2014.04.07

43歳で古巣ヴェルディに復帰した永井秀樹「2020年東京オリンピックまでにJ1王者に返り咲く」

J王者としての復活はあくまでも通過点であり、目指すべく最終目標は世界で戦えるクラブ

「自分が入団した1992年、読売クラブ(ヴェルディ)の当時のプレハブのクラブハウスの部屋の壁には“目指せ!! 世界を”というスローガンが 貼られてあった。子供の頃からの憧れのチームであった読売クラブ。ラモスさん、松木さん、ジョージさん、加藤久さん、都並さんら読売クラブのメンバーがサンバのリズムに乗って繰り広げるスペクタクルなサッカーに子供ながらに感動し、緑のユニフォームを着ることが子供の頃の夢であり、目標でした」

1992年、バルセロナオリンピック最終予選に出場し、本大会の出場権を取れなかった悔しさを胸に、帰国後、国士舘大学中退を発表し、読売クラブ (ヴェルディ)と契約。憧れの緑のユニフォームに袖を通した。

「当時の読売クラブ(ヴェルディ)は想像していた通りのハイレベルなチームでラモスさん、カズさんを筆頭に本物のプロ集団でした。日々の練習から 一切の妥協が許されず、毎日が戦い、熾烈な競争であり、週半ばの紅白戦などは、週末の公式戦をも上回る激しさでピッチ上が常に真剣勝負の戦争でした」

飽くなきプレーの質の追求、勝負への拘り。当時の読売クラブの環境、マインドが彼のプロ意識の原点であった。

「読売クラブ(ヴェルディ)でプロサッカー生活をスタートし本物のプロ集団の中で培われたプロ意識が今でも自分にとっての大きな財産である事は間違いありません。だからこそ、その後、ユニフォームの色、環境を変えても自分の中のサッカーに対するブレは一切無かった。またもっというと大好きなサッカーに対する考え方、取り組む姿勢みたいなモノは子供の頃から何一つ変わってないと思います(笑)」

再びヴェルディのユニフォームを着ることができることがとても嬉しい

再びヴェルディのユニフォームを着ることができることがとても嬉しい

――大分明野西小学校で全国ベスト8を皮切りに明野中で日本一、国見高校で日本一、国士舘大学で日本一、読売クラブで初代ナビスコカップ王者、 ヴェルディ川崎でJ王者、福岡ブルックスでJFL(現J2)優勝、清水エスパルスでナビスコカップ王者、横浜フリューゲルスで天皇杯優勝、横浜 F・マリノスでJ王者と、まさに『優勝請負人』ですが、そのあたりの思いは?

永井秀樹 確かに振り返ってみると“優勝”、“日本一”というタイトルには恵まれていると思います。これはやはり素晴らしき指導者に恵まれた事、そして素晴らしきチーム、チームメイトに恵まれた事に尽きると思います。ただ、優勝したから、日本一になったからという事で満足感を得た事は一度 も無い。[だから今までの優勝メダル等は何も手元に無い(笑)]常に“もっと上手くなりたい”、“もっと良いサッカーをしたい”、“また勝ちたい”と自分の中で向上心が失われた事は一度も無かったですし、今も変わらず全く失われてない。現に、ワールドカップで活躍して、ヨーロッパのクラ ブで活躍するという目標は達成出来なかった訳だし、自分の中での達成感、満足感は全くありません。今となってはその目標を達成出来る可能性は 99.9%無いかもですが、0.01%でも可能性がある限りチャレンジしたいと思いますし、今日より明日、少しでもサッカーが上手くなりたいし、 サッカーを学びたいと日々思います。

――数々のタイトルを獲得してきたチームの中でも、やはりヴェルディは特別な存在ですか?

永井秀樹 やはり特別な存在です。子供の頃からの憧れのチームであり、自分の母校のような、家のような、とにかく特別なチームです。J王者時代、 低迷期、残留争い、昇格への戦いと、トータル8シーズンプレーしてきました。良いときも悪いときも経験し、ヴェルディの良いところ、悪いところも 充分知っているつもりです。全てを踏まえた上で一番好きなチームであり最も思い入れのある特別なチーム、それがヴェルディです。

――現在、J2で低迷しているヴェルディですが復活出来ると思いますか?

永井秀樹 ヴェルディは必ず復活出来ると信じていますし、必ずや再建しなければならないチームだと思います。

――具体的な根拠と再建に向けた考え方は?

永井秀樹 まずは、ヴェルディブランドの再構築と、下部組織からトップチームまでのフィロソフィーの再確立と統一だと思います。“ヴェルディらしさの拘り”技術的に優れ、尚且つ勝者のメンタリティを備え、勝利に貪欲な本物のプロ集団こそが本来のヴェルディです。常にボールを保持し、ゲーム の主導権を握り、美しく完璧に相手を翻弄し、観る人に感動を与えるべく楽しいサッカーをして勝つ。一度観に来た人がもう一度観たくなるようなサッ カーを。そして下部組織からトップチームまで“ヴェルディのサッカー”のフィロソフィーを統一し、全カテゴリーにおいて常に“質の追求に拘る”ヴェルディスタイルの確立。カッコ良く、強い、皆が憧れる王者ヴェルディの復活こそがヴェルディブランドの再構築であると考えています。

――2020年までに、J1王者に返り咲くと?

永井秀樹 まずはJ1昇格、そしてJ1王者に返り咲く。チャンピオンとしての復活は通過点であり、あくまでも目標は世界を目指せるクラブです。 ヴェルディブランドを再構築し、チャンピオンチーム、絶対的な王者として夢を与えられるクラブへと蘇る。浦和レッズ、ガンバ大阪がクラブワールド カップで世界の4強に入ったように、決してクラブ世界一への道は夢ではありません。今一度、志を高く、世界が東京に注目する2020年までにJ1 のチャンピオンチームとして復活させることは、東京をホームタウンとする栄光の歴史があるクラブとして絶対的な使命だと思います。

――現在のヴェルディは資金難にも苦しんでいるようですが……。

永井秀樹 資金力のある親会社が存在しない現在のヴェルディにとって資金難の問題は確かに難しい問題であると思います。観客動員の減少、スポン サー収入の減少等々。これらを解決していく為にもヴェルディブランドの再構築は必須だと思いますし、それと同時進行で地道なサッカースクールや地域貢献活動も重要だと思います。一人でも多くのファンの方々を創出し、スタジアムへ足を運んで頂けるような取り組みが必要だと思います。

観客動員が増え、ヴェルディを支援して頂けるスポンサー企業が増えることが資金難解決の糸口にもなります。
皆に愛され、子供達の憧れのチーム、存在となり得るクラブへ、クラブに関わる全ての人達の努力しか道はありません。自分自身、愛するヴェルディ再建の為に微力ながら全力を尽くして取り組みたいと思います。

――43歳で古巣ヴェルディ復帰。改めて意気込み等宜しくお願い致します。

永井秀樹 まずは素直に再びヴェルディのユニフォームを着ることができることをとても嬉しく思います。ヴェルディ羽生社長、三浦監督以下、ヴェルディ関係者全ての方に感謝致します。年齢の事もよく言われますが、技術は錆びない、カズさんは46歳でプレーしていますし(笑)。向上心が失われない限り、成長出来ると信じています。才能ある選手達とプレー出来る事は楽しみですし、若い選手達と共に汗を流せる事は喜びです。

三浦監督とはJ開幕からの戦友でもあり御世話になった大先輩でもあります。とにかくヴェルディの為に、不撓不屈の精神で精一杯頑張りたいと思います。順位こそ現在J2下位におりますがヴェルディのポテンシャルを確信していますし、必ずやヴェルディは復活出来ると信じています。簡単な道程ではないかと思われますが、ヴェルディのユニフォームを着る責任と誇りを胸に頑張ります。