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鹿島アントラーズ ACLアウェーゲーム 激闘の記憶

多くの苦難に直面し、チームの総力を結集させてアウェーの戦いを乗り越えてきた鹿島アントラーズ [写真]=ゲッティ イメージズ

文=岡島智哉(スポーツ報知) Text by Tomoya OKAJIMA(SPORTS HOCHI)
写真=ゲッティ イメージズ Photo by Getty Images

凍てつくピッチ、強行軍

 AFCチャンピオンズリーグ(以下ACL)のアウェーゲームは、国内で敵地に乗り込む場合とはひと味もふた味も違う。ただ移動時間が長く、慣れないスタジアムでの試合を強いられるだけではない。時に想定外で、過酷で、予期せぬ事態と向き合わなければならない。今シーズンの鹿島アントラーズも、多くの苦難に直面し、チームの総力を結集させてアウェーの戦いを乗り越えてきた。

 2月21日、アウェーゲームの幕開けとなったグループリーグ第2節、水原三星ブルーウイングス戦。相手の本拠地である水原ワールドカップスタジアムは、なんとピッチの芝生が凍結していた。同時期に行われていた冬季五輪の会場である平昌と同緯度に位置する水原市の試合時の気温は氷点下。パスが回らず、氷が溶けた箇所には水たまりができる一方、時計の針が進む中で気温はどんどん下がり、新たに凍り始める箇所もあった。岩手県出身の山本脩斗ですら、「あんなのは初めて。寒すぎました」と振り返った。

 この極寒状態で気を吐いたのは若手選手たちだった。鈴木優磨、植田直通(現セルクル・ブルージュ)、安西幸輝の3人は、チームを鼓舞するかのように半袖姿で先発のピッチに立った。「いつもどおりにやりたかった」(植田)、「袖がうっとうしいので」(安西)と理由はさまざまだが、エネルギッシュなプレーで2-1の勝利を呼び込んだ。得点はいずれも金崎夢生(現サガン鳥栖)だったが、金崎は「2点とも仲間がいいボールをくれた。この(環境の)中で勝ち点3が取れたのは大きい。チームとしても初勝利。ここから波に乗っていけたら」と語った。国内最多となる19のタイトルを獲得している鹿島が唯一手にしていない主要タイトルに向けて一丸となった今シーズンの躍進は、この劣悪な環境を乗り越えて得た勝ち点3から始まった。

 続く3月7日、シドニーFCとのアウェーゲーム(第3節)では、移動距離や日程との戦いも制して勝利を手繰り寄せた。3日に行われたJ1第2節ガンバ大阪戦から中3日でシドニーFCと対戦し、そこから中2日でJ1第3節サンフレッチェ広島戦を迎えるという、大陸間の移動を挟んだ、8日間で3試合を戦う強行軍。試合翌日の8日早朝に移動しても帰国は同日夜。シドニー往復20時間以上を機内で過ごすことを強いられ、広島戦に向けての調整期間はわずか1日だけという過酷なスケジュールだった。

 大岩剛監督はこの日のベンチに6人のフィールドプレーヤーを入れたが、最年長は安西と山口一真の23歳。大岩監督の「所属選手全員に準備してもらう」の号令の下、金崎と昌子源の2人は遠征に帯同させず、鹿嶋で調整させた。それでも「試合に出たくてたまらない。早くアントラーズの一員になりたい」と話す犬飼智也、「いつか絶対にチャンスが来る」と息巻いていた金森健志ら伏兵が存在感を発揮。メンバーが代わっても前、後半の終了間際に得点を奪う試合巧者ぶりは変わらず、40分の土居聖真、87分の植田のゴールで2-0の勝利をもぎ取った。

アウェー初戦の会場、水原ワールドカップスタジアムは、凍結した芝生と氷点下の気温という劣悪な環境だった [写真]=ゲッティ イメージズ

観衆が作る異様な雰囲気

 中国勢との連戦となった上海申花戦(4月3日、第5節)、上海上港戦(5月16日、決勝トーナメント1回戦)は、中国特有のスタジアムの雰囲気に苦しめられた。昌子は中国の観衆についてこう語っている。

「何でもない、大したことのないプレー一つにお客さんが大騒ぎするんですよね。フッキ(上海上港)がトラップしただけでスタンドのボルテージが上がる。日本ほどサッカーを詳しく知らない人が多いからかもしれない。あれはやりにくい」

 キックオフ前のカウントダウンの段階で、スタジアムは人気アーティストのライブ会場かのごとく、大盛り上がりを見せていた。鹿島はこの2試合、いずれも雰囲気にのまれた前半に先制点を許し、苦しい展開を強いられた。しかし上海申花戦ではレアンドロ、上海上港戦では土居が大観衆を黙らせるゴールを挙げた。スタジアムは突如、ため息と静寂に包まれる。「(相手サポーターを)黙らせるあの瞬間がたまらないんだよね」とはクラブの某スタッフの弁。上海申花とは2-2のドローでグループ2位以内を確定させて決勝トーナメント出場権を獲得し、上海上港戦では観衆の圧にのまれた主審が昌子の顔面ブロックをハンドとみなし、PKで決勝点を許したが、アウェーゴールの差で準々決勝進出を決めた。上海上港戦後、土居は「今のこのメンバーで鹿島の歴史を塗り替えたいという意識が強い。個人的には、ですけど。みんなもそう思ってるんじゃないかなあ」と笑顔を見せた。

両チームの選手がヒートアップする場面も [写真]=ゲッティ イメージズ

事前通達なく会場変更

 そして天津権健との準々決勝(9月18日)は、アウェーの苦難をギュッと凝縮させたような過酷な遠征となった。

 まずは試合開始2週間前の9月4日、アジアサッカー連盟(AFC)が天津からマカオへの試合会場変更を発表した。鹿島側に前もって知らされることはなかったという。18日に天津で各国の政府関係者が集まる国際会議が開かれるため、警備上の都合から天津での開催が不可能になったそうだ。鹿島側は天津へのフライトや現地でのバス、練習場、ホテルなどのキャンセルと、マカオへの新たな手配に追われた。直前の手配となったため、直行便の確保は断念。2グループに分かれてマカオ入りした。A組はJ1第26節の湘南ベルマーレ戦(14日)終了から7時間後の15日5時に集合し、羽田空港から乗り継ぎ便でマカオ空港へ。B組は一度広州に降り立ち、陸路で約3時間、150キロを走ってマカオ入りした。

 そこに超大型のスーパー台風22号「マンクット」が追い打ちをかけ、16日から17日にかけてマカオで猛威を振るった。マカオにあるすべてのカジノが営業中止となったのは、史上初めてだったという。香港や中国大陸からのフェリー便も運休となり、マカオは陸の孤島となった。

 鹿島は15日にマカオ入り。16日は宿舎からの外出禁止令が通達されたため、ホテルに併設されたジムで、一般客に混じりながらの調整を余儀なくされた。クラブ関係者によると、ホテル周辺も「まるで川のよう」だったという。翌17日も試合会場で予定されていた前日練習が芝生保全を理由にAFCの命令で取りやめとなり、近隣にある大学のグラウンドでの調整となった。試合前にスタジアムでボールを蹴ることができたのは、試合当日のウオーミングアップ中だけだった。

 だが、選手たちはピッチで躍動した。試合は一進一退で流れのつかみ合いが続いたが、14分にCKからセルジーニョがゴールを挙げて相手を慌てさせると、27分には内田篤人が前掛かりになった相手最終ラインの裏に抜け出し、クロスで安部裕葵の追加点を演出する。後半には土居のダメ押し点も決まり、終わってみれば2戦合計5-0の圧勝で準決勝進出を決めた。遠藤康は試合前々日のホテルでの“軟禁”について「試合から少し遠ざかっているメンバーには難しかったかもしれない。でも、ずっと出ている選手にはいい休養になった。敷地内にショッピングエリアがあって、そこを散歩したりとかしていた。まあ、どのお店も閉まっていたんだけど」と笑顔で語った。ちなみに内田は「俺は晴れでも雨でも部屋の中でゲームしているだけだから。関係なし!」だったそうだ。

 日本代表での経験はもちろん、シャルケ時代にUEFAチャンピオンズリーグで4強に進出した実績を持つ内田は「国際大会ではいろいろなことが起こる。そういうものだって分かっているし。チームとしても個人としても、どっしり構えて。タフじゃないといけない」と話す。全北現代でACL制覇の経験を持つクォン・スンテは「リーグ戦とACLは全く別ものだと考えるべきです」とうなずき、「審判の笛の吹き方や相手選手のプレー、ピッチの環境もそうです。『リーグ戦ではこうなのに』というのは通用しません」と説明する。
 時にベテランの経験に助けられながら。時に若手の勢いで士気を高めながら。時に不運を味方につけながら。鹿島はクラブ史上初の4強に進出した。

天津権健戦は突如マカオに会場変更となり、そのマカオに超大型台風が直撃 [写真]=ゲッティ イメージズ

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