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クーバー・コーチングの創設者に聞く、育成で“第2のメッシ”は生み出せるのか?

2013.10.15

各国のサッカー協会に取り入れられるなど、独自の指導カリキュラムで「世界No.1のサッカー指導方法」の呼び声高いクーバー・コーチング。その共同創設者であるアルフレッド・ガルスティアン氏に、子供たちの育成に関するさまざまな信念、哲学を聞いた。

――まずはクーバー・コーチング立ち上げのきっかけを教えてください。

ガルスティアン クーバー・コーチングがスタートしたのは約30年前、アメリカでウィール・クーバー氏に出会ったのがすべての始まりでした。フェイエノールトなどで監督を務めた後、世界中のユース年代の育成に関わっていた彼のクリニック見て、私は2つのことに感銘を受けました。1つは「7~17歳のユース年代は育成の段階であり、勝利にこだわらない教育をしっかりとすべきだ」という当時は誰も発していなかったメッセージです。そしてもう1つは、子供たち全員に1つずつボールを与えて練習していたこと。当時はチームにボールは1つか2つが普通でしたから、とても衝撃的でした。

それから6カ月後にクーバー氏と再会した私は、彼の哲学に触れるにつれ、その哲学を生かし、スクールを運営したいと思うようになりました。これが「クーバー・コーチングのスタート」として明確にしておきたいところです。一緒に仕事をしていたチャーリー・クック(チェルシーの元選手)に電話をして「ウィールの名前を使ったスクールを展開しないか?」と持ち掛け、クーバー氏に「あなたの名前を使ったサッカービジネスを始めたい」と話しました。そして、彼の指導法の権利を買い取るという形で、1985年、クーバー・コーチングとしての活動を開始したのです。現在は世界34カ国で活動し、毎年20万人の子供たちに指導を行い、9000人の指導者を育成しています。そして、育成、特に技術指導において、各方面から「世界ナンバーワン」と評価されるほどのプログラムになりました。

――クーバー・コーチングの指導法とは具体的にどんなものなのですか?

ガルスティアン 育成には大きく分けて二つのタイプがあります。一つはグラスルーツ、つまり将来的にプロになるのは難しいレベルの子供たち。世界中のどこのサッカー事情を見ても、99.9パーセントはこのグラスルーツが占めていると言えます。そして、もう一つがプロクラブのユースに属するような子供たち。彼らはプロ予備軍としてエリート教育を受けます。8~11歳の時期はまず反復を通して技術を身につける。「どのように行うか」という「HOW」の部分です。次に「WHEN」「WHERE」、つまり「HOW」で身につけた技術を「いつ」「どこで」で使うのかを学んでいく。それが12~16歳までのカテゴリーです。勝利が最優先されるのは17~21歳のカテゴリーからです。

クーバーの指導システムは、やり方次第でグラスルーツ、あるいはエリートのレベルの選手、両方にうまくマッチするフレキシブルなプログラムで、指導内容に大きな違いはありません。ただ、異なるのはコーチの視点です。グラスルーツの場合、一つのグループの技術レベルが一定でないことが多く、コーチには様々なレベルの子をうまくオーガナイズする使命が課せられる。一方、エリートのほうは選手がほぼ同じレベルにあるという状況なのでやり方も変わってきます。

もちろん、どちらの話もできますが、みなさんが育成について最も興味を持っているのは、「どうやったら(リオネル)メッシや(クリスティアーノ)ロナウド、(アンドレス)イニエスタのような選手を育てられるのか」という点だと思います。彼らの能力は天性のものなのか、それとも後天的なものなのか。そういった議論は常にありますし、私自身もコーチのインストラクターとして、スペシャルな選手を育てることができるのかという疑問とずっと向き合ってきました。そして、これまでの経験を通じて導き出した個人的な信念は「両者の混合である」という考え方です。

メッシを例に挙げましょう。彼は少年時代から素晴らしいタレントでしたが、病に苦しんでいた時期がある。そんな彼を救ったのがバルセロナです。バルセロナには素晴らしい教育環境が整っていて、優れた指導者がいて、育成のための優れた哲学を持っている。つまりメッシは決して自分一人で育ったわけではないのです。スペシャルな選手を生み出すにあたって、指導者の存在は一番大きな影響を与えると思っています。もちろん、エリートの指導者というのは、グラスルーツの指導者とは違い、その道の専門家でなくてはいけません。私の信念は、「良い選手を育てたいのなら、優れたコーチを育てる必要がある」ということ。我々の育成システムで「メッシやC・ロナウドと同じような選手を育てられる」と言っているわけではありません。ただ、「スペシャルな選手をより多く輩出する環境を作り出すことはできる」と信じているのです。

――多くのグラスルーツの選手と一握りのエリート。こうしたカテゴリーはどの時点で、どのように振り分けられていくものなのですか?

ガルスティアン みんながそれを聞いてきます(笑)。ヨーロッパを例に挙げるなら、一番若い年齢だと8歳ぐらいでその見極めが行われています。15人ぐらいを集めてチームを作り、レベルについていけない選手を別の選手と入れ替えながら常に15人をキープする。技術的に劣っていれば、すぐにふるい落とされてしまうわけです。ただ、あくまで私の経験ですが、12歳以下で選手の将来を見極めることはほとんど不可能に近い。いわゆる青田買い、英語では「フィッシング」と言いますが、12歳以下の年齢でそれを判断するのは極めて難しい。もっとも、12~16歳であれば50パーセントぐらい、17~21歳なら65パーセントぐらいの確率で見極められる可能性があります。これはあくまで私の経験上の値ですが。


――選手を育てる上では技術面だけでなくメンタルの部分、サッカーに対する考え方や取り組み方なども重要になってくると思います。技術面以外ではどのような指導を意識していますか?

ガルスティアン どこの国においても育成には重要な要素が4つあります。「技術」、「戦術」、「フィジカル」、そして「メンタル」。どの要素も重要ですが、メンタル面に関して言えば、まずはどんな家庭で育ったか、どこの学校に通っていたか、どういう地域で育ったか……子供たちを取り巻く環境が大きく影響することがあります。また、メンタル面の要素の中に「判断力」があります。判断力を向上させる上でコーチにできるのは、良い判断を促すような練習メニューを作ってあげることです。若い年代の指導で起こりがちなのが、「こうしろ!」、「こっちに動け!」とコーチがすべて指示してしまうケース。こういう指導法だと子供たちは考えることをやめてしまう。特に「リスクを伴うプレー」に関してはその傾向にあります。

例えば、一対一の場面での仕掛け。このプレーには「ボールを奪われるかもしれない」という大きなリスクが伴います。メッシは一対一の技術において世界ナンバーワンと言われる存在ですが、昨シーズンのチャンピオンズリーグにおける彼の一対一の成功率は37パーセント。つまり、3分の2はボールを失っているということです。一対一はそれぐらいリスクが高く、多くのコーチはそういう状況を望みません。ただ、ここでコーチたちに伝えたいのは、決して選手を縛りつけないでほしいということ。若い子供たちがどんどんリスクを冒してチャレンジする環境を作ってやるべきです。コーチはなかなか子供たちを自由にプレーさせたがらない。ですから、そういったところでもまた指導者の育成が大事になってきます。

――子供たちを指導する上での「楽しみ」と「苦労」を聞かせてください。

ガルスティアン とにかく、我々の指導を通じて子供たちがサッカーを楽しめていれば、それはこの上ない喜びです。みなさんもサッカーを始めたのは「楽しいから」ですよね? 誰もがそうだと思いますし、メッシに「なぜサッカーを始めたのか?」と聞いても同じ答えが返ってくるはずです。子供たちを教える指導者は、まず「その練習が楽しいものである」ということを心掛けなければいけない。我々は特に「4対4」や「5対5」のミニゲームの時間を大事にしていますし、子供たちはすごく楽しんでいる。私も子供の頃はそうでしたね。一方で、プロを目指す子供たちを見て、心を痛めることもあります。彼らは8歳にしてレアル・マドリードのギアを身につけ、「いつ切られるか分からない状況」で必死に練習している。わずか8歳でそういった気持ちになるのはあまり望ましいとは思いませんし、それがエリートの育成における悲しい部分だと思います。

――これまでヨーロッパの多くのクラブを回り、いろいろな選手の指導に携わってきたと聞いています。現在、ヨーロッパのトップレベルでプレーしている選手の中で、若い頃に出会い、特に印象に残っている選手がいれば教えてください。

ガルスティアン 私の仕事はあくまで指導者の育成なので、直接的に選手を指導したことはほとんどありません。ただ、フルタイムではないですが、バイエルンで15年にわたって指導者を育成してきましたし、プレミアリーグの15チームほどのユース指導者の育成にも関わってきました。ピーター・クラウチはちょっと珍しいタイプでしたからよく覚えていますね(笑)。彼は大きいわりに足元の技術がしっかりしていた。常々「クーバーをやっていてよかった」とも言ってくれているそうです。アルイェン・ロッベンもクーバーのプログラムを経験してきた選手の一人。フランスのクレールフォンテーヌ国立研究所にもクーバーのプログラムが取り入れられています。「私が育てた」と公言できるような選手はいませんが、私が教えたコーチたちが各国の選手を育成しているということです。

――現在、34カ国で活動しているとおっしゃってましたが、クーバー・コーチングを世界各地で展開しようと思った理由を教えてください。

ガルスティアン 30年前にニューヨークで一つのスクールから始めた時は、現在のようなグローバル化は想像していませんでした。ただ、30年という長い年月をかけて評判を得てきたことが今のグローバル化につながった理由の一つだと思います。今はクーバー・コーチングとして16のサッカー協会に直接指導しています。一つのプログラムで30年間やってきたという歴史的な信頼があるのではないでしょうか。

――日本でもクーバー・コーチングを展開されてます。日本のサッカーについての印象は?

ガルスティアン 日本に来た当初はまだJリーグがスタートしたばかりで、サッカーにおける文化のようなものができていない状態でした。子供たちに「どこのクラブが好き?」と聞いても、ブームに乗じていただけで、好きなクラブがなかったり、応援している選手がいないという方も多かったように感じます。ただ、それは我々にとって好都合でした。権威のあるサッカーリーグがなかった日本には、新しい何かを始められる機運があったんです。日本の指導者はとてもオープンマインドで、何かを取り入れることにとても意欲的でした。独自の方法論を持ち、「これが俺たちのやり方だ」と主張する昔ながらのヨーロッパの指導者が相手ではそうはいきません。

20年前は施設面も不十分で、グラウンドが悪く、なかなかボールがまっすぐに転がりませんでした。我々はそういった中で、いち早く人工芝のグラウンドを使って基本技術を教えるということを実践し、今ではスクールの数も115まで増えました。そうした環境の中から技術のしっかりした選手が出てくるようになったことは我々が誇りに思っている点の一つです。そういう意味で、クーバー・コーチングの活動は日本のサッカーに貢献できているのではないかと思っています。

――日本のコーチや子供たちのレベルについてはどのような感想をお持ちですか?

当時は優れたコーチがいるとは言えませんでしたが、日本人は勉強熱心で、今では素晴らしい指導を行っているコーチがたくさんいます。そこはこの20年で飛躍的に変わった点ですね。日本サッカー協会の努力もあったと思います。副会長の田嶋幸三さんを中心に指導者の育成を地道にやってきたことが今の裾野の広がりにつながっている。この右肩上がりの成長は本当に素晴らしい。選手たちについては、まず集中力があり、一生懸命努力する。そして素早い。これらはプラス要素です。一方でマイナス面は、リスクを冒さない点。少しおとなしいというか、行儀が良すぎるという点ですね。日本で一流のストライカーが育たないのもそのせいではないでしょうか。(普通の日本人とは)根本から違うマインドを持った選手でなければストライカーは務まりません。

――サッカーをやっている子供たち、サッカーに興味を持ってこれから始めたいと思っている子供たちにアドバイスをお願いします。

ガルスティアン 一つはサッカーを愛すること。まずはサッカーを心から愛してください。次に、サッカーが難しいスポーツであるということを理解してください。サッカーでは、パスを出す、ボールを受ける、ドリブルを仕掛ける、といったプレーを、相手がボールを奪おうとチャレンジしてくる中で行わなければいけない。「サッカーは難しい競技である」ということを知り、最大限努力してください。そして最後に、「負け」を恐れないこと。サッカーをやっていれば試合に負けることもあるし、負けると本当に悲しい気持ちになる。サッカーをやっている人なら、誰もが負けたくないと思っているはずです。ただ、君たちはまだ成長過程にある。「負ける」ことも学びの一部だと思ってください。試合に負けたからといって、決して世界が終わるわけではないのですから。

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