2014.05.09

<インタビュー>宮市剛(湘南)「ポジション争いの中で日々いい刺激を受けている」

高校を卒業したばかりの18歳にして、すでに全国区の大型ルーキー。世間の耳目を集めているのは、偉大な兄を持つからだけではない。長身を生かしたポストプレーと、ハンターを思わせるゴール奪取。湘南ベルマーレの、そして日本の将来を背負って立つ逸材がここに。

インタビュー=安田勇斗 写真=兼子 愼一郎

――高校3年生だった昨年夏にJFA・Jリーグ特別指定選手として湘南ベルマーレの一員となりました。どのような経緯で加入が決まったのでしょうか?

宮市 剛 去年の4月に初めて練習に参加させていただきました。その時にチームの雰囲気の良さや、みんなが真面目でやりやすさも感じられて、ここなら僕自身も成長できるかなと思えたので加入を決めました。

――当時は他のクラブも獲得を狙っていたという話がありました。

宮市 剛 そうみたいですね。ただ5月に足のじん帯を痛めてしまって、それから2カ月ぐらい練習ができなかったんです。それでもベルマーレのスタッフの方々は声を掛けてくださったりいろいろサポートしてくれて、他のクラブではなくここに行きたいと強く思うようになりました。

――チームには、すぐになじむことができましたか?

宮市 剛 はい。若い選手が多いのですごく溶け込みやすかったですね。特に1つ上の中川(寛斗)君と、福島ユナイテッドに期限付き移籍している田村(翔太)君は、世代別の日本代表で一緒にプレーしていたのもあってよく声を掛けてくれました。

――今シーズン正式加入して事実上2年目のシーズンとなりますが、まだ出場機会を得られていません。現状をどう捉えていますか?

宮市 剛 もちろん試合には出たいと思いますけど、ポジション争いの中で日々いい刺激を受けています。ベルマーレの前線にはお手本になる選手がたくさんいます。開幕3連勝(3月19日に取材)を飾れたのもそういう選手がそろっているからで、その中でプレーできているのは確実にプラスになると思います。例えば大槻(周平)君はすごい努力家で特に動き出しの部分を勉強させてもらっていますし、ウェリントンはボールを収める能力が高くてポストプレーの技術はとても参考になります。

――そうした実力者たちを抑えて試合に出場するためには、どんな部分を伸ばす必要があると感じていますか?

宮市 剛 まずは得点感覚を磨くこと。FWなのでどんどん仕掛けて得点を取る、ということを意識しています。技術的な部分ではファーストタッチの精度を上げたいです。シュートに持ち込めるかどうかはファーストタッチのコントロールですべて決まってくるので、その質を高めていきたいと思っています。

――逆にアピールしたい部分は?

宮市 剛 まだ足りないですけど、ゴール前に積極的に入っていくところはプロでも通用していると思います。具体的には味方がクロスを上げる時のマークを外す動きや、相手DFと競り合う時の勢い。高校サッカーで身に付けた泥臭さも持ち味の一つだと思っています。

――「高校サッカー」と言えば、宮市選手は名古屋グランパスU-15からそのまま昇格せずに、中京大学附属中京高校のサッカー部へと進みました。どういった理由から高校サッカーでのプレーを選択したのでしょうか?

宮市 剛 単純に将来を考える上で高校の方がいいのかなと思って選びました。

――「将来」とはプロを目指す意味で?

宮市 剛 プロもそうですけど、大学進学やサッカー以外のことも含めてですね。とにかく将来の選択肢を広げるために高校に行くことを決めました。

――クラブのサッカーと高校サッカーの両方を経験してどんな違いを感じましたか?

宮市 剛 僕の世代のグランパスU-15は、2010年の高円宮杯(全日本ユースサッカー選手権大会)でも優勝しましたし、自分で言うのも何ですけどすごくレベルが高かったんです。下手な選手は誰もいなくて、その環境下でテクニックを磨くことができました。中京大中京はうまさという点ではグランパスに劣っていたと思います。ですが、泥臭さでは勝っていたと思いますね。岡山(哲也)監督の下でメンタルの部分はすごく鍛えられました。個人的なことで言えば、結果的にグランパスで技術を、中京大中京でメンタルを、その両方を磨くことができて良かったです。

――高校3年間はどんな毎日を過ごしていたのでしょうか?

宮市 剛  サッカー漬けでした(苦笑)。全然遊ぶ時間もなかったので、振り返ってみると本当にサッカー漬けだったなと思いますね。

――起床から就寝までの毎日の生活の流れは?

宮市 剛 朝6時に起きて6時半に家を出て、自転車で40分掛けて学校に行っていました。帰りは下り坂が多くて楽なんですけど、行きは上り坂ばっかりで本当に地獄でした(笑)。7時半に朝練が始まって終わるのが8時20分ぐらい。その後授業を受けて16時半から19時ぐらいまで練習。冬場は練習後に体幹トレーニングをすることもありました。それで21時か21時半に帰宅してご飯を食べて、23時には寝ていました。平日はほぼ毎日、そういう生活でしたね。休日は午前練習があって午後は休みという日もありましたけど、みんなは電車で通っていて僕は自転車だったので、どこかに出掛けたりというのもなかったですし、買い物も興味がなかったのであまりしなかったです。

――練習環境はいかがでしたか?

宮市 剛 グラウンドはサッカーの芝ではなくテニスコートの芝で、スパイクが履けなかったのでトレーニングシューズでプレーしていました。そのグラウンドも狭くて、陸上部と共同で使用していたのですが、一周300メートルぐらいのタータントラックの中の半分しか使えず、しかも照明は一つだけ。19時に照明が消えると真っ暗で何も見えなくなっちゃうんです(苦笑)。愛知県内でも練習環境が良かった方ではなかったと思いますね。

――その3年間を振り返って一番の思い出は?

宮市 剛 1年生の時の選手権(全国高校サッカー選手権大会)ですね。あれがなかったら今の僕はなかったと思います。愛知県予選ではそうでもなかったんですけど、全国大会ではとにかく緊張しました。3試合で3点決めたのですが、その時の場面を全然憶えていないんです(笑)。人生で一番緊張しましたね。特に1回戦では雰囲気に圧倒されました。場所は西が丘(国立西が丘サッカー場)で相手は作陽高校。向こうは応援席に何百人もいて吹奏楽部がいたり……「うわっ」ってなりましたね(笑)。ただ最終的にはこの大会で活躍できて、初めて世代別の日本代表に選ばれましたし、自分にとってはいい思い出です。

――逆に一番キツかったことは?

宮市 剛 夏場に何校か集まって行われる「フェスティバル」はキツかったです。1日3試合ぐらいあるんですけど、失点するとダッシュ5本、負けると10本という罰則があって、多い時は65本ぐらい走りました(苦笑)。そういう「フェスティバル」にはすごく有名な強豪校ばかり参加するので、少なくても50本ぐらいは走っていました。ただチームメートはそのダッシュよりも“走り合宿”の方がキツいって言うかもしれないですね。8月始めの方に毎年実施するんですけど、1年と2年の時はケガで参加できなくて3年の時はインターハイ(全国高等学校総合体育大会サッカー競技)に出場するメンバーは免除されたんですよ。僕は一度も行けなかったですけど(笑)、その合宿も相当キツそうでしたね。

――そうしたハードな日々を、何をモチベーションにして過ごしていたのでしょうか?

宮市 剛 絶対にプロサッカー選手になりたい、という思いと、自分は負けず嫌いなので絶対に負けたくない、という思いですね。そういう気持ちの強さで何とか乗り越えられたと思います。ただ、確かにしんどいと感じたことはありましたけど、僕らの高校よりもっとキツい高校はたくさんあると思いますし、サッカーをやりたくないと思ったことはないですね。それよりも2年生の時に全然点が入らないことがあって、その時期の方がつらかったです。

――スランプ?

宮市 剛 はい。夏場を過ぎてから1つ上の3年生が引退する頃まで調子が良くなくて。それで兄(宮市亮。アーセナル所属)に相談しました。そうしたら「3年生になったら入るようになるよ」と言われて。実際、自分の代になってから得点が決まるようになって調子も戻って来ました。

――高校時代に「絶対にプロサッカー選手になりたい」という気持ちを持っていたとおっしゃっていましたが、いつ頃からプロを意識していたのでしょうか?

宮市 剛 サッカーを始めたのが4、5歳の時で、当時グランパスの試合を見に行ったりしていたので、何となくプロになりたいという気持ちはありました。それを本格的に考えたのはやっぱり高校1年生の時。世代別の日本代表に初めて選ばれた時ですね。

――学生時代に憧れていた選手はいますか?

宮市 剛 すごく憧れていたというわけではないですけど、昔は(ズラタン)イブラヒモヴィッチ(パリ・サンジェルマン)が好きでした。最近は大迫(勇也)選手(1860ミュンヘン)のプレーをお手本にしています。僕は身長があってポストプレーができてタッチが柔らかくて得点も取れる、そういう選手を目指していて、大迫選手は比較的タイプが近いのですごく参考になります。海外では(ロビン)ファン・ペルシー(マンチェスター・ユナイテッド)が好きです。簡単にはたいてゴール前に入っていくところやシュートテクニックは見ていて勉強になりますね。

――ファン・ペルシー選手はシュート力も魅力ですが、FWはシュート力も求められますよね?

宮市 剛 シュート力は僕も自信があります。3年間の“チャリ生活”で太ももの筋肉がすごく発達しました。この前筋力測定をしたんですけど、その数値を見て自分でもビックリしました(笑)。

――ちなみに大迫選手はいつから意識するようになったのでしょうか?

宮市 剛 高校3年生ぐらいですかね。ベルマーレに加入してからもコーチにプレー映像を用意してもらったりして、よくチェックしています。

――宮市選手は先ほどお話にも上がった兄の亮選手とたびたび比較されてきました。ご自身ではそのことをどう捉えていますか?

宮市 剛 高校1年生の時から「宮市亮の弟だ」って言われ出したんですけど、選手権に出場する時もそのおかげで注目してもらって、それがモチベーションになりました。その時はチャンスだと思いましたし、自分にとってはプラスになりましたね。それからも兄を通して注目してもらえるというのはありがたいことですし、そういうプレッシャーにも慣れました。

――かなり仲が良さそうですね。

宮市 剛 そうですね。週1回ぐらいは連絡を取っています。最近はサッカーの話はあまりしないで、私生活のことをよく話しますね。

――男兄弟では比較的珍しく、よく連絡を取る方ですよね?

宮市 剛 って言いますよね(笑)。僕は別に取らなくてもいいんですけど、兄は昔から面倒見が良くて、よく『LINE』(携帯電話のメールアプリ)が来ます。

――では話を戻して、今シーズンの目標を聞かせてください。

宮市 剛 まだ試合に出られていないですけど、絶対にチャンスはあると思っています。曺貴裁(チョウ・キジェ)監督はチャンスを与えてくれる監督ですし、そこで自分がどれだけできるかというのが課題だと思っています。なるべく多くの試合に出て、ゴールなどでチームの勝利に貢献したいです。

――最後にプロを目指す高校生へメッセージをお願いします。

宮市 剛 絶対にプロサッカー選手になりたい、という思いがあるなら、1日1日を大切にして、練習から常に全力で取り組んでほしいですね。僕自身も実際にそうでしたし、そういう姿勢が大事だと思います。

宮市 剛(みやいち・つよし) 1995年6月1日生まれ。中京大中京高1年時の2012年にU-17日本代表に初選出され、以降各年代の日本代表を経験。3年時に特別指定選手として湘南ベルマーレに加入。2014シーズン正式にチームの一員となった。恵まれたフィジカルを生かしたゴール前での競り合いに加え、高さと足元のスキルを生かした的確なポストワークを武器に定位置奪取を目指す。