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【コラム】名将リッピの采配ズバリ! アッズーリが「戦術のW杯」制す/2006年 ドイツW杯

イタリアが4度目の王者に輝いた [写真]=FIFA/FIFA via Getty Images

 総人口は5億に迫り、GDPは全世界のおよそ30%を占める、巨大な「統一国家」になりつつあった。EU(欧州連合)である。国境線は薄れ、ユーロという統一通貨が幅をきかせる時代。2004年5月には、過去最大規模の10カ国がEUに加盟。その拡大路線は、とどまるところを知らなかった。
 
 そんな勢いあるヨーロッパにワールドカップが帰ってくる。2006年夏のことだ。しかも大会のホストはEUのドンとも言うべき超大国のドイツだった。西ドイツ時代の1974年に開催国を務めているが、東西統一後は初の大役。そして、決勝の舞台は32年前のミュンヘンではなく、ドイツ統一を象徴する都市ベルリンとなった。大会の組織委員長は『皇帝』ことフランツ・ベッケンバウアーだ。1974年大会でキャプテンを担い、またリベロとして攻守に絶大な力を発揮し、祖国を優勝へ導いた英雄である。また、決勝で最強オランダを破り「強い者が勝つのではない。勝った者が強いのだ」という名言を残していた。だが、今回は総じて強い者が勝つ大会だったと言っていい。

 もっと言えば『ヨーロッパの、ヨーロッパによる、ヨーロッパのための大会』だった。事実、ヨーロッパ勢がベスト4を独占。それどころか、ベスト8もブラジルとアルゼンチンの南米2カ国以外、ことごとくヨーロッパ勢が食い込んでいる。このうち、伏兵らしい伏兵は初参加のウクライナくらいだ。列強が早々と姿を消していった4年前の日韓大会とは対照的である。その裏には、シーズンの閉幕を前倒しにしたヨーロッパ主要リーグのファインプレーがあった。

「ビッグクラブの選手たちに十分な休養が与えられ、大会レベルの質の向上につながった」

 UEFA(欧州サッカー連盟)のレナート・ヨハンソン会長は誇らしげに語っている。実際、ベスト8に残った国々のメンバーでヨーロッパのクラブに在籍する選手は全体の96%。当代のタレント群を輝かせる環境が整っていた。ヨーロッパ勢の中で進撃の口火を切ったのが、ほかならぬドイツだ。36年ぶりに前回優勝国に代わって、ホスト国が開幕戦に登場。主砲ミロスラフ・クローゼの2得点を含むゴールラッシュで格下のコスタリカに快勝した。監督のユルゲン・クリンスマンは伝統のリベロシステムを捨て、ゾーンの4バックを採用。中盤を仕切る大駒ミヒャエル・バラックがクローゼとルーカス・ポドルスキの2トップを後方から力強く支え、グループステージを3戦全勝で勝ち抜いた。

 他の強国も続々とベスト16に名乗り挙げる中、「早すぎる敗退」を強いられたのがチェコである。初戦でアメリカに快勝したが、前線の大巨人ヤン・コレルをケガで失い、ガーナ、イタリアに連敗。パベル・ネドベドを筆頭に好選手をそろえながら『死のグループ』に沈むことになった。2位には初出場のガーナが食い込んでいる。残りのグループの勝ち抜けは概ね順当。数少ない例外は、クロアチアを蹴落として2位に入ったオーストラリアの健闘だろう。指揮官は4年前に韓国を率いてジャイアントキリングを連発した名将フース・ヒディンクだ。もっとも、指揮官の采配以上に際立ったのは選手たちの不屈のメンタルだった。日本との初戦は3-1の逆転勝ち、クロアチアとの第3戦は二度のビハインドを跳ね返し、2-2のドロー。試合後、ヒディンクは「まるでライオンのように強い心で闘った」と、選手たちへの賛辞を惜しまなかった。ベスト16の内訳はヨーロッパが10、南米が3、北中米カリブ海が1。残る2カ国がアフリカのガーナとオセアニアのオーストラリアである。日本を含むアジア勢は「全滅」だった。なお、日本は1分け2敗。初戦で運よく先制しながら、途中で小野伸二を投入し「ボールをキープして時計の針を進めよう」というジーコ監督の無言のメッセージを読み取れず、最後は受けに回って、痛恨の逆転負けを喫した。

日本代表

日本代表は終盤に崩れ逆転負け [写真]=FIFA/FIFA via Getty Images

 地域格差を印象づけた大会は、さらに強い者だけが勝ち残っていく。決勝トーナメント1回戦では8試合中、4試合が1点差の僅差勝負。勝機を逃さぬ列強のしたたかさが際立った。唯一、伏兵同士が争ったウクライナとスイスの一戦はスコアが動かず、PK戦の末に前者が8強へ。同国史上最高の名手であるアンドリー・シェフチェンコと、その仲間たちが歓喜の輪を作った。一方のスイスは今大会で相手に一度もゴールを与えずに敗退。不運というほかなかった。決め手不足に泣いたのはオランダとスペインだ。前者はポルトガルの曲者マニシェの一発に沈み、後者はフランスに1-3の2点差負け。もっとも、両国には若く才能豊かなタレントがそろい、明るい未来を予感させた。手堅い守備から速攻を狙うチームが幅を効かせる中、小気味のいいパスワークで敵を翻弄する若きスペインの戦いぶりは異彩を放っていた。ただ、先へ進むには相手が悪かったか。何しろ、フランスには今大会限りで引退するジネディーヌ・ジダンがいた。スペインにとどめを刺す3点目を決めた試合後に「今夜は信じられないくらいハングリーだった」と明かしている。

 グループステージでは攻守の歯車がかみ合わず、散々な出来だったフランスが、ついに目を覚ました。その勢いは準々決勝で王者ブラジルをも呑みこんでいく。今大会で注目の的だったロナウジーニョも、前回大会の英雄ロナウドも、蝶のように舞い、蜂のように刺すジダンの独り舞台を、ただ眺めるだけだった。決勝点も、そのジダンのFKから。これを相棒のティエリ・アンリが巧みに合わせ、連覇を狙っていた王国に引導を渡した。同じ南米の大国アルゼンチンも、4強を前に力尽きる。秘蔵っ子にして、チームの頭脳でもあるフアン・ロマン・リケルメを途中でベンチに引っ込めるホセ・ペケルマン監督の采配が裏目に出て、最後はPK戦の末に敗れ去った。なお、過去4回あったPK戦をことごとく制してきたドイツの不敗神話は今大会でも崩れていない。また、イングランド対ポルトガルもPK戦となり、後者に凱歌が上がった。残る1試合は、海千山千のイタリアがウクライナに快勝。90分でケリをつけ、万全のコンディションで準決勝に臨むアドバンテージを得ていた。

 確かに、ファイナルへ勝ち上がったのは準々決勝を90分で終えていた、イタリアとフランスだ。7月4日にイタリアが延長にもつれ込むドイツとの消耗性を制すと、翌5日にはフランスがジダンのPKでポルトガルをねじ伏せる。どちらも順当な結果と言って良かった。3位決定戦はドイツが3-1と快勝。ホストの面目を保っている。なお、今大会で5ゴールを集めたクローゼが得点王を獲得。2大会連続の5得点以上は1978年アルゼンチン大会のテオフィロ・クビジャス(ペルー)以来のことだ。

 そして、ファイナルである。鬼神と化したジダンを擁するフランスが有利に見えたが、一進一退の攻防が続き、1-1から延長戦へ。そこで思わぬ筋書きが待っていた。後半、ジダンがマルコ・マテラッツィに頭突きを浴びせて、一発退場。生ける伝説の、あっけない「最後」だった。これでフランスはツキに見放され、イタリアに天運が転がり込む。1994年アメリカ大会から3大会連続で涙をのんできた鬼門のPK戦を制し、ヨーロッパ勢では最多となる史上4回目の優勝を果たした。

ジネディーヌ・ジダン

まさかの形でジダンの現役生活が終了した [写真]=FIFA/FIFA via Getty Images

 今大会のイタリアはキャプテンを担った鉄壁の狩人ファビオ・カンナバーロ、守護神ジャンルイジ・ブッフォン、司令塔のアンドレア・ピルロなど要所に実力者をそろえていたが、絶対エースも、強力な決め手も持っていなかった。歴代でもユニークな王者と言っていい。栄冠へ導いた最大の功労者はむしろ、ベンチにいた。機に臨み、変に応ずる手腕に卓越した名将マルチェロ・リッピだ。手駒を自在に操り、複数のシステムと多彩な戦術で違いを生み出した。

「ベンチの采配が絶大な影響力を持っていた。まさに監督のワールドカップだ。あるいは戦術のワールドカップと言い換えてもいい」

 かつて『将軍』と呼ばれたフランスの伝説ミシェル・プラティニの言葉だ。まさに言い得て妙。時代の最先端を突っ走るヨーロッパの大会を総括するにふさわしかった。

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