「イングランド伝統の守備が消えつつある」
そう語るのはアーセナルのアルセーヌ・ヴェンゲル監督だ。ヴェンゲル監督は会見で、イングランドが古くから伝統としてきた力強く体を張った守備について言及し、それを受け継ぐ最後のDFとしてチェルシーで主将を務める元イングランド代表DFジョン・テリーを挙げた。
ヴェンゲル監督は現代サッカー界における最近のイングランド人選手の守備について、ピッチの改良や若手育成組織の練習法が技術を優先させる理論に変わってきたことで、イングランド人特有の泥臭く果敢な守備が消え薄れていると話す。
「今の若手選手たちは質の高いピッチで洗練された練習をしているが、昔は泥だらけになっていたし、練習中に身を投げ出してタックルを仕掛けることも可能だった。昔のDFはそうやって自然に技術を習得していた」
「今はピッチも改良されたことで、接触プレーが減り、より立って守備をすることが多くなった。試合もより技術的になったし、昔よりも技術の高い選手たちが増えた。サッカー界全体、指導者側が強引さを求めなくなったのかもしれない」
「指導体制は、プレーに対する強烈な貪欲さを選手に求めなくなり、より技術的に高いものを求めるようになった。おそらくそれが質の高いDFの減少に繋がっているのだろう」
一方、イングランドにおける伝統の守備を受け継ぐ最後の選手としてテリーに話が及ぶと、「テリーはピッチ上のコーチだ。彼は(元イングランド代表DF)トニー・アダムスのような選手であり、基本的に自分の多大な経験と読みの鋭い試合勘を活かし、チームを後ろからまとめている。現代サッカー界に彼のような選手は少なくなってしまったし、今よりも昔の方が多かった」と語った。
さらにヴェンゲル監督は、国際化した現代サッカー界を国内選手で固めていた数十年前のチームと比較し、多国籍で形成する4バックはイングランド人で固めるよりも困難であることを指摘する。
「確かに、昔の方がリーダー的存在のDFが多かった。イングランドサッカー界に革命が起こっていた私のアーセナル就任当初(1996年)を振り返ると、4バックはイングランド人で固められていたし、彼らは同じ文化を共有し、同じ視点で試合を観ていた。彼らは共に指導を受けていたし、意思の疎通は重要な要素だった」
「クラブ内で国際化が進むと、4バックの意思の疎通は以前よりも薄れ、指示を出す選手が減った。今のチームにリーダーがいなくなった訳ではないが、彼らは必ずしも同じ言語を話さないし、状況によっては異なる反応を見せたりもする。そうした部分が今のアーセナルから薄れつつある」
ヴェンゲル監督体制下におけるシーズン最少失点記録は無冠でリーグ2位となった1998-99シーズンの17失点だが、同監督は「最強の守備陣の一つ」として、26失点を記録しながらもシーズン無敗優勝を達成した2003-04シーズンの4バックを挙げた。
「我々は無敵のチームを有した際、ローレン、コロ・トゥーレ、ソル・キャンベル、アシュリー・コールで一流の4バックを形成していた。あの4バックを再現できなかったことには後悔しているが、今のチームは当時に近づいている。語るべきなのは守備だけではないし、今は当時よりも攻撃的選手が中盤にいる。チーム全体での守備が求められるが、我々は当時よりも攻撃的選手の多いチームになっている」
プレミアリーグでは近年、国外選手の流入が原因でイングランド人選手が育たなくなった事が懸念されている。ヴェンゲル監督が警鐘を鳴らすのはそうした背景も含まれるが、イングランド代表が前述のアダムス主将の下、自国開催のユーロ1996で4強入りして以来、「黄金世代」と称されたメンバーで臨んだ2002年日韓ワールドカップ、ポルトガルでのユーロ2004、06年ドイツW杯では総じて8強止まりとなり、同世代を最後に衰退の一途を辿っている。
「黄金世代」当時のセンターバックにはテリーやキャンベルの他に、リオ・ファーディナンド(当時マンチェスター・U)、ジェイミー・キャラガー(当時リヴァプール)、レドリー・キング(当時トッテナム)といった各クラブで守備を統率する選手らがベンチを温めていただけに、現在の衰退ぶりは著しい。
ヴェンゲル監督は伝統を継承しうる選手として、2012年からチェルシーに在籍し、テリーとパートナーを組んでいる現イングランド代表DFガリー・ケイヒルを挙げたが、「彼がテリーと同じレベルに達するにはおそらくチェルシーで5年~7年はプレーしなければならないだろう」と、現在29歳のケイヒルに磨きがかかるのは、キャリア終盤に差し掛かる31歳以降であると評した。