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SC相模原の「MOVE」に出会う旅 最終話 9月11日の「ドリームマッチ」が新たな出発点へ

2016.09.02

第1話 初代コールリーダーはかく語りき
第2話 菊岡拓朗が胸に秘めていること「毎日、大事に、1試合の重みを」

人の心に影を落とした事件を乗り越えるために

 9月11日、「さがみはらドリームマッチ2016」が相模原ギオンスタジアムで行われる。このイベントは、J3リーグ第21節、SC相模原対大分トリニータの前座試合として設定された。出場メンバーは、元鹿島アントラーズの鈴木隆行や名良橋晃、昨年引退した浦和レッズの鈴木啓太をはじめとするそうそうたるメンバーで構成されている。

 J3の公式戦、相模原対大分戦も注目される試合である。8月18日に辞任した監督の薩川洋了に代わって、同月20日に新監督として就任した安永聡太郎の初陣となる試合であるのだ。安永がどんなサッカーをやろうとするのか。興味は尽きない。


 多くのサポーターや関係者は、イベントの成功を強く望んでいるはずだ。なぜなら、日本人の、世界中の人々の、心に影を落としたあの事件を乗る超えるきっかけになればと願うからである。あの事件とは、神奈川県相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で、19名が殺害された大量殺人事件のことだ。

「さがみはらドリームマッチ2016」のことを筆者に知らせてくれたのは、1人の相模原サポーターの方である。この連載のタイトルにある「MOVE」とは、今季のクラブのスローガンだ。筆者の私が、1人の相模原サポーターの「MOVE」に誘われてスタジアムに試合を見に行った。そして、私は、私の中に芽生えた「MOVE」によってこれらの記事を書いている。本来ならば、サッカーの試合で起こった出来事を書くことが筆者の使命である。しかし、あの残虐な事件について触れない訳にはいかない。なぜなら、サポーターの彼と話をしている中で、避けては通れない道だと感じたからだ。

 彼は、あの事件について次のように話した。

「僕の仕事の関係者の方が『津久井やまゆり園』に勤めていました。どこにいっても、どんなときでも、あの話題でもちきりになる。会話の中で、『でも、こういうこともあるからね』というポジティブな話題はまったくでてこない。断続的に、いろんな情報が出てくるたびに、どこかで精神的に傷を負う。みんなそうだと思うんです。知らない間に、心に傷を負っていく」。

 彼は「こうしたことも言葉にするのが怖いから」と言ってためらう。

 私は「何が怖いんですか?」と問いかける。

 躊躇した彼は、言葉を絞り出して話す。

「僕はあるイベントに希望をもっているんです。サッカーの試合とあの事件のことを重ね合わせるもの言いはよくないかもしれないんですが、何かを変えるきっかけになって欲しいと望んでいる。9月11日、大分(トリニータ)がやって来るんですよ。その日は、1年に1回、元選手のレジェンドを呼んでドリームマッチをやるんです。去年は相模原の高校選抜と前座試合をやった。普段は、2000人とか3000人しか集まらないスタジアムに、ドリームマッチをやると1万人とか集まる。契機として新たなスタートを切りたいという機運がありますよね。僕はそこに希望をもっている」。

天皇杯神奈川県代表戦の敗退と薩川了洋監督の辞任

 薩川了洋は、試合後の監督会見でチームが目指すべき目標を声高らかに語る。

「確実にいまの選手たち、進歩してくれていっていると思う。それは自信がある。それを証明するのが、天皇杯だと思っている。出たことないでしょう? ここは。今年はいくよ!」

 この発言は、6月19日、対カターレ富山戦の後に語られたものだ。あの日からちょうど2カ月が経過した8月18日に、薩川は監督を辞任した。辞任の理由は、自分たちの力を証明する戦いであったはずの、天皇杯神奈川県代表戦の敗退にあることは明白だった。辞任発表の前日の17日、SC相模原(以下相模原)は関東サッカーリーグ1部に加入する横浜猛蹴(たける)に0-1で完敗する。

 相模原がJ2リーグに昇格するためには、いくつもの問題を解決しなければならない。したがって、未解決の事案が存在するいま現在は、J3で優勝してもJ2への昇格は許されない。そうした残酷な状況の中で、選手たちのモチベーションをどのように保って戦っていくのか、と監督に問いかけたことがあった。

「けっこうそれね、みんな言うんだけど、選手たちはそれでモチベーション下がらないから。なぜかって言えば、一試合一試合、勝つか負けるというところでやっている。グラウンドがあるから力を抜くなんてことはない。とにかく勝つことだけ。成績よくしてなるべく早めに(スタジアムや練習場などを)建ててください、という無言のプレッシャーをかけていくしかないことなんでね。『グラウンドがないから』なんて口にする選手たちは一人もいないんですよ。けっこうみんなそう言うことを言われる方が多いんだけれども、『来年建ちますよ』と言ってくれればモチベーションは上がるかもしれないが、『現実にそんなことないから』ってモチベーション下げる人もいない。お客さんもいっぱい入っているし。そういう風に流れが、相模原でサポーターのみなさんが『建ててくださいよ』という流れになったらね。でも、面白いサッカーやってなかったらお客さんも入ってこないからね。そこだけは、面白いサッカー、強いサッカーを見せていきたいと思いますけどね」

 監督が語った「面白いサッカー、強いサッカーを見せていきたい」という姿は、完成形を見ずに幕を閉じることになった。

 J3というカテゴリーにいるクラブが、関東サッカーリーグ1部のクラブに敗れることを「ジャイアントキリング」と呼ぶ人もいるかもしれない。実際は、「ジャイアントキリング」ではなくて、J3のクラブが敗れる可能性が大いにあったと言える。関東サッカーリーグ1部で、8月24日現在、首位を守る東京23FCや3位のVONDS市原の試合を見れば、その実力はJ3のクラブに接近していることがわかる。たとえば、VONDS市原は練習場も完備されていて、組織として整備されていて、資金面ではSC相模原を凌ぐ勢いだ。そして、薩川が辞任する理由となった敗戦相手の横浜猛蹴は、東京23FCを追撃する2位につけている。

 だからと言って、カテゴリー的には2つもランクが下にいるクラブに敗戦することは許されない。それも、薩川自身が話していた通り、相模原が世の中に対してクラブの存在証明を誇示できる天皇杯は、どうしても出場する必要があった。やりたいことがやりきれていない中での辞任は、薩川にとって悔しい選択だったことだろう。

元監督のサッカーはサポーターにどのように映ったのか?

 サポーターの彼は、監督の辞任への布石について話す。

「サポーターの心理状態として、天皇杯に出られないで負けてしまったことが大きかった。相模原はライセンスの関係でJ2には上がれないチームなので、なにか足跡を残すには、天皇杯に出てJリーグの大きなところと当たることが存在証明になる。今回は順当に勝ち上がると、ジュビロ磐田とか町田セルビアが見えていたんですよ。スタジアムはじめ諸問題があるところだから、J2のクラブに勝った実績が加えられるチャンスだった」

 元監督の手腕はどうだったのだろうか?

「客観的に見て、石川(大徳)や近藤(祐介)を補強して選手をどんどん入れ換えていった。その結果、曽我部慶太もそうですが、チームの顔となっていた選手がベンチに置かれて、何人かの選手は移籍した。顔になる選手が不遇だったことが、サポーターとしては納得いかない部分があったと思います。薩川元監督のサッカーは、わからないでもないというのはありました。守備面を整えて、攻撃は菊岡(拓朗)を中心に、選手に任せる。シーズン当初のイヤーブックには、『攻撃は菊岡に任せている』と監督コメントが出ていたくらいです。実際その通り、菊岡のコーナーキックやフリーキックからの得点がほとんどだったんです。守備の部分は決まっている。ハードワークを要求していました。重要な動きをする選手は何人か決まっている。中盤は岩淵(良太)、前線は菊岡。あまり奇策を打ってくる監督ではなく、交代は読みやすかったですね。全体像として、最小失点で、勝ち点だけは必ずとって帰りたい。そう言う戦い方でした。ファンタジスタの菊岡を置いて、なんとか1点を奪って、そうした中からチームの基盤を作りたい。その考え方は理解できるんですが……それをやっていても、発展性がないじゃないですか。これまでの相模原は、攻撃的なサッカーで、2点、3点取られても、それ以上に点数を取れればいい。そういう感じでしたね」。

 攻撃的なチームが、薩川元監督になってから守備的なチームに変わっていった。薩川の頭の中には、「まずは守備をしっかりしてから」という考えがあったのかもしれない。サポーターの彼は、別の視点からの意見も述べた。

「これまでのチームのストロングポイントは、攻撃だったんですけど、今年は堅実なところからチームを作っていく、という考えがあったのかと思います。まず、確実に1点をとる。我慢強く守備をして勝ち切る。薩川監督の指導があったので、大人のチームになってきたという印象がありました。相手の攻撃をしっかり受け止めて、深井(正樹)や菊岡、他にもJ2の経験者がいるので、彼ら実力のある選手の個人の良さを随所ではっきする。そういう取り組み方でした」。

サポーターが語るサポーター論と「MOVE」との出会い

 SC相模原のサポーターやファンはどんな雰囲気をスタジアムにもたらしているのか。かのサポーターは、「牧歌的」との言葉をもちいて語ってくれた。

「サポーターが牧歌的というか、そういう雰囲気もいい。家族連れもスタジアムに来やすいし、見やすい。ゴール裏は、すごく和やかだと思います。埼玉スタジアムの浦和レッズのゴール裏は、特別な雰囲気があるじゃないですか。それとはまったく違う雰囲気ですね。芝生席なので、寝そべりながら見る人。子供たちは走り回る。殺伐としている雰囲気はまったくない。サッカー一辺倒で来ているというのではなく、休日の楽しみ方のひとつできている人もいる」

 彼は、俯瞰した立場からサッカーを見たいので、ゴール裏には行かないスタンスをとる。

「欧州型のサポーターってあると思う。生まれながらにしてサポーターというスタンス。そうしたスタンスではないサポーターがいてもいい。さまざまな形でチームに貢献する。チケットを買う。ユニホームを買う。余暇の時間を割くという心理的な部分も含めて、サポーターだと思うんです。週末のサッカーの試合で負けた。明けた月曜日に、沈んでいる。そうしたサポーターと、そうではないサポーターがいる。僕は、常に俯瞰で見ていたい。メインスタンドの上の方からゆっくりと試合を見させてもらう。ゴール裏に行くか行かないかは別な問題。ゴール裏にいる人たちは、金銭的とか時間的とか、いろんな面でサポートしている。彼らは本当に真の形のサポーターだと思います。もちろんメインスタンドで高い席を年間シートで抑える人も、ゴール裏にいる彼らと同じように真の形のサポーターだと言える。僕は、生活の中で、ふとした瞬間に、SC相模原がでてくる。だから僕は、彼らがいる地点までは、まだ行き着いていないんです」。

 SC相模原は、ライセンスの不備によってJ2に昇格できないクラブ事情を抱える。ナイター照明がない。ゴール裏が芝生席。屋根のカバー率の低さ。クリアしなければならない事情がある中で、相模原市は政令指定都市(人口50万人以上の都市)であるにもかかわらず、一般的にはまだクラブの認知度が低いようだ。そうした事情を克服するきっかけが、9月11日のイベントからはじまればいい。サッカーに関わる多くの人々は、そう願っているはずだ。

 かのサポーターは、私との別れ際にこのように語りかける。

「一回行けば、サポーターですよ。また、相模原に来てください」

 サッカーの試合を見るために、9月11日は、ギオンスタジアムに向かおう。きっとそこには、いろんな人々の想いが重なっているから。サッカーが人に希望を与える力があることを、この目と体で実感しに赴こう。

 さあ、SC相模原の「MOVE」に会いに行こうよ。

〈了〉

第1話 初代コールリーダーはかく語りき
第2話 菊岡拓朗が胸に秘めていること「毎日、大事に、1試合の重みを」

By サッカーキング編集部

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