2016.06.24

【スペシャル対談】岡田武史×又吉直樹 ~多分野で活躍する両者、海外進出の可能性も?~

サッカーキング編集部

 日本代表監督として2度のワールドカップ出場を経験し、現在はFC今治のオーナーとして経営者の道を歩みながら、日本サッカー協会の副会長も今年から務める岡田武史さん。

 お笑い芸人『ピース』のボケ担当として様々なメディアで活躍する一方、2015年に出版した小説『火花』が芥川賞を受賞し、日本で大ベストセラーとなるなど、文筆にもその才能を発揮する又吉直樹さん。

 岡田さんは読書家であり、又吉さんは高校時代までサッカー部で活動したという共通点もある両者に、今回『サッカーキング』では、初の顔合わせとなった異色の対談を実現。全3回にわたってお届けする。

『岡田武史×又吉直樹、マラドーナを語る』はコチラ→https://www.soccer-king.jp/news/world/world_other/20160622/459325.html

『岡田武史×又吉直樹 ~異色の初対面で互いの過去を語る~』はコチラ→https://www.soccer-king.jp/news/japan/japan_other/20160623/459796.html

インタビュー=小松春生
写真=野口岳彦


又吉さんは、岡田さんがコーチングの留学のためにドイツへ渡った年齢がちょうど現在の又吉さんと同じ年齢だと口にされましたが。(※前回インタビュー参照)

又吉直樹 何と言うか、エンターテインメントの世界もアメリカをはじめ、海外がやはりすごいんです。岡田さんの話を聞いていて、もちろんドイツをはじめとしたヨーロッパはサッカーにおいてトップレベルであるけど、当時から日本にもサッカーはちゃんとあって、そこでバリバリ第一線でやられていた方が、海外に行ってそれだけ変わると。僕は日本しか知らないから、たぶん自分にも同じことが起こるんやろうなと感じて、すごく興味深いです。

岡田武史 エンターテインメントの分野で海外にチャレンジした日本人はいました?

又吉直樹 蜷川幸雄さんや野田秀樹さんなどがいらっしゃいますね。

岡田武史 お笑いの世界では?

又吉直樹 いないですね。海外には漫才というものが存在しなくて。アメリカでは1人でしゃべる形がほとんどで、2人しゃべるものもあるにはあるらしいですが。

岡田武史 チャレンジしたら面白いのでは?

又吉直樹 どういう形かはわからないですけど、面白そうですよね。海外に行って1回ボコボコに打ちのめされてもいいなと。お笑いも日本独自の部分があるので、それを面白がってもらえるかもしれないです。僕もサッカーを高校まで真面目にやって、プロになる人はレベルが違うことは肌で感じて。そのプロになった人が日本代表まで行きついても、W杯を見るとレベルの違いを目の当たりにしたりする。サッカーを10年間、お笑いも今17年くらいやっているんですけど、何となくわかるんです。もっと広い世界に行った時にボコボコにされるだろうなと。それをちゃんと味わう機会がほしいですね。お笑いには世界大会がない。それがサッカーの羨ましい部分ではありますね。

岡田武史 漫才は言葉で伝えるものだから難しいですよね。演劇などはまだできるけど。

サッカーはボールがあれば通じます。

岡田武史 そうそう。言葉なんてどうでもいい。

海外進出という点では『火花』が翻訳され、アジアや欧州などで発売されることになりました。

又吉直樹 そうですね。世界で何カ国かやってもらうんですけど。

岡田武史 あのシチュエーションを理解してもらうのは大変だ。

漫才の文化がないというお話にもつながりますが、『火花』は漫才師が主役なので、設定を理解することがまずハードルになります。

又吉直樹 そうですね。なので、序文で漫才の説明とお笑い芸人が日本でどういう立場かという説明を入れています。

現在、岡田さんはFC今治のオーナーと日本サッカー協会副会長、又吉さんはお笑い芸人でありつつ執筆活動もされていらっしゃるということで、二足の草鞋、三足の草鞋を履かれているところが共通しています。どの仕事をするにしてもご自身のスタンスが変わらないから各仕事には影響がないのか、別の仕事をやることで相乗効果を感じているのか、いかがでしょうか?

岡田武史 僕の場合は、とてつもなく違うことをやっているのではなく、サッカーとかスポーツに関わる、自分の範囲内で何とか関連付けたことをやろうと。その中で、FC今治の経営をすることになり、59歳にして初めていろいろな「こんなことあるんだ」という新たな発見ができて、「面白そうだな」とワクワクして。ワクワクすると、今度はジッとしていられなくなって、どんどん進めてしまう。家内には「今度こそのんびり暮らそう」と何回も言っているんだけど、「また始めたわね」って言われてしまう(笑)。これはもう性格です。何か目の前に大きな山や崖があるとどうしても登りたくなる。だから、僕の中では全然、別のことをしている感覚ではなく、チャレンジをしている喜びがどれも同じなんですね。

又吉直樹 僕もわりとそうですね。何かやってみたくなるんです、すぐに。小説とお笑いは、表現としてはすごく近いと思っています。漫才はスタンドマイクが真ん中にあって、2人でボケとツッコミでお話しするんですけど、コントはスタンドマイクなしで、衣装を着て、2人でやる劇みたいに作るんです。そもそも漫才とコントは全然違う競技だと思うんですよ。漫才がすごく得意な漫才師に特化した人と、コントに特化したコント師がいて。比重で言えば、昔組んでいた『線香花火』というコンビでは漫才しかしていなくて、『ピース』ではほとんどコントが主で。全く競技が違うというのが自分の中ではあって。ここに小説が入ると、漫才とコントの距離感、漫才と小説の距離感、コントと小説の距離感、3つとも僕からすれば同じくらいの距離なんです。

 むしろ漫才からコントをやる時のほうが、自分で芝居をしたり衣装を着ないといけないので、照れというか恥ずかしさがあったりして。漫才と小説は、会話の部分とかが限りなく一緒で、あとは状況説明とか心理描写をもうちょっと深く描くのが小説ということで、あまり違和感はないですね。

岡田武史 小説はどういう時に執筆を?

又吉直樹 だいたい夜9時とか12時くらいまでお笑いの仕事をやるので、それが終わってからノートパソコンを開いて、ですね。

岡田武史 仕事が終わった後の飲み会とか行かずに?

又吉直樹 そういった席には週3回くらい行きますけど、ない時は毎日やるようにしていますね。

岡田武史 書き始めたきっかけは?

又吉直樹 18歳で吉本興業の養成所に入って、19歳でデビューしたんですけど、もちろんご飯を食べていけなかったんです。その間、本ばかり読んでいたので、お笑い芸人が書く雑誌とかでエッセイやコラムのコーナーがあると、「本読んでいるから書けるやろ」みたいな感じで全部僕に回ってきたんです。それは誌面に名前が出るから、「無名なやつが名前出してもらえるだけで嬉しいやろ」みたいな感じでノーギャラなんですけど、全部引き受けてやっていて。そうしたら、ノーギャラだけどエッセイの仕事が月10本くらいになったんですよね。

 それをずっと修行のつもりでこなしていって。小説という発想はあまりなかったんですけど、文章を書くのも好きだったので。それが続いていて、26〜7歳くらいから少しずつエッセイでお金をもらえるようになって。一カ月で全部合わせても食べていけないくらいなんですけどね。2010年くらいからテレビに出始めて、何となく文筆を整理したんです。それでも続けていたんですけど、小説を書くちょっと前のタイミングで一度連載を全部終わらせて、その時間をまとめて小説にという形にして書きました。

岡田武史 僕から見ると小説というのは、特別な才能が必要に見えて。昔から本を出しましょうと言われることがあって。僕も文章や本が好きで、2002年のW杯の後に自分で書いたんだけど、「こんなに大変なんだ」と。自分の語彙のなさも嫌になる。僕が好きな井上靖さんは、すごく綺麗な単語を使うけど、そうはいかなくて、毎回同じ単語やフレーズが出てきてしまい、そのたびに情けなくなって。さらにこれだけ苦労しても、お金はあまりもらえない(笑)。こんなに大変なことをして、こんなに割の合わない仕事はないと思いましたね。

又吉直樹 文筆は大変だけど金にならへんとは、みんな言いますね。僕の場合は「好きだ」というのがあると思います。

岡田武史 たいしたものですよ。執筆する時は、全体のストーリーがあって書いて? それとも書きながら発展を?

又吉直樹 書きながらですね。最初は文芸誌に掲載をしていただいたんですけど、新人が文芸誌に書くのはだいたい、原稿が100枚前後なんです。そう言われて書き始めたんですけど、50枚くらい書いたところで、「これは絶対終わらんな」と思って、「原稿200枚超えますけど大丈夫ですか?」と編集の方に言ったら「とりあえず書いてください」と。途中で「この先どうなるんですか?」と尋ねられた時は「まだ自分でもわかってないです」という感じで書いていきました。

岡田武史 (笑)。

最後に今回の対談の感想をお聞かせください。

又吉直樹 やはり僕からしたら、サッカーのすごいところは世界にあるということです。世界に対する憧れがすごく強いので。W杯という世界大会があって、岡田さんはもろにそこを経験されている。日本のことと世界の違いとかを感じているわけです。そこにものすごく興味がありますし、憧れがあります。もちろん大変なんでしょうけど、羨ましさもあります。

岡田武史 僕が代表の監督をやっていて世界との違いを一番感じるのは、やはり日本人。フランスW杯予選で代表監督をやった時は41歳で、いきなりの話でしかも監督経験がなくて、有名になるとも思っていないから電話帳に個人情報を載せていたんです。すると脅迫電話と脅迫状が止まらなくて、家の前に24時間パトカーがいた状態で、子どもも危険だから、家内が学校に毎日送り迎えして。異常な状態で戦っていた。本当にすごいバッシングだったから。でも、W杯出場が決まったらコロッと変わる。でもまた勝てなかったらコロッと変わる。外国人のサッカー仲間もいっぱいいますけど、日本よりも彼らの方が認めてくれますね。

又吉直樹 世界に出ていくことで、ちゃんと見てくれる人もいる。日本人の考え方が徐々に変わっていくために、世界を一度経由して、帰ってきて話すということはすごく大事やと思います。

岡田武史 確かに変わってきましたね。フランスW杯と南アフリカW杯で、どちらも僕はバッシングされたけど、全然違う。フランスW杯はみんなが初めての経験だったから、誰も何が起こっているのか分からないからパニックだった。でも南アフリカW杯は理屈で、これだけ勝てなかったら叩かれても仕方ないとか分かる感じがして。そういう意味ではメディアも含めてみんなが成長したかな。

岡田さんから又吉さんに何かメッセージがあれば。

岡田武史 僕は本が好きで、変な話ですけど、エッセイとかを書くことはうまいと自分で思っているんです。でも小説を書く、本を書くということは、こんなにも大変なんだと感じた経験をしているだけに、何で書けるんだろうと。小説を書く人を見ると、どういう才能があって、どういうひらめきがあるのか、言葉はどうやって出てくるんだろうといつも思います。『火花』もそうですし、どういう感覚でこれが生み出されるのだろうと。サッカーのプレーも人と変わったプレーしていたのでは?

又吉直樹 変なプレーとはよく言われました。

岡田武史 多分、発想が違うのではないかと。今日お会いして、正直見た目のイメージとそのままでした。何か淡々されていて。だから『火花』のような作品が書けるのではないかなという気がしました。

又吉直樹 ありがとうございます。実は僕、サッカーと文学を結び付けたいと思っているんです。サッカーの戦術は独特なものです。そこで、11人の登場人物が出てきて、物語全体がサッカーのポジショニングになっていて、FW的な役割を果たす人物関係とか最初から最後まで書けたらすごく面白そうだなと。これを物語に導入した人は多分まだいないと思うので。

岡田武史 なるほど。すごく面白かもしれない。今日はこのメンバーでもシステムを変えた攻め方をするとかね(笑)。

又吉直樹 何かできそうやなと思います。機会があればぜひ取材させてください。

岡田武史 何言ってるの(笑)。

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