2018.05.14

夢舞台の裏で涙を呑んだ悲運の主人公…ケガでW杯出場を絶たれた7人のスターたち

母国の代表が栄光の舞台に立つ裏で、涙を呑んだ選手たちがいる [写真]=Getty Images
「フットボール」と「メディア」ふたつの要素を併せ持つプロフェッショナル集団を目指し集まったグループ。

 ブラジルサッカー連盟は11日、パリ・サンジェルマンに所属するブラジル代表DFダニエウ・アウヴェスが6月に行われる2018 FIFAワールドカップ ロシアを欠場すると発表した。D・アウヴェスは今月8日に行なわれたクープ・ドゥ・フランス(フランス杯)決勝で右ひざを負傷。右ひざ前十字靭帯損傷と診断され、自身3度目となるワールドカップ出場を断念せざるを得なくなった。

 そこで今回は、ケガによってW杯出場の夢を絶たれた7名のスター選手を紹介する。

写真=ゲッティイメージズ

■ラダメル・ファルカオ(コロンビア代表FW)

2014年1月に行われたクープ・ドゥ・フランス(フランス杯)で、左ひざ十字じん帯を損傷。2014 FIFAワールドカップ ブラジルの開幕までに回復が間に合わず、欠場を余儀なくされた。南米予選では、ウルグアイ代表FWルイス・スアレス(11ゴール)やアルゼンチン代表FWリオネル・メッシ(10ゴール)に次ぐ9ゴールを記録。絶対的エースとして本大会での活躍が期待されていただけに、欠場確定のニュースは世界中で大きく報じられた。

■マルコ・ロイス(ドイツ代表FW)

2014 FIFAワールドカップ ブラジルに向けた23名のメンバーに招集されたものの、開幕前最後に行われたアルメニア代表との国際親善試合で左足首を負傷。左足首のじん帯部分断裂と診断され、25歳にして初となるワールドカップ出場の夢を絶たれた。さらにユーロ2016でも、そけい部の負傷によりメンバーから落選。近年のドイツサッカー界で2度も“悲劇の主人公”となってきた。

■ミヒャエル・バラック(元ドイツ代表MF)

チェルシーに在籍していた2010年5月、FAカップ決勝でポーツマスと対戦すると、激しいタックルを受けて右足首を負傷。精密検査の結果、右足首のじん帯部分断裂で全治8週間と診断され、2010 FIFAワールドカップ 南アフリカの欠場が決まった。当時33歳だったバラックは、ドイツ代表のキャプテンも務めていたが、2002年、2006年大会に続く自身3度目のワールドカップ出場は叶わなかった。なお、バラックにタックルしたのは、ガーナ代表FWケヴィン・プリンス・ボアテング。皮肉にも、南アフリカ大会でドイツ代表と同グループに入っていたライバル国の選手だった。

■デイヴィット・ベッカム(元イングランド代表MF)

2010年3月、当時所属していたミランの試合で左アキレス腱を断裂。2010 FIFAワールドカップ 南アフリカの欠場を余儀なくされた。2002年日韓大会では開幕1カ月前に左足甲を骨折しながらも、驚異的な回復を遂げて本大会に出場。だが、“2度目の奇跡”は起こらず、イングランドの選手として初のワールドカップ4大会連続出場は幻となった。

■サンティアゴ・カニサレス(元スペイン代表GK)

2002年日韓ワールドカップでスペイン代表の正GKとして活躍が期待されていたが、大きな不運に見舞われる。スペインでの事前合宿中、アフターシェーブローションの瓶の破片で右足アキレス腱を負傷。本大会でのプレーは叶わなかった。代わって出場機会を得たのは、イケル・カシージャス。当時まだ21歳と非常に若かったが、大会期間中に好パフォーマンスを見せて、その後のレギュラーの座を確立させた。まさに“ケガの功名”で世代交代が実現したケースになる。

■ロマーリオ(元ブラジル代表FW)

1998 FIFAワールドカップ フランスで優勝候補に挙げられていたブラジル代表には、「サッカー史上最強」との呼び声が高い2トップが君臨していた。ロナウドとロマーリオによる、“Ro-Roコンビ”である。1997年の1年間に、2人は代表で34ゴールを記録。本大会でも爆発が期待されていたが、ロマーリオが大会直前に負傷し、土壇場でメンバーから外れた。ダブルエースのうち片方が欠けたセレソンは、それでも決勝まで勝ち進む。だが、フランスとの決勝戦はロナウドの不調が響き、0-3と完敗。2連覇を逃した。敗因の1つにロマーリオの不在を挙げる専門家も少なくなかった。

■マルコ・ファン・バステン(元オランダ代表FW)

オランダとイタリアで通算6度の得点王に輝いたほか、『バロンドール』を3度にわたって受賞。ユーロ1988では優勝と得点王の“ダブル”を達成した名ストライカーだが、なぜかワールドカップには縁がなかった。1990年のイタリア大会でワールドカップデビューを果たしたものの、4試合に出場して無得点。1993年以降は慢性的な足首のケガが悪化し、29歳で迎えた1994 FIFAワールドカップ アメリカはメンバー外となった。ただし、2004年にオランダ代表監督に就任すると、2年後のドイツ・ワールドカップでは母国をベスト16に導いた。

(記事/Footmedia)

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