2014.05.13

C大阪時代の香川真司は、どれぐらいの存在だったのですか?

答え
平成生まれでは初めての日本代表に。
エースナンバーでJ1昇格にも貢献

香川真司
写真●Getty Images

セレッソ大阪時代はプロ3年目の2008年に平成生まれとしては初めて日本代表に招集され、同年5月のコートジボワール戦で代表デビューを果たしている。C大阪の午前練習を終え、寮で昼寝をしていた時に寮長からA代表入りの朗報を聞かされたという。当時はJ2が舞台だったが、北京オリンピックを目指すU-23日本代表でのプレーが岡田武史監督の目にとまったようだ。

翌09年には、かつて“ミスターセレッソ”と呼ばれた森島寛晃が背負ったエースナンバーの8番を継承。自身初となるハットトリックを決めるなど、まさにエースの名にふさわしい活躍を見せた。最終的には44試合に出場し27ゴールを記録。J2得点王に輝く働きで、J1昇格に大きく貢献している。

ちなみに、C大阪での香川は背番号29でプロのキャリアをスタートさせ、2、3年目は26をつけていた。