2015.11.15

ポジションも環境もお構いなし…武藤嘉紀がドイツで得た強さと多様性とは

武藤嘉紀
14日にプノンペン市内でトレーニングを行った武藤嘉紀 [写真]=兼子愼一郎
Jクラブや日本代表を中心に取材活動中

 ちょうど1年前、同じシンガポールのピッチを踏んだ時、彼は今の自分を想像できただろうか。

 2014年10月。日本代表はシンガポールのナショナルスタジアムでブラジル代表と対戦した。ネイマール(バルセロナ)にハットトリックを許すなど、散々な結果となってしまったことはまだ記憶に新しい。

 この試合に武藤嘉紀(マインツ)は後半途中から出場していた。ハビエル・アギーレ前監督から招集を受けて初めて日の丸を背負うことになった彼は、ブラジル戦の前月に代表2試合目で鮮烈なゴールまで決めてみせた。当時在籍していたFC東京での活躍度合いも日に日に増し、甘いルックスや慶應義塾大在学中(当時)という要素も相まって、世間の注目が高まり始めていた頃のことだ。

 ブラジル戦に登場した武藤のポジションは、3トップの左サイドだった。武藤は初めて対峙する世界レベルの相手に、果敢な仕掛けを見せていく。まずサイドでの一対一の場面で、得意の縦への突破から好クロスを上げてみせた。それまで個々の局面で日本の選手たちが勝てる場面はほとんどなかったため、この若きアタッカーの突破にはスタジアム中が湧いた。さらに試合終了間際には相手ゴールを強襲。浮き球の競り合いではブラジルDFとの体のぶつかり合いで先手を取り、そのままフィジカルの強さを利用して前に反転して相手を置き去りにした。最後の左足シュートはゴールネットを揺らすことはできなかったが、ここでも個の対決を制してみせた。試合後、「まだまだ自分が思いどおりにできなかったプレーがたくさんあった。この差をどう埋めていくか。それを考えながらこれからやっていかないといけない」と殊勝に語っていたが、武藤が世界レベルで揉まれれば間違いなく大きな飛躍を遂げられる――。そんな予兆をしっかり感じさせるプレーの数々だった。

 あれから1年が経った。

 武藤はブンデスリーガで香川真司(ドルトムント)も岡崎慎司(現レスター)も成し遂げていないハットトリックを達成するなど、今やドイツの地で毎試合出色のパフォーマンスを見せている。ポジションは1トップ。FC東京時代にプレーしていた2トップ経験を生かしながら、彼は新たなトライの中で結果を出している。

 12日に行われた2018ロシアワールドカップ アジア2次予選のシンガポール戦。武藤は1トップのポジションを岡崎、金崎夢生(鹿島アントラーズ)と争うかに思われたが、フタを開けてみれば、ヴァイッド・ハリルホジッチ監督は左サイドのFWに起用した。奇しくも前年のブラジル戦と同じポジションである。

 久々のサイドアタッカー。武藤がそこで見せたプレーの数々は、興味深いモノとなった。

 まずチームが後方からポゼッションを始めると、この試合の作戦でもあるサイドの幅を使ったボール回しをするために武藤も左サイドのタッチライン付近に位置取った。これまでは足下やスペースで受けて、そのまま縦に抜けていこうとすることが多かったが、今の彼はそれ以外にも違った表情のプレーを見せていく。

 個人での突破ができないと見るや、簡単に周囲にパスを出して、自身は中央よりに動き直す。そこで再度パスを受けると、そこから逆サイドの本田圭佑(ミラン)へのクロスや周囲とのコンビネーションで崩す選択を多用していった。

 注目すべきは、自分が最後に入っていく位置がよりゴールに近いエリアだったことだ。「最近はずっと1トップでやっていたこともあって、FWの動きになることも多々あった」と本人は振り返るが、このゴールへの意識がサイドでのプレーにも乗り移っていることが、単なるサイドアタッカーから進化している証拠だった。

 さらに、いかにもストライカー然とした場面があった。

 59分、敵陣でインターセプトした吉田麻也(サウサンプトン)が前方の本田に縦パスを入れる。前を向いた本田の視野に飛び込んできたのは武藤。左サイドから斜めの動き出しでDFラインの裏に走ると、そこに本田からスルーパスが送られた。最後は角度のないところからのシュートとなってしまったためボールは枠を外れたが、ドイツで毎試合見られるボールを引き出す動きをサイドの位置からでも見せたのだった。

「一つのポジションだけでなく、いろいろなところで使ってもらえることを僕はプラスに捉えたい。今はマインツで1トップをやっているけど、初めはサイドバックでもいいから試合に出たいと思っていたほど。どのポジションをやっても、自分ができていることと、まだまだな部分はある。そこをしっかり意識してドイツでもプレーしていけば、さらに相手にとって怖いFWになれる」

 普段のリーグ戦から武藤はタフな競り合いで体をぶつけあいながら、頭脳もフル回転させてプレーし続けている。1年前のブラジル戦はとにかく愚直に縦に行くプレーが可能性を感じさせた。今は経験と工夫が重なり、プレーに多様さが出てきている。

 タフな競り合いという意味では、あらためて強さも見せてくれた。

 シンガポールから奪った前半の2ゴールはいずれも武藤のアシストだった。それぞれの場面で相手DFとのぶつかり合いでしっかり先手を取ることに成功している。金崎が決めた先制点の直前では、背筋の強さを生かしたバネのある跳躍から、ヘディングでボールを落としてみせた。

「自分のところのマークのDFは小さかったので、(本田)圭佑くんや(酒井)宏樹くんと話していて、自分のところに合わせてくれれば、しっかり折り返しだったり、上から叩くことができるからと試合前に話していた。そのとおりのいいゴールにつながるシーンになったので良かった」

 本田の2点目はペナルティエリア内でしっかりDFをブロックし、潰れ役になりながらパスを落とした。

 スピードに乗った突破を支える脚力だけでなく、最近は上半身強化にも勤しんでいる。マインツの練習場に行くと、いつもトレーニング後に武藤からこう告げられる。

「ちょっと中で体を動かすので、もう少し時間かかりますけどいいですか?」

 窓の外から室内をのぞくと、長い時間をかけて筋トレに汗を流す武藤の姿がある。体を大きくし過ぎると重たくなってしまうため、いかにしなやかでキレのある状態を保ちながら、ブンデスリーガの屈強なDFに負けない筋力をバランス良くつけていくか。大学時代から筋トレを欠かすことなく続けてきたが、武藤は渡独後も集中的に体の鍛錬を繰り返している。

 今回のシンガポール戦、競り合いでは敵なしだった。後半、左サイドで2人に囲まれながら、最後は体をぶつけて突破に成功した場面。時間経過ともに芝生は荒れ、足を取られる選手もいる中で、重馬場の条件でもお構いなしのプレーを見せた。まさに“強い武藤”の真骨頂だった。

 ゴールはなかった。新戦力の金崎や先輩の本田に主役は譲った格好となった。しかし、武藤はドイツでの経験を、しっかり代表でも生かし始めている。

「欲を言えばゴールを取りたかった。アシストできたのは良かったですけど、技術面でも戦術面でももっと良くなっていくと思うし、ゴールはFWである以上いつも狙っていきたいと思います」

 現在、マインツでは非常に落ち着いた日々を送る。FC東京時代の喧騒がうそだったかのように、今夏入籍した新妻の作る料理を堪能しながら、サッカーに集中した生活ができている。

「二人とも想像以上に早くドイツになじめた。あとは自分が選手として、もっと成長していくだけ」

 ストライカーとして、サイドアタッカーとして、強さと多様性を身につけつつある武藤嘉紀。今後はより“幅”のある選手になっていくことだろう。この成長を続けていけば、ハリルジャパンでの存在感は自ずと高まっていくに違いない。それは、1年前よりもさらに確かな兆しである。

文=西川結城

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