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【ライターコラムfrom広島】「理論派」であり「情熱家」…広島が期待する新監督・城福浩という男とは?

広島の新監督に就任した城福浩氏 [写真]=J.LEAGUE

 勝利の瞬間、やはり彼は弓なりになった。全身に力が入って硬直化し、身体がそり上がる。城福浩のガッツポーズが、広島で復活した。その胸元には、紫のマフラーがしっかりと巻かれている。

「1日も早く、紫の似合う男になりたい」

 記者会見でそう語った指揮官の想いを受けた愛妻が、紫の糸を探して編み込んだ愛情に満ちたマフラーだ。「似合っていますね」と問いかけると、「いや、まあ、あの、寒かったので」と照れくさそうに笑う。本当に寒かったのならば、試合中にコートを脱ぐはずもない。血がたぎるような試合展開にコートはベンチに置いても、マフラーはとらなかった。それが、城福浩の表現だ。

 日本サッカー界屈指の理論派であり、情熱家。それが、彼の印象である。U-17日本代表ではFW柿谷曜一朗やMF水沼宏太(ともにセレッソ大阪)、MF齋藤学(川崎フロンターレ)ら錚々たるタレントをまとめあげ、ムービングフットボールを旗印に人もボールも動いて主体的に攻撃を創るサッカーで見事にアジアを制した。当時、「ボールを保持して、アイディアのある攻撃を仕掛けるサッカー」ではアジアで勝てないと言われていた。勝つためには堅守をつくりあげ、速攻ができるチームでないと無理だ、と。しかし、城福監督は柿谷、水沼、MF山田直輝(浦和)、MF岡本知剛(松本)という技術に優れた4人を中盤に散りばめ、「ファンタスティック4」と称賛されたコンビネーションを創り上げて優勝。決勝の北朝鮮戦では0-2の劣勢から美しい攻撃によって逆転する離れ業も演じた。

 FC東京ではナビスコカップを制し、甲府ではJ2優勝。そういう成果を出してきた一方で、成績が低迷しシーズン途中でFC東京の監督の座を去ったこともある。そういう監督人生を彼は「天空の青と深海の蒼、共に自分しか見えない光景だった」と独特の表現で語った。

城福浩

甲府ではJ1昇格に貢献 [写真]=Getty Images

「サポーターはずっと支えてくれていましたし、選手たちもよくやってくれた。ただ、自分にしか見えない光景の中で、それでも楽しもうとしていたかどうか。問題は誰でもなく、自分自身にありました」

 城福浩はつねに、真摯であろうとする。その行動の裏には、彼がサッカー指導者になるまでの「前史」にあるのかもしれない。「プロ」という未来がまるで見えなかった時代、青春をサッカーに懸けることはできても人生までは難しい状況は彼とて同じだった。28歳で現役を退き、36歳で富士通サッカー部(現川崎フロンターレ)の監督もやめて社業に専念。会津若松で二つの工場を一つにするという大リストラを担当した。普通なら、やりたくない仕事かもしれない。だが彼は「自分は戦力として期待されている」と使命感に燃え、全力を尽くした。

 しかし、FC東京から設立スタッフとして参加してくれないかというオファーを受けた時、燻っていたサッカーへの想いに火が付いた。少年の頃、サッカー専門誌をボロボロになるまで読み込み、記事も写真も暗記。家の中では靴下を丸めて蹴り続けた。そんな青雲の気持ちを抑えることができない。一方で、工場の中では最年少課長として赴任し、大きな仕事を任され、会社からの期待もヒシヒシと感じる。悩んだ。苦しんだ。だが、サッカー界に戻るのはこれが最後だと認識した時、気持ちは固まった。サッカーに戻る。会社を裏切ってしまうように映るかもしれない。それでも、自分の気持ちに嘘はつけない。

 この経験が城福浩という男の人生観に、大きな影響を与えていると筆者は思う。リストラという事業は、彼自身が語らなくても辛い仕事であることは想像できる。それでも、自身の力を会社に貢献しようと決意し、必死に取り組んでいたことは事実だ。だが、その半ばで、まるで運命に試されているかのようなサッカーへの誘い。ボールにつながる丸いものを見ないようにしてまで、サッカーを断ち切ろうとして仕事にうちこんでいた。それでも、吹っ切れていなかった自分自身の気持ちと会社への恩義の中で、揺れに揺れた。気持ちに正直になることは、会社への裏切りにつながるのではないかと苦しんだ。そういう事実があるからこそ、城福浩の仕事に対する情熱は、強みと深みを加えた。

 FC東京ではチラシ配りやバスツアーのMCなど、指導者以外の仕事にも全力を尽くした。S級ライセンスの試験でも絶対にトップの成績で合格してやろうと意気込んだ。年代別代表でも自分の信念を貫く戦術を採用。当時千葉のコーチを務めていた小倉勉をチームに招聘したいと思えば、当時のイビツァ・オシム監督に直談判を仕掛けた。一本気な情熱は名将の心を動かし、「日本のためを思えば、彼をおまえのところで働かせるのもいいだろう」という言葉をもらったという。それも全ては、仕事に対して真摯でありたいという姿勢からだ。

城福浩

FC東京を率いていた頃の城福浩監督 [写真]=VCG via Getty Images

 早稲田大時代から友情を育み、今季からともに広島で働いている池田誠剛フィジカルコーチは、城福浩の個性についてこう語る。

「緻密だし、アイディアマンですよね。人が気づかないようなところにも気づくし、発想も面白い。僕は“出たとこ勝負でなんとかなる”と思うタイプだから(笑)。性格が違うからこそ、合うんじゃないですか」

 池田コーチの指摘どおりで、彼の練習はまさに精密。狙いは明快だし、やりたいことに曖昧模糊としたところがない。たとえばタイキャンプでは、サイドで起点をつくった時、逆サイドのコート外にいる選手が一気に飛びこんでサイドチェンジを呼び込んでゴールを狙うトレーニングを行った。もちろん、幅を使った攻撃の練習であり、サイドチェンジを呼び込むタイミングや逆サイドを見る視野の意識も狙いとしているわけで、指揮官が考えるサッカーのコンセプトもわかりやすい。

 その練習時、逆サイドから入ってきた選手がプレーできる秒数まで、城福監督は規定している。コート外から入るわけだから数的優位。しかし、実際の試合ではそういう局面は長くは続かないわけで、早く結果を出すことが求められる。その現実があるからこそ、彼はその練習で「時間」を設定。それを超えると「はい、次」と容赦ない。一つのメニューにかける時間や強度に対しても計算しつくされ、試合に向かっての練習構成も綿密。準備の深さがそのまま練習に表現される彼のやり方もまた、仕事に対しての姿勢の表れ。練習が終われば必ずサポーターの前に立ってサインや写真の求めに応じ、その後は記者たちのインタビューに応え、どんな長時間になっても真面目に応える。生真面目だからこそ、勝点を奪うためにまずは守備を求め、人もボールも動く「ムービングフットボール」は時間をかけて熟成させる道を選んだ。理想と現実を擦り合わせる必要性も、これまでの人生で学んだこと。そこを忘れないのも、仕事に対して生真面目だからだ。

 2月25日の練習試合後、新戦力のDF馬渡和彰に対してビルドアップのポイントを熱心に説き、身振り手振り、ボールを使いながら指導する。一方で開幕前の貴重なコンディション調整の時間を試合告知活動にあてることも「クラブ一丸となって協力していくことが大切」と承諾。広島の中心街を選手と共に練り歩き、笑顔で手を振った。その生真面目さ、真摯さが結果となって結実してほしい。広島で成功してほしい。紫の似合う監督として躍動してほしい。城福浩という男と接する度に、そういう想いが募っていくのである。

城福浩

開幕戦で勝利をもぎ取った [写真]=J.LEAGUE

文=紫熊倶楽部 中野和也

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