2019.09.18

【コラム】後継者は現れるか…? ミランの黄金期を築いたマルディーニやバレージらレジェンドたち

マルディーニ
ミラン一筋のキャリアを歩んだレジェンド、マルディーニ [写真]=Getty Images
サッカーライター。雑誌や書籍の編集、企画&構成などに携わる。

 “Jリーグ開幕以前”からのオールドサッカーファンにとって、イタリアのACミランは特別なクラブだ。


 プロリーグが存在しなかった当時の日本で、欧州や南米にある“世界のサッカー”を肌で感じることは簡単じゃなかった。世界一の国を決定する4年に一度の大舞台は徐々に生中継の文化が確立されていったものの、各国リーグ戦やUEFAチャンピオンズカップ(現チャンピオンズリーグ)をリアルタイムで見ることはできなかった。情報を得る手段は新聞や雑誌に限られていたから、その存在をリアルに感じることさえ難しかった。

 ところが1980年、それまで欧州代表クラブと南米代表クラブのホーム&アウェイ方式で行われていたインターコンチネンタルカップが中立地でのワンマッチとして日本で行われるようになると、年に一度、まだ圧倒的にマイナーな存在でしかなかった日本のサッカーファンはその年の“世界一クラブ決定戦”を生観戦する機会に恵まれるようになる。

 冬の1日。実業団リーグ「日本サッカーリーグ」では客もまばらだった国立競技場が、その日だけはいつも満員に膨れ上がった。1989年から1994年にかけて、つまり日本国内でもJリーグ開幕に向けた機運の高まりと開幕直後の興奮がピークに達したその6年間において、ミランは実に4度も欧州代表として日本にやって来た。赤と黒の縦縞のユニフォームは、そうして日本のファンにとっても特別な一着となった。

 この時代のミランは“世界最先端”のクラブだった。イタリア人監督アリゴ・サッキの下で新戦術「ゾーンプレス」を打ち出し、圧倒的な個の能力こそが決定打だった時代に11人が連動する組織的なスタイルを正攻法とした。イタリア・セリエAは当時の世界トップレベルにあり、ミランはその王者であったからタレントも豪華だった。中でもルート・フリット、マルコ・ファン・バステン、フランク・ライカールトの“オランダトリオ”は、その圧倒的な存在感で世界的な人気を博した。

 もちろん、主役を張ったのは彼らだけではない。

 ゾーンプレスにおいて最も重要な役割を担ったのは、激しく上下動する最終ラインを的確にコントロールし、そのクレバーさに加えて抜群の身体能力と戦術眼を兼備したフランコ・バレージだ。ミランのアカデミーで育った彼は、トップ昇格2年目からレギュラーに定着。1986年、新監督にサッキが就任すると抜きん出たセンスで頭角を現し、1991-92シーズンからのセリエA3連覇と93-94シーズンのチャンピオンズリーグ制覇、さらにイタリア代表としては1990年大会の3位と1994年大会の準優勝にチームの象徴的存在として貢献した。

バレージ

ミランとイタリア代表の象徴的存在として活躍したバレージ [写真]=Getty Images

 そのバレージの隣にいて一時代を築き、バレージ引退後は“顔”としての立場を引き継いだのがパオロ・マルディーニだった。

 かつてのイタリア代表選手であるチェーザレを父に持つマルディーニは、10代半ばにして将来を嘱望される存在だった。ポジションは左サイドバック。1986年にわずか16歳でセリエAデビューを飾り、その後25年間、ミラン一筋のサッカー人生を歩んだ。バレージと同様、複雑な戦術を体現するクレバーさと抜群のフィジカル能力、さらに勝負に徹する強いメンタリティーを兼備した“史上最高の左サイドバック”だった。今シーズンからは強化部門の責任者であるテクニカルディレクターに就任し、クラブ再建の大役を最前線で担っている。

マルディーニ

[写真]=Getty Images

 ズヴォニミール・ボバンとダニエレ・マッサーロを覚えている人も少なくないだろう。

 旧ユーゴスラビアの超新星として1991年に加入したボバンは、1993-94シーズンのリーグ優勝とチャンピオンズリーグ優勝の2冠に貢献した。創造性溢れるプレーでファンを魅了し、1998年からは背番号10を託された。現役引退後は舌鋒鋭い解説者として活躍し、2016年からはFIFAの副事務局長も務めたが、今シーズンからはマルディーニの要請に応じてミランのチーフフットボールオフィサーに就任した。

ボバン

10番を背負い中心選手として活躍したボバン [写真]=Bongarts/Getty Images

 他の選手と比較すれば決して派手なタイプではなかったが、マッサーロもまた黄金期を演出した名プレーヤーのひとりだ。

 ミラン在籍は8年間。途中出場も多かったが、たびたび重要なゴールを決め、その特別な勝負強さでファンから愛された。ハイライトはファン・バステンがケガによって長期離脱を強いられていた1993-94シーズン。定位置を掴んだマッサーロはビッグゲームでことごとくゴールを決め、リーグ優勝とチャンピオンズリーグ優勝の2冠に大きく貢献した。ミランを退団後は清水エスパルスでプレーしたことから、日本にも彼の名を知るファンは多い。

マッサーロ

ミランで8年間プレーしたマッサーロ [写真]=Getty Images

 バレージ、マルディーニ、ボバン、マッサーロ。彼らがいた1980年代後半から1990年代前半にかけて、ミランは他のクラブをまったく寄せ付けないほどの黄金期を築き上げた。その後、一度は低迷したものの2000年代に入るとカルロ・アンチェロッティ監督の下で再び力を取り戻し、2002-03シーズンにはチャンピオンズリーグ制覇、翌2003-04シーズンにはセリエA制覇、さらに2006-07シーズンにもチャンピオンズリーグを制覇し、完全なる復権を遂げたかに見えた。

 しかし2010年代に入ると2010-11シーズンのリーグ制覇を最後にタイトルから遠ざかり、国内リーグで苦戦を強いられる時間が続いている。マルディーニやボバンがクラブに戻ってきたのは、その状況を打破するためだ。イタリアサッカー界にとってミランは、やはり強い存在でなければならない。

 少しずつだが、タレントも揃い始めている。

 GKジャンルイジ・ドンナルンマはイタリアの未来を担うGKと誰もが認める存在であり、キャプテンのDFアレッシオ・ロマニョーリはバレージやマルディーニのように長くミランと代表で活躍する守備の名手となるだろう。ケガに悩まされているが、右サイドバックのアンドレア・コンティやセンターバックのマッティア・カルダラも世代屈指のタレントだ。やはり伝統的に、このチームの守備陣には優秀なイタリア人選手が集結する。

ドンナルンマ ロマニョーリ

今後のミランをけん引していく存在として期待がかかるドンナルンマ(左)とロマニョーリ(右)

 今シーズンから指揮を執るマルコ・ジャンパオロは、イタリア人指揮官の中でも屈指の戦術家だ。マルディーニやボバンとは1歳差の52歳。クラブの黄金時代を熟知しているからこそ、監督として期するものは大きいに違いない。チームはまだ成長過程にあるが、ジャンパオロの手によって、ドンナルンマやロマニョーリ、コンティやカルダラがバレージやマルディーニのような存在感を身にまとうようになれば、その時は、ミランが再びセリエAをけん引する存在となっているに違いない。

文=細江克弥

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