をもたらす

サッカー総合情報サイト

ワールドサッカーキング 2012.05.17(No.214)掲載]
UEFAの「ファイナンシャル・フェアプレー」導入により、ヨーロッパ各国のクラブは厳しい経営を強いられている。しかし、ドイツでは多くのクラブが健全経営を維持。快適なスタジアム環境やスリリングな試合展開も加わって、ブンデスリーガはかつてないほどの盛り上がりを見せている。この盛況を、我々は永遠に維持していかなければならない。ドイツ人記者のディルク・ギーゼルマン氏はそう語る。

文=ディルク・ギーゼルマン、翻訳=阿部 浩 アレクサンダー

■暗く、汚かった20年前のスタジアム

わずか20年で、時代と環境はこれほど激変するものだろうか。ブンデスリーガの20年前と現在の姿を比較するたびに強く思うことだ。西ヨーロッパの歴史が始まった頃、古代ローマにおける労働者の関心事はもっぱら「パンとサーカス」だった。これは生きることと人生を謳歌することの両立を表した言葉だが、少し前のドイツでも「ソーセージとサッカー」が労働者階級にとって最高の楽しみだった。

一昔前のブンデスリーガの日常風景を思い出してみよう。そこには実に寒々しいシーンが広がっていたものだ。上流社会の人々が芝居やオペラを優雅に鑑賞し、テニスでさわやかな汗を流していたのに対し、安月給のサラリーマンは週末にスタジアムに通うくらいしか娯楽がなかった。しかもそこは“夢の劇場”ではなく、コンクリートを適当に固めただけのゴツゴツとした空間だ。地味で薄汚れたスタジアムには、あらゆる設備が欠落していた。屋根はなく、トイレには異臭が漂い、木製のベンチがあるのはメインスタンドだけ。その他は大部分が立見席で、雨が降ったらびしょ濡れになる。観客の身分や懐具合を考えると、その程度の環境を提供するのが精いっぱいだった。

規模自体が巨大でも、快適さに配慮しないスタジアムはどこも閑古鳥が鳴いていた。収容人員が5万人前後あっても、実際に観戦に訪れるファンは2万人以下。おまけに陸上用のトラックも備えているためスタンドからピッチまでが遠く、選手は豆粒程度にしか見えない。また、社会状況に不満を抱え暴力で訴えるフーリガンの横行も、ファンをスタジアムからさらに遠ざける要因となった。

これが1980年代のドイツサッカー界の姿だ。それゆえ、当時の人たちはスタジアムに対して悪いイメージしか持たなかった。「下層階級の掃きだめ」とののしり、ハリウッド映画になぞらえて「マッドマックス」、「ブレードランナー」、「猿の惑星」と称した。いずれも荒廃した街や建造物が登場する、“悪しきイメージ”として酷評されていたのである。

それが今や、価値観の大逆転と言えるほどの激変ぶりを見せている。暗く寂しい時代は遠い過去の話となった。観客数は激増し、あらゆる階層の人が観戦に訪れる。かつての“労働者の集会場”は家族連れやビジネスマンで溢れ返り、華やかなカラーで埋め尽くされている。女性客も格段に増加しており、統計によると全体の約3割に上るという。

■スリリングな展開と恵まれた環境で人気爆発

現代のドイツ人にとって、サッカーをライブで味わうのは大きな楽しみの一つだ。少しばかり逆説的な話になるが、そうなった影響は91年から生中継を行なっている有料テレビ『スカイ』(旧『プレミエレ』)の影響が強い。『スカイ』はブンデスリーガの全306試合を中継している。また、ライバルのテレビ局もサッカー報道にはかなり力を入れており、ファンは自宅のソファーに寝そべったまま、単純計算で年間約1600時間もサッカーの中継放送を味わうことができる。1日平均で約4時間にもなる計算だ。

では、これだけテレビ中継が充実している中で、ファンはどうしてわざわざスタジアムまで足を運ぶのだろうか。最初に指摘できるのは、ハラハラドキドキするリーグ展開の面白さだろう。たとえば2000ー01シーズンのシャルケと2001ー02シーズンのレヴァークーゼンは、いずれも最終節の残り数十秒まで首位に立ち、優勝気分に浸っていたが、土壇場で追い抜かれてマイスターシャーレを手にすることができなかった。これほどスリリングなドラマが他にあるだろうか。予定調和のように最初から優勝チームが決まっているのでは面白くない。一方に歓喜の爆発を、そして他方には絶望の涙をもたらす筋書きのないストーリー展開にファンは熱狂し、70年代に訪れた第一次サッカーブーム以来、久しく忘れていた醍醐味を再びかみしめている。「こういう体験は、やはりスタジアムで実際に味わうべきだ」という心理が働き、「テレビ観戦よりライブ観戦」という風潮が確立したのだ。

そして、06年に地元ドイツで開催されたワールドカップ(以下W杯)で人気は盤石となった。当初、低迷するドイツ代表の活躍を期待するファンは少なく、最悪の結果も予想されたが、いざふたを開けてみると予想外の快進撃を披露。最終的に3位という好成績を収めた大会は“真夏の夢”とまで呼ばれ、ドイツ中の話題をさらった。誰もがサッカーに夢中になり、この球技の魅力に改めて気づかされたのである。

■スタジアム整備で集客力が大幅増加

ドイツW杯の開催が決定した頃から、国内ではスタジアムの整備が始まった。新築、改築、増築とその内容は様々だったが、どのスタジアムでも時代の最先端を走る設備が整えられ、ドイツは一気に世界最高峰のスタジアム環境を手に入れた。第二次世界大戦前の1936年に建設されたベルリンのオリンピア・シュタディオンは約254億円の巨費を投じて改築され、ミュンヘンのアリアンツ・アレーナはそれ以上の建設費で新築された。数年後にはこうした巨大都市だけでなく、マインツやビーレフェルト、アーヘンとった中小都市でもスタジアムを新改築する動きが起こり、全国各地で最新鋭のサッカー専用スタジアムが生まれたのである。

スタジアムのクオリティーの高さは、UEFAが定める5つ星のランキングを見れば一目瞭然だ。W杯で使用された12会場のうち、ミュンヘン、ベルリン、ハンブルク、ドルトムント、ゲルゼンキルヘンの5会場がファイブスターを獲得し、チャンピオンズリーグ(以下CL)やヨーロッパリーグ(以下EL)の決勝戦を開催できる資格を得ており、実際に今シーズンのCL決勝は、ミュンヘンのアリアンツ・アレーナで行われる。“夢の劇場”と化したスタジアムの快適さは多くのVIPを呼び寄せ、高額料金が設定されたラウンジ席があっという間に売り切れる盛況ぶりにつながっている。昨シーズンの平均入場者数は4万2101人。過去10シーズンで7度目の記録更新だ。年間を通じて定期的に行なわれるプロスポーツリーグで、これより多い平均入場者数を誇るのは、世界を見渡してもNFL(全米プロフットボール)の6万6960人だけだ。

■収入は右肩上がり健全経営で繁栄が続く

収入面についても説明してみたい。テレビ放映権料は91年の有料放送開始以来、当然ながら右肩上がりを続けている。現在は年間総額で約420億円だ。また、ユニフォームのスポンサー契約料やスタジアムのネーミングライツなど、スポンサー関連も含めたリーグ全体の総売上は、18クラブ合わせて年間約2037億円。こちらは7年連続の増収となっている。

潤沢な資金を獲得したクラブは、選手や監督の獲得に多額のオファーを用意できるようになった。たとえば09年夏、バイエルンがマリオ・ゴメスを獲得するために約31億5000万円という破格の移籍金をシュトゥットガルトに支払えたのも、それだけ資金力に余裕があったからだ。

04ー05シーズンに発表された「欧州クラブ売上高ベスト20」によると、1位はレアル・マドリーで約290億円、2位はマンチェスター・ユナイテッドで約258億円、3位はミランで約246億円と続き、ドイツのクラブはバイエルンが約198億円、シャルケが約102億円でランクインしているだけだった。ところが6年後の昨シーズンは、ベスト20にバイエルン、シャルケ、ドルトムント、レヴァークーゼン、ハンブルガーSV、ブレーメン、シュトゥットガルトとドイツのクラブが7つも入っている。ドイツサッカー界が経済面でどれだけ成功しているかが分かるデータだ。

リーグ全体の売上高1位はプレミアリーグの約2415億円だが、ブンデスリーガはその差約400億円とシーズンを重ねるごとに迫っている。一見すると派手なリーグに思えるスペインは3位で約1396億円、実情は火の車のイタリアが4位で約1218億円、フランスが5位で約1018億円と続いているが、ドイツと3位以下の差は広がる一方だ。

しかも、1位のイングランドも安泰ではない。この国のクラブの多くは気ままな外国人オーナーによって経営されているが、彼らはカネの臭いと己の名誉欲に幻想を抱くだけの極めて不健全な連中だ。チェルシーを所有する怪しげなロシアの石油王しかり、マンチェスタ・シティーを買い取ったアラブの皇太子しかり。金銭感覚とは無縁な彼らは、チェルシーが約105億円の赤字を計上しようが、シティで約210億円も大損しようが、痛くもかゆくもない。そしてひとたびサッカーに関心を持たなくなり、ある日突然「辞めた」と手を引いてしまえば、クラブは一瞬のうちに破産し、表舞台から姿を消すことになる。イングランドにはそれほどのリスクを抱えたクラブが数多くあるのだ。彼らが“わが世の春”を謳歌した時代はとっくに終わりを告げている。それを分かっていながら気がつかないふりをしているだけでは、長期的な成長など見込めるわけがない。

UEFAのミシェル・プラティニ会長は、今シーズンから「ファイナンシャル・フェアプレー」の導入を実施している。これはクラブの経営を健全化させるための制度で、簡単に言えば「収入を上回る支出をしてはいけない」。すなわち、身の丈に合った経営を求めるものだ。規定に違反すればCLやELへの出場権が剥奪され、クラブ経営を根本から揺るがす事態に発展する。現在、イングランド、スペイン、イタリアにおいて、ファイナンシャル・フェアプレーのルールをクリアしているクラブは1つもない。逆にドイツでは、多くのクラブが既に条件を満たしている。中でもバイエルンは欧州で最も健全な経営をしているクラブとして知られており、他のクラブのお手本にもなっている。

心身ともに健全な状態を保っているブンデスリーガには、前途洋々の未来が待ち構えているだろう。各クラブの経営陣が現在の姿勢を貫く限り、この繁栄はまだまだ続くはずだ。スタジアムはいつまでも“夢の劇場”であり続けなければならない。

経営陣、選手、ファンの誰もが満足する環境を維持すること、それがドイツサッカー界の永遠の発展につながるのだ。

 

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