2018.06.22

【コラム】大物たちに動きはあるか…移籍市場で最注目はこの男? 孤高の代理人ミノ・ライオラ

ミノ・ライオラ
多くの有名選手の代理人を務めるライオラ氏 [写真]=AMA/Corbis via Getty Images
イタリア・ジャーナリスト協会会員。ミラノ在住。

 2018 FIFAワールドカップ ロシアの真っ只中、これから一年で最も忙しい時期を迎えるサッカー関係者がいる。そう、選手の代理人たちだ。今回は数多くいる代理人たちの中でもベスト3に入るであろうミノ・ライオラ氏を紹介したい。

 彼が担当しているプレーヤーを挙げると、トップチームが作れるほどだ。その名前が広く知れ渡ったのは、2012年にユヴェントスのポール・ポグバを移籍金1億500万ユーロ(約119億円)でマンチェスター・Uに移籍させた時。2009年にはズラタン・イブラヒモビッチをインテルからバルセロナに9000万ユーロ(約121億5000万円)で移籍させた。マリオ・バロテッリ、ロメル・ルカク、ジャンルイジ・ドンナルンマ、そして最近では元オランダ代表FWパトリック・クライファートの息子ジャスティンをアヤックスからローマへ移らせた。

 サッカー界には真の親しい人物はいないという。信頼しているのは弁護士のヴィットリオ・リーゴ氏と従兄弟のエンツォ氏だけ。このエンツォ氏には昨夏、恋人とスペインの島でバカンスを楽しんでいたドンナルンマに同行させて“見張り役”をさせたのだった。あまりにも過剰なやり方だったが、選手のためならと素早い行動に出ることもある。2010年のイブラヒモビッチの時もそうだった。バルセロナでジョゼップ・グアルディオラ監督と口論したイブラヒモビッチをミランへ移籍させた。

 1967年11月4日にイタリアで生まれたライオラ氏の本名はカルミネ。生まれて1年も経たないうちに、自動車整備士だった父と家族でオランダのハーレムに移住し、一家はピッツェリア(ピザ屋)を始めた。しかし、実際にピッツァを焼いたことはないという。選手としてのキャリアは18歳で終わった。その後、アヤックスの下部組織でスカウトとしてのキャリアをスタートさせ、やがて独立。1992年にアヤックスに所属していたブライアン・ロイをズデネク・ゼーマンが監督を務めていたフォッジャへ、翌1993年にはデニス・ベルカンプをインテルへ送るなどイタリアとの縁もできた。また1996年はパベル・ネドベドがラツィオに加入した。

 代理人によく見られるスーツ姿ではなく、ポロシャツにジーンズといったラフな格好が多い。オランダ語、フランス語、英語、スペイン語、ドイツ語を話す。イタリア語はまぁまぁだという。生活の拠点はモンテカルロで妻と2人の子供がいる。今後の焦点の一つは、ドンナルンマの移籍問題だろう。本人はミラン残留を強く望んでいるものの、イタリア以外のクラブが興味を示している。ライオラ氏がどういった手腕を発揮するのかが見ものだ。

文=赤星敬子

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