2018.11.13

「スポーツビジネスのトップランナーに聞く」第2回:中村武彦さん(Blue United Corporation)<前編>

『ワールドサッカーキング』編集長。元プレミアリーグ、ブンデスリーガ担当。好きなクラブはサンダーランドと名古屋グランパス。

 取材する前から、名前は知っていた。さまざまな媒体で、主にMLS(メジャーリーグサッカー)のビジネス面の仕組みについて、彼がわかりやすく解説している記事をいくつも目にしたことがあった。だから、中村武彦さんが海外での豊富な経験と知識を持つ、スポーツマネジメントの第一人者だということも知っていた。

 それでも、取材前に中村さんのプロフィールを調べたときは驚かされた。試しにwikipediaを見ていただきたい(これが正しい情報だということは、取材時に本人に確認した)。アメリカでスポーツマネジメントを学び、その後はMLSの国際部を皮切りにして、アメリカとヨーロッパを股にかけ、数々のプロジェクトに従事してきた。職務経歴書を書いたら、軽く10ページは超えそうだ。

 株式会社フロムワンが運営するFROMONE SPORTS ACADEMYでは、12月に中村さんを招き、特別セミナーを実施する。今回のインタビューでは、そのセミナーの内容を簡単に説明していただく……つもりだったのだが、まずは彼の華々しいキャリアパスについて、話を聞いてみたくなった。スポーツビジネスに興味があり、今後のキャリアを模索している若い人たちにとっては、きっと有意義なインタビューになっているのではないかと思う。

中村武彦(なかむら たけひこ)さん
Blue United Corporation
President & CEO
(写真=兼子愼一郎)

──まずは中村さんの一風変わったキャリアの話からお聞きしたいと思います。これまでの経歴を拝見しますと、本当にいろいろなことをされてますね。
中村武彦 「何やってるんだ」と聞かれると、自分でもなかなか説明がしづらいです(笑)。

──ただ、一貫しているのはサッカーに関わっていること、それから、海外と日本の間に立ってつなぐことですね。サッカーの何が好きですか?
中村武彦 何だろう? 自分でもよくわからないです(笑)。小さい頃にいろんな習い事をさせられた中で、続いたのがサッカーだけなんです。だから明確な答えはないんですけど、今でも楽しくプレーしていますね。

──青学大のサッカー部でプレーされて、卒業後はNECに就職。キャリアの最初はスポーツに関係のない業界だったんですね。
中村武彦 ずっとサッカーしかやってこなかったんですが、社会に出て初めて、いろいろ考え始めましたね。ひとつのきっかけは、アメリカに研修に行ったときです。NEC現地法人の子会社を立ち上げるプロジェクトだったんですけど、上司と一緒に会議に出ると、向こうはマーケティングの話ならMBA(経営学修士)を持った専門家が出てくる。財務諸表の話になると、今度はCPA(公認会計士)の人が出てくる。契約書の話になると弁護士が出てくる。それぞれの分野に専門家がいて、僕を見て「なんでこの会議に営業部の人間がいるんだ?」という顔をするわけです。このままNECにいれば、いろいろな分野を少しずつ経験して、横には伸びていくだろう。でも、彼らのような専門家は上に伸びていく。何年かしたらすごい差ができてしまうと思いましたね。

──なるほど。何かの専門家にならなければ、と思ったわけですか。
中村武彦 そうです。あとは、NECに元船乗りの方がいて。話を聞いたらSE(システムエンジニア)で、船に乗りたいから一度仕事を辞めて、船乗りになって、またSEとして帰ってきたと。専門家であればそういう生き方も可能なんだ、と衝撃を受けました。それから、たまたまワシントンに出張があって、当時できたばかりのDCユナイテッドの試合を見に行って、「自分が育った国にまたプロサッカーリーグができたんだ」と感動したり……。いろいろなことが重なったんですよね。

──ちょうどそんな時期ですね。北米サッカーリーグは1980年代に一度消滅して、MLSとして新しくスタートしたのが1996年でした。
中村武彦 当時、僕が所属していたのは高速光ファイバーを売る部署でした。海外のキャリアネットワーク向けに、海底ケーブルを敷いたりする仕事なんですけど、これが全く興味がわかない(笑)。上司に「これ読んどけ」って資料を渡されても眠くなるだけだし、仕事が終わったら駅でサッカー雑誌を買って読んでました。「これが自分の仕事だったら、すごい知識があるのにな」と思いながら(笑)。そんな風に、とにかくいろんなことを感じた2年半でしたね。

──それでNECを退職して、留学を決心するわけですね。僕は中村さんと同じ1976年生まれなんですが、当時はとんでもない就職氷河期でしたよね。せっかく大企業に入れたのに、「もったいない」と思いませんでした?
中村武彦 最初は「大企業だ」と思って喜んで入ったんですけどね(笑)。でも、“その他大勢”である自分が嫌になってくるわけです。毎日、満員電車に乗って、家から会社まで1時間半、往復だと3時間かかる。24時間のうち3時間だから、生活の8分の1も電車で過ごすのは嫌だなあ、とか。当時は月曜に会社に行くと、ひたすら「金曜になれ、金曜になれ」と思っていたんです(笑)。月曜からデリートキーを連打しているような気がして……。土日は楽しいけど、また月曜は憂鬱、というのも嫌でした。「1週間のうち5日間はデリートして生きているのか」と。

──そこは共感する人がたくさんいると思います(笑)。ただ一方で、目の前の仕事に不満があったとしても、道を変えたり、レールを飛び出したりすることに対して、恐怖感がある人もたくさんいると思うんですね。
中村武彦 今だからわかるのは、めちゃくちゃ自分を信じることですよね。その時は思っていなかったですよ。今だからわかるんですけど、自分が自分を信じていると、助けてくれる人が現れるんです。でも、自分が自分を信じていないと、周りも助けてはくれない。だから最低限、自分が自分を信じていれば大丈夫かな、と思います。NECを辞めたときは給料も安かったし、別に後悔することはないと思っていました。退職金もその日のうちに消えましたし(笑)。

──その後、2002年にUMass(マサチューセッツ州立大学)に留学。2005年にMLSの国際部に入り、そこからFCバルセロナ、リードオフ・スポーツマーケティング社と職場を変えながら、本当にいろいろなプロジェクトに関わってこられましたね。まず驚くのが、このフットワークの軽さです。
中村武彦 だいたい、1個のことを成し遂げるのが3年かな、と思っていて。今は42歳なんで、60歳までに……60を過ぎると今のように動けないと思うので、あと18年で何ができるか考えると、6個しか夢が叶えられない。そう思うと急がなきゃ、という気持ちがひとつ。もうひとつは、いつか日本に帰りたいと思っているので、そのときに、JFK空港に立って、もう日本に帰るときに、「あ、あれをやり忘れた」と思うのが嫌だなと。だから、「やりたいことリスト」を作って消していくようになりましたね。

──つまり、まだまだやりたいことがたくさんある?
中村武彦 ありますね(笑)。自分の場合は目標を作って、それに向かって進むことしかできないんです。何となく進む、ができない。たとえば陸上の選手は、「取りあえず走ってろ」と指示されても走れないらしいんです。「これがいつまで続くんだろう」と思ってしまう。そうではなく、「来月に記録会がある、その先に大会があって、いつまでにこのタイムを切らなくちゃいけない。その先にオリンピックだ」と言われると、選手はいくらでも走れるというんです。何のために練習するかわかれば、それを苦痛には思わないと。それと一緒かな、と思います。

──ただ、あくまで外から見た印象ですけども、そこまで計画を立てていらっしゃるわりには、あまり打算的に動いていないような気もするんですよね。新しいチャレンジが目の前にあるとき、「よし、やってみよう」と気軽に決心できてしまうんですか?
中村武彦 「あまり考えてもしょうがないな」とも思いますし、ご縁をいただけるタイミングもあります。自分から動いたのではなく、たまたま話が来て、「ここで動いたほうがいいのかな」という。あとは、人生ってうまくできていて、自分が選択したほうがいいと思うように人間の頭はできていると思うんです。たとえばAとBがあってAを選んだあとに、Bならどうなっていたかは知りようがない。Aが最良の判断だったと自分に言い聞かせるんです。だから、自分がAと決めたら、「いい選択をしたなあ」と思うようにしてますね(笑)。

──毎年のようにさまざまなプロジェクトを手がけ、ステップアップしていく、すごく順調なキャリアのようにも見えます。どこかで挫折したとか、「あの時は大変な思いをした」とか、そういう経験はなかったんですか?
中村武彦 いや、どこに行っても最初は大変でしたよ。UMassに行ったときは言葉がしゃべれなかったし。アメリカで10歳まで育ったので“耳”と“口”は残ってるんですけど、単語がすっぽり抜けていたんですね。当時はスマホもないので辞書を持ち歩いて、なんとか慣れていきました。MLSに入ったときも、最初は日本人なんかいらないと言われたし、就労ビザも取らなくちゃいけなかった。バルセロナに行ったときも、最初は完全に部外者扱いでした。その都度、大変なことはありましたよ。

インタビュー中編はこちら

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