2016.09.26

フロンターレの歴史を変えろ 横浜FM戦で絶望を歓喜に変えた“等々力劇場”の真実を追う

川崎フロンターレ
横浜FM戦で劇的勝利を収めた川崎。“神奈川ダービー”で演じた“等々力劇場”の真実とは? [写真]=Getty Images
スポーツ報道を主戦場とするノンフィクションライター。

 2-2のスコアから試合再開を告げる主審のホイッスルが鳴り響いても、川崎フロンターレの選手がなかなかセンタースポットに置かれたボールに近付こうとしない。沈黙すること約4秒。どこか投げやりのように映るほど、キックオフのボールを左足で無造作に後方へ蹴り出したFW小林悠が、その瞬間の偽らざる本音を打ち明ける。

「あの時は“もうふざけるな”と。“何をしているんだ”と思っていました」

 横浜F・マリノスを等々力陸上競技場に迎えた25日の明治安田生命J1リーグ・セカンドステージ第13節。リーグ戦通算26度目の“神奈川ダービー”は川崎が2点をリードした状態で、異例の長さとなる9分もの後半アディショナルタイムに突入。そこで波瀾万丈に富んだドラマが待っていた。

 右サイドを崩した横浜FMが、MF中町公祐のゴールで一矢を報いたのが96分。トリコロールのサポーターがようやく溜飲を下げてから間もない98分、今度はFW伊藤翔がネットを揺らす。川崎としてはまさかの連続失点。同点とされるきっかけとなる痛恨のミスを犯したのは、7月13日のアルビレックス新潟戦以来、今季3度目の先発に抜擢されたU-19日本代表候補のMF三好康児だった。

三好康児

先発出場した三好。84分にはチーム2点目を挙げた [写真]=Getty Images

 自陣の中央でボールを持った三好は、利き足の左足がつりかけていたこともあって、後方のMF大島僚太にパスを預ける。しかし、大島に大きく前方へ蹴ってもらう意図を込めたはずが数十センチほどコースがずれ、横浜FMで最も危険なドリブラーのMF齋藤学に渡ってしまった。

 すかさずペナルティーエリア内の左奥深くに侵入した齋藤が、追いすがってきたDF谷口彰悟を十分に引きつけた上で折り返すと、このマイナスのパスに伊藤が左足を合わせた。時間帯と1点リードの状況を踏まえれば、選択肢の中から真っ先に消去すべきプレー。期待の19歳へ向けた“愛のムチ”とばかりに小林が続ける。

「本当に散々荒らしてくれたというか。点を取ったのは素晴らしかったけど、その後に若さが出てしまったというか。前節に喫した逆転負けで、勝ち点3を獲得するのは本当に大変だと経験したばかりなのに、ああいう失点の仕方はありえない。バックパスや横パスは、ああいう時間帯では本当に……でも、気持ちも分かる。自分もそういう経験をしたし、これで三好もまた成長してくれると思うんですけど」

 試合後こそ「勝ったからうまく怒りますけど」と苦笑いを浮かべた小林だが、同点となった直後は思わずひざまずいてピッチを叩いていた。谷口はゴールラインの向こう側で仰向けになって夜空を見上げ、前節の大宮アルディージャ戦後に古傷の右肩を痛めながら強行出場したDFエドゥアルドは悔しさのあまり右ポストを蹴り上げた。

小林悠

フル出場した小林悠。終盤にパスミスした後輩に厳しい言葉を送り、成長を期待した [写真]=Getty Images

 ピッチに漂い始めていたのは“悪夢”あるいは“絶望”の二文字だったはずだ。まさかのドローに終われば、昼間の試合で白星を挙げていたセカンドステージ首位の浦和レッズとの勝ち点差は5に広がる。首位をキープしてきた年間総合順位でも勝ち点64で浦和に並ばれ、得失点差で2にまで肉迫されてしまう。

 しかしながら、心が折れかけていた川崎イレブンの中で“ネバー・ギブアップ”の炎を真っ赤に燃え盛らせる男たちが少なくとも2人いた。

「行こう! 行こう! もう切り替えろ!」

 脳震盪を起こしたGK新井章太に代わって69分から急きょゴールマウスに立ち、明治大から加入5シーズン目にして待望のJ1デビューを果たしたGK高木駿がショックを振り払うように声を張り上げる。そして、自陣の中央ではキャプテンのMF中村憲剛が何度も手を叩いては、仲間たちの目を覚まそうと叫んでいた。

「まだ終わってないよ!」

 川崎としては、まさに“真価”が問われる試合だった。前節大宮戦はFW大久保嘉人が退場処分を受け、先制を許しながら逆転に成功したが、再逆転を許して敗戦。ステージ首位の座を浦和に明け渡すと、試合後には乱闘寸前の騒ぎも起こった。そして今節は大久保に加えて、MFエドゥアルド・ネットが累積警告で出場停止。さらに韓国代表GKチョン・ソンリョンまでが、大宮戦で右ひざを痛めて戦線離脱を強いられてしまう。

 そんなタイミングで迎え撃った横浜FMは司令塔・中村俊輔を含めてケガ人を多く抱えながら、出場機会に飢えてきた選手たちが奮闘。逆転でのセカンドステージ優勝を狙える位置につけてきた。開幕から上位戦線につけてきた川崎としては、まさに結果が求められる大一番だった。

 ケガで長期離脱していたDF奈良竜樹、FW森本貴幸が復帰こそしたものの、22日に行われたジェフユナイテッド千葉との天皇杯3回戦で先発出場したこともあって、彼らはベンチスタートにせざるを得ず。風間八宏監督は伊藤を1トップに据える横浜FMに対し、左から谷口、エドゥアルドに加えて、MFが本職の田坂祐介で組む3バックを選択。大久保に代わって1トップに配した小林の背後に、三好と狩野健太の2人のシャドーを置く「3-4-2-1」でキックオフを迎えた。

 結果、伊藤をエドゥアルドが封じ、齋藤とマルティノスのドリブラーには谷口と田坂が辛抱強く対峙する戦法が奏功。横浜FMにチャンスを作らせないまま、開始14分には右サイドから小林が上げたクロスを、3月12日の名古屋グランパス戦以来となる先発に抜擢された狩野が頭で川崎での初ゴールを決めて先制に成功する。

狩野健太

先制ゴールを喜ぶ狩野健太(右)[写真]=Getty Images

 しかし、サッカーの神様はさらなる“試練”を川崎に与える。後半開始早々にGK新井が味方選手との接触で頭を強打。治療を受けて何とかプレーを続行したものの、65分すぎにはピッチに横たわり、駆けつけたトレーナーが両手を交差させて新井の交代をベンチへ告げた。

 2度に及んだ中断が9分ものアディショナルタイムにつながるわけだが、ベンチ入りそのものが今季で初めてだった高木が浮き足立つことはなかった。

「(新井)章太さんが最初に衝突した時から、こういう状況になるかもしれないと準備はしていた。いざ出番が来た時は、もちろん章太さんのことは心配でしたけど、それよりも“よっしゃ”というのがありました。こういう時のために、ずっと練習してきたので」

高木駿

急きょ試合に出場し、J1デビューを果たしたGK高木駿 [写真]=Getty Images

 その言葉どおり、73分には左サイドから切れ込んできた齋藤のシュートを横っ飛びでセーブ。アディショナルタイムには至近距離から放たれたマルティノスの強烈な一撃を、ポストとの距離を狭めてそびえ立つことでコースを消し去り、体に当ててコーナーキックに逃れた。左右からのクロスに対しても判断よく飛び出して対処。何よりも絶対的な武器と自信を寄せる利き足の左足から放たれる正確なパントキックでチャンスをお膳立てした。終了間際に許したゴールも1失点目は伊藤のヘディング弾を一度は防ぎ、バーに当たったこぼれ球を中町に押し込まれたもの。2失点目も懸命に伸ばした右手の先に、シュートがかすった感触が残っていた。不動の守護神チョン・ソンリョン、第2キーパーの新井が相次いで離脱する緊急事態にも、小林は「全く不安はなかった」と高木へ全幅の信頼を寄せていたことを明らかにする。

「安藤(駿介)を含めて、ウチのキーパーは4人全員が(GKコーチの菊池)新吉さんのもとでJリーグで一番練習していると思う。キーパーだけで2部練習を行うこともあるし、大変なメニューが多い中で、アイツらは本当に頑張ってきて、すごくうまくなっているので」

 攻めては後半途中からシステムを従来の「4-2-3-1」へ戻したことに伴い、本職の2列目へポジションを上げた田坂が、絶妙のスルーパスを通してトップ下に回っていた三好のゴールをアシスト。小林をして「守備も含めて、2-0まではすごく良かった」という会心の展開は、スタジアムをどよめかせた「9分」の後半アディショナルタイム表示とともに暗転してしまった。

新井章太

GK新井章太(中央下)の負傷による試合中断で、後半アディショナルタイムは異例の長さだった [写真]=Getty Images

 長めになることは覚悟していたが、それでも前例のない表示は川崎に「まだ9分も続くのか」というネガティブな思いを、横浜FMには「9分も残っているのか」というポジティブなそれを抱かせたことは想像に難くない。何よりもアディショナルタイムは電光掲示板に表示されない。体内時計でも残り時間を推測できない特異な状況が、川崎の迷いと横浜FMの勢いとを増幅させていく。

 だからこそ、同点とされた直後には川崎の選手のほとんどが憔悴しきった表情を浮かべた。しかし、中村には目の前の光景が我慢できなかった。

「みんな地べたに座っちゃっていたので。自分たちから折れたらいけない。やるしかないじゃないですか」

 思い出されるのはファーストステージのアビスパ福岡戦だ。腰痛の中村を欠いた川崎は敵地で2-2の引き分けに終わり、首位の座を奪われた鹿島アントラーズに逃げ切り優勝を許した。ほろ苦い歴史を知る選手は中村の他に田坂ら数人しかいなくなってしまったが、2000年代はJ1とヤマザキナビスコカップ(現YBCルヴァンカップ)でそれぞれ3度の準優勝に終わり、“シルバーコレクター”なる不名誉な称号を頂戴したこともある。

中村憲剛

熱い思いでチームをけん引した主将の中村憲剛 [写真]=Getty Images

 あの選手がいないから勝てなかった。ここ一番でいつも勝負弱い。いつしか貼られたネガティブなレッテルを返上する、千載一遇のチャンスが今季になる。悲願の初タイトルを狙えるだけの戦力が整ったと信じて疑わないからこそ、中村は「まだ終わってないよ!」と仲間たちを鼓舞した。そして、彼の熱い思いがまず小林に伝わる。

「アディショナルタイムが長すぎて、あと何分あるか分からなかったけど、だからこそ“もうちょっとあるんじゃないか”と思えて。それならば絶対に自分が決めるという強い気持ちを最後まで切らさずに、自分のところに“来い、来い、来い”とずっと念じていました。自分は(大久保)嘉人さんみたいにはできないけど、真ん中で出る以上はゴールにこだわらないといけないと思っていたので」

 パスミスを犯した三好、パスを受けられなかった大島のコンビネーションで敵陣へ攻め込み、大島の放ったループ気味のシュートがCK獲得につながる。ここで三好に代わって森本が投入され、中村が右CKを蹴った瞬間に、アディショナルタイムは目安の9分台に突入した。果たして、エドゥアルドの頭をかすめたボールは左サイドに転がり、追いついた田坂が振り向きざまにファーサイドへクロスを送る。

「タッピー(田坂)が中を見た時に、これを言うと結果論になりますけど、ここに来るんじゃないかと。ボールがちょっとマイナス気味だったので、何とか首をひねってシュートを逆サイドへ持っていくことだけを考えていました。うまく当てることができたし、最後は等々力がすごくいい雰囲気を作って僕たちの背中を押してくれました」

 DF栗原勇蔵のマークを振り払い、空中で首と体を強引にひねりながら、小林が文字どおり執念でヘディング弾をゴール右隅へねじこむ。地鳴りのような大歓声で揺れたピッチの上で、田坂もチーム一丸でもぎ取った劇的な決勝ゴールに手応えを感じていた。

「(小林)悠を狙ったというよりは、ゾーンを狙ったという感じでしたけど。あの場面でもモリ(森本)がニアに入って、その背後に悠が来た。ニアでモリが潰れてくれたのが大きかったですね」

田坂祐介

攻守にわたる活躍で劇的勝利に貢献した田坂祐介(右)[写真]=Getty Images

 歓喜の瞬間から約55秒後。勝利を告げる主審のホイッスルが夜空に鳴り響く。小林を始め、エドゥアルド、谷口、MFエウシーニョらが次々とピッチに倒れ込む光景に中村は心を震わせている。

「みんなよく立ち上がってくれたし、最後まであきらめずに走ってセットプレーを取りにいった。(大久保やエドゥアルド・ネットの)不在というのは要所要所で感じたとは思うけど、いなくてもこれだけできるところも見せられた。その意味で(狩野)健太と三好が代わりに点を取ったのは彼らのプライドでもあるし、2点差を同点とされてしまったという課題はありますけど、そこから3点目を決められたことは、はっきり言って今までのフロンターレになかった力。非常に価値のある、次に進める勝ち点3だと思う。前節すごく悔しい負け方をしたし、いろいろと揉めたりもしているので、いろいろなモノをここに置いて先に進める。そんな試合になったと思う」

 他会場の結果を受け、川崎は引き分けでも年間総合3位以内が確定して、昨季は縁のなかった明治安田生命Jリーグ・チャンピオンシップに進むことができた。しかし、後ろ髪を引かれるようなドローで切符を勝ち取っても、すでに鹿島と浦和が進出を決めている大舞台で、今までの不完全燃焼の歴史を超える戦いを演じることはできなかったかもしれない。

 その意味でも狩野と三好、そして高木が躍動し、31歳の田坂が2つのポジションでフル回転した末につかんだ白星は、層の厚さを証明した意味でも価値がある。セカンドステージでもガンバ大阪を抜いて2位に再浮上。浦和との勝ち点差3を死守し、残り4試合での逆転優勝への可能性を紡いだ。そして次節はセカンドステージ4位のヴィッセル神戸を撃破すべくアウェーに乗り込む。川崎がこの試合で明確に示した“真価”は本物と言っていい。

中村憲剛

チャンピオンシップ出場を決めた川崎。中村(右)が村井Jリーグチェアマン(左)から“招待状”を受け取った [写真]=Getty Images

 GK高木は初めてピッチ上で見た“等々力劇場”にこんな言葉を残している。

「うわっ、マジか、今来たか、みたいな。正直、びっくりしました」

 過去に何度も“上映”されてきた等々力劇場だが、今回の物語はその中でも最もドラマチックで、観る側と演じる側の胸を熱くさせるストーリーだったと言っていい。笑顔と涙のハッピーエンドにつながる続編をすぐにでも期待したくなるものだった。頂点を極めるための戦いに思いを馳せながら、極上の夜が残す余韻はいつまでも覚めなかった。

文=藤江直人

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