2016.04.07

『FOOT×BRAIN』プロデューサーが語る「日韓W杯でのチーフディレクター経験とアメリカ駐在で初めての野球、さらに松井秀喜選手を担当した話」/中編

サッカーキング編集部

インタビュー・文=小松春生 写真=田口涼

―――入社後、スポーツ担当記者やADとして経験を重ね、2000年から2001年はサッカー日本代表の担当記者を務められました。そして2002年の日韓ワールドカップではチーフディレクターという大役を任されていらっしゃいます。大会時はどういったお仕事をされましたか?

加固敏彦 チーフディレクターはプロデューサーの次、という位置になります。当時を振り返るとそのあたりを分かっていたわけでもないので、年齢的にも今考えればありえないかな、とも思います。チーフディレクターというのは、基本的に全体の責任者でもあるので、取材というのが主な仕事ではないんです。具体的に言えば当時27歳の僕が、全スタッフのシフトを考えたりもしたんです。そういう仕事から始まり、もちろん番組の内容を決めるなど根幹的な仕事もあるわけです。チーフディレクターは立場的にも業務内容的にも、あまり現場には行けないんです。今考えればすごくいい経験になったと言えますが、当時は「日本代表担当だったのに、日本の試合に行けないなんて!」と思いましたよ(笑)。日本開催のワールドカップなんて一生に一度あるかないかですから。

―――大会期間中、印象的だったことは何でしょうか。

加固敏彦 2002年から、日本のテレビにおいて、ワールドカップは五輪と同じような規模の放送形態になったんです。日本が初めてワールドカップに出場した98年のフランス大会はNHKの単独中継でしたが、2002年からNHKと民放による全局での放送となりました。いわゆるJC(ジャパンコンソーシアム)体制に近い形です。そうなると規模的にはスポーツ局総出のイベントとなります。当たり前のことですが、それまでは仕事でもプライベートでもサッカーに携わったことがない人や、もちろん嫌いだという人もいたんです。しかし、いざワールドカップクラスの大会を中継するようになり、あの一カ月を経験してみたら、誰もが「サッカーは楽しいかも」という雰囲気が生まれたんです。テレビ局でスポーツ局にいるからといって、全ての競技に精通しているわけでも、ましてや全ての競技を好きというわけでもないのですが、あのワールドカップの後は、皆が「サッカーに携われて良かった」と言ってくれたことを覚えていますし、嬉しかったですね。

―――サッカー以外にも五輪や野球、テニスなど様々な競技に携わってこられていますが、一番成長につながった現場などがあれば教えてください。

加固敏彦 入社後、6~7年はほとんどサッカーの仕事をやらせてもらいましたが、8年目の2005年に「アメリカに行く気はないか?」と言われたんです。当時ヤンキースに松井秀喜選手が在籍していて、その担当としてニューヨーク支局に行きました。
サッカーの仕事であれば、あの時期どこに行こうと大変だと思うことはなかったと思います。選手や関係者など面識のある方がたくさんいるので。ただそれが野球となると、それまでは仕事としてリアルに接したことがほとんどなかったんです。なので、今考えれば、ニューヨーク行きは、完全なる転機でした。

僕自身の考えとしては、種目が変わればそれは全く別物だ、と捉えるようにしています。野球に向き合うにあたり、しかも日本ではなかったので、今までの仕事のやり方を変えなければいけないと思いました。「何も知りません」というスタンスで、僕なりにがむしゃらに2年半やったんです。そうしたらそれなりに人脈も広がり、「こういうこともやるべきだな」と思いましたね。アメリカですし、野球ですから、知り合いなんて全くいないんですよ(笑)。慣れた場所だけではダメだということを、後からわかりましたね。

―――学生から社会人になる時と同じような心構えですね。

加固敏彦 本来はそうです。入社時は思い通りの部署に就いて仕事にはなりましたけど、野球は今まで経験していなかったから、本当に行って良かったと思います。

―――アメリカでの印象的なエピソードはありますか?

加固敏彦 いっぱいあります。まず、野球を担当したことがない人間が、松井秀喜選手を担当するというのはありえないんです。テレビ東京がサッカー担当だった人間を野球担当としてアメリカに駐在させることはありなのか、と。他の皆さんは日本で巨人を担当していたり、互いが知り合いである人たちがアメリカに来ていました。そういう環境の中、テレビのインタビューというのはインタビュアーが、毎日日替わりで持ち回りなんです。
松井選手の試合後インタビューがテレビで流れますが、あれは必ずテレビ局の誰かがインタビューをしないといけないシステムになっていて、順番に回ってきます。

 当時のヤンキースでは50~60人が松井選手についていて、そんな中で代表インタビューを初めてやった時、松井選手から「インタビューちゃんとできるじゃん」と言われて(笑)。
そこが初めて認めてもらった瞬間かも、と感じたことはありました。松井選手はきっとそんなこと覚えてないと思いますが(笑)。

『FOOT×BRAIN』プロデューサーが語る「学生時代の留学経験とテレビ東京 スポーツ局入社までの経緯」/前編
『FOOT×BRAIN』プロデューサーが語る「番組の裏側とメディアで働くことについて」/後編

株式会社テレビ東京
スポーツ局 スポーツ番組部
加固敏彦(かこ としひこ)

1974年7月19日生まれ、東京都出身。
1997年株式会社テレビ東京入社。スポーツ局に配属され、スポーツニュースの記者、スポーツ中継のディレクターとして活躍。
2002年日韓W杯ではテレビ東京W杯放送の総合チーフ、2004年アテネ・2008年北京五輪ではディレクターとして現地取材を務める。
2005~07年はニューヨーク支局に勤務し、メジャーリーグを担当。
2011年4月より「FOOT×BRAIN」のプロデューサーを務め、入社以来19年間スポーツ局一筋。

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