2017.06.20

【ライターコラムfrom甲府】首位・柏を相手に「抵抗した」甲府…古巣との一戦で吉田監督に芽生えた“新たな想い”

吉田達磨
甲府の指揮官として柏戦に臨んだ [写真]=Getty Images for DAZN
サッカーはもちろん、バスケや野球、ラグビーにも精通する“球技ライター”。

 5月25日の午後練習後。ちょうどハリルジャパンのメンバー25名が発表された直後のことである。筆者が吉田達磨監督に「航輔が代表に呼ばれましたね」と話しかけると、かぶせ気味に「ホントー!?」という上ずった声が帰ってきた。GK中村航輔(柏レイソル)の代表招集を伝え聞いた彼はまさに破顔一笑だった。

 柏の監督をしている時期は、若手を褒めるコメントをほとんど出さず、むしろ厳しく課題を指摘するのが常だった。しかしヴァンフォーレ甲府の指揮官となった今は、気兼ねなくかつての教え子たちを褒めることができる。

 吉田監督は柏のU-15、U-18の監督やコーチを長く勤め、強化部に“上がった”後もアカデミーと深く関わった。だから現在トップでプレーする育成組織出身者は小学生、中学生の頃から縁を持っているような選手ばかりだ。加えて彼が15年にトップの指揮を取っていた時期と比べて、今の柏はずいぶんとアカデミー濃度が上がっている。6月17日の甲府戦の先発中8名がアカデミー卒業生だった。

 2年前を振り返ると守護神の中村はアビスパ福岡に期限付き移籍で出ていた。手塚康平はニュージーランドのクラブでプレーしていた。中谷進之介、中山雄太、中川寛斗もほとんど試合に絡んでいなかった。そんな若手選手たちが、今では立派なレギュラーだ。開幕前に秋野央樹、茨田陽生、田中順也といった選手の移籍もあった中で、柏はJ1の首位を走っている。

日本代表にも選出された中村を始め、多くの教え子たちが活躍している [写真]=Getty Images for DAZN

 6月17日の柏戦を前に、彼は冗談めかしてこんなことを口にしていた。「長く付き合ってきた人たちが成長していくというのは、これは多分ずっと嬉しい。ただ対戦相手としてみると『とんでもないことをしてくれているな』ということしかない」

 事前の“レイソル評”はこんな内容だった。「強いし整理されているし、自信満々で誰も迷いがない。走るし、プレスも連動している。相手とボールの状態を瞬時に察知して、プレッシャーに来る。ビルドアップはスムーズ過ぎるくらいスムーズで、クロスも鋭い。クロスに入る前の裏のランニングと、作りのところでほとんど優位に立っている。何かに特化したチームではなくなっていて、フィジカル的にも凄くパワーアップしている。僕いなくなって1年何カ月かですけど、スタッフが素晴らしい仕事をしているなと思います」

 もちろん今の彼は甲府の監督。そんな相手と対峙しなければならなかった。試合前にどんな戦いをしたいか問われた彼はこう言っていた。「抵抗しようかなって。抵抗したいんですよね」

 かつては「ボールとスペースを支配するサッカー」を標榜していた吉田監督だが、甲府はJ1における立ち位置が柏と違う。彼は15年の柏でも全北現代、浦和レッズやサンフレッチェ広島といった強敵には5バックを使っていたが、甲府にとってJ1の全クラブが格上。『5-4-1』から『5-3-2』へのマイナーチェンジはあったが、選手の並びやスタイルは柏時代と大きく違うモノになっている。支配から抵抗に、彼が指揮官として立つ位置も変わった。

首位・柏の連勝記録を止めた [写真]=Getty Images for DAZN

 17日の試合で、甲府は柏によく“抵抗”した。相手の強みであるハイプレス、ショートカウンターを受けないように、前掛かりをひっくり返すロングキックを多用。甲府の3ボランチは縦のパスコースを切りつつ、ウイングバックと連動したスライドの動きでサイドへの対応も怠らなかった。ゴールこそ奪えなかったが事前のスカウティング通り、練習通りの戦いで首位チームから勝ち点1をもぎ取った。

 10年以上も携わったクラブに切られた15年の退任は、彼にとって痛恨事だったに違いない。小学生時代からレイソルの前身である日立のスクールに通っていた彼にとって、思いも深かっただろう。ただ1年半の時を経て、古巣に対する感情も和らいだようだ。

「去年はライバル意識というか、『絶対負けたくないな』というのがありました。でもあそこで色んなことを経験させてもらったこともそうだし、こういうチーム(甲府)に来れたということを、いい意味でポジティブに捉えられるようになっている。悔しい気持ちは去年だったら、もうちょっとあったと思うけれど、今は『頑張ってるな』というか、『いいサッカーしているね』って(思っている)」

 甲府は第15節を終えて勝ち点15。堅守が奏功して14位と残留圏内に踏みとどまっている。人件費がJ1最少、開幕前の予想は最下位候補筆頭だったクラブという立ち位置を考えれば、吉田監督は一応の成果を見せている。

試合後には教え子たちと検討を称え合った [写真]=Getty Images for DAZN

 キャプテンの山本英臣はこう“吉田効果”を口にしていた。「このピッチが活気あふれるようになったのも、監督の“熱”が伝染しているから。あとはこう答えが返ってきてとか、こういうアイディアがあるよとか、(吉田監督には)色んな引き出しがある。インテリジェンス、戦術眼の少し足りない若い選手が甲府は多いと思うけれど、そういう選手たちが伸びる環境になっている」

 今の甲府を見ているとチーム練習もそうだが、全体練習後の“個を伸ばす練習”も印象的だ。例えば堀米勇輝のようなチームの主力格も、ボールの細かい受け方、止め方といった基本に根気よく取り組んでいる。ただそれは目先の結果には直結しない取り組みだ。

 15試合でJ1最少の10得点にとどまっている攻撃は、チームの明らかな課題だろう。柏戦の前はスローインからの崩しに時間を割いていたが、それは“正攻法”で取り切れないからこその苦肉の策でもある。吉田監督は「ちょっとした隙でも何でもいいから突いていく。小さなことを大事にしている」と説明していたが、そういった取り組みも必要になる。

 甲府をどう強くしていくか。吉田監督はこんなイメージを口にしていた。「確固たるスタイルを作ってJリーグを戦うには10年かかる。こういうサッカーをしようということだけをするなら3年でいい。点を取れるようになるといったら3カ月で十分だと思うんです。ストライカーの単純なコンディションも(得点が少ない理由の中に)あって、それがようやく上がってきた」

 ウイルソン、ドゥドゥが身体のバランス、切れを取り戻すことは、甲府にとって他クラブの補強と同じ意味を持つ。実際にクラブは5月21日に理学療法士の木村マルコストシフミ氏と契約し、コンディションの整備にも乗り出した。

 次の試合に向けて“抵抗”の策を練る。シーズンの山場に向けて主力選手のコンディションを上げる。来年、再来年にも向けて個のスキルと戦術眼を伸ばす。甲府が生存を確保しつつ成長を進めるためには、そんな三枚腰が必要になる。吉田監督とクラブが進めているのはそんな作業だ。

文=大島和人

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