2018.11.16

「スポーツビジネスのトップランナーに聞く」第2回:中村武彦さん(Blue United Corporation)<中編>

『ワールドサッカーキング』編集長。元プレミアリーグ、ブンデスリーガ担当。好きなクラブはサンダーランドと名古屋グランパス。

 新卒で入ったNECをあっさりと辞め、アメリカでスポーツマネジメントを学び、MLS(メジャーリーグサッカー)、FCバルセロナ、リードオフ・スポーツマーケティング社と働く場所を変えながら、日本と海外をつなぐサッカービジネスのスペシャリストになっていく――。前編では、中村武彦さんが築いてきた目まぐるしいキャリアについて話を聞いた。

 その彼が、他のどのプロジェクトにも増してこだわっている大会が、パシフィック・リム・カップだ。アメリカとアジア、いわゆる環太平洋地域のクラブがハワイに集まり、大会を行う。その構想は中村さんがアメリカ留学時代に考えたもので、彼はMLS時代の2008年、「パンパシフィック・チャンピオンシップ」として企画実現にこぎつけた。その後、主催者の都合で終了(2012年に一度復活)したこの大会は、2018年に「パシフィック・リム・カップ」として、再び中村さんの手によって復活することになった。

 株式会社フロムワンが運営するFROMONE SPORTS ACADEMYでは、12月に中村さんを招き、特別セミナーを実施する。これはその前段として、彼がどんな人物なのかを紹介するためのインタビューでもある。パシフィック・リム・カップについて語る中村さんの言葉には、冷静なビジネスマンの観点と、このスポーツを愛する“サッカー人”の思いが入り混じっていることがわかるだろう。その詳細は、ぜひセミナーで彼自身の口から聞いてほしい。

中村武彦(なかむら たけひこ)さん
Blue United Corporation
President & CEO
(写真=兼子愼一郎)

――中村さんはスポーツビジネスの世界で、本当にさまざまなプロジェクトを手がけてきました。その中でも、一番の転機になったお仕事は何でしょうか?

中村武彦 それはやっぱり、パシフィック・リム・カップのプロジェクトですね。2008年に「パンパシフィック・チャンピオンシップ」として始まり、オーナーが変わって2009年大会でストップして、2012年に新しいオーナーが来て、「ハワイアン・アイランズ・インビテーショナル」という名前で復活したのが、また止まってしまった。それから2018年までは大変でした。これをどうやったらまた復活できるのか。2015年に、自分がオーナーになるしかないと思って独立しましたけど、実際は自分1人で、オフィスもなかったし、スタッフもいなかったですから。

――それが今の、ブルー・ユナイテッド(http://www.blueutd.com)という会社のスタートになるわけですね。ご自分の会社でどういうことをやろうと考えていたんですか?

中村武彦 会社の体制を整えたとき、最初はコンサルタントとして始めたんです。でもコンサルというのは結局、クライアントの事業次第で自分たちも影響を受けるので、自分がビジネスを運転するわけじゃないんですよね。言わばぶら下がっているだけなので、あまりスケールしない。もっと稼ごうと思ってコンサルをもう1件取ってきても、会社にもう1人雇わなければ手が回らなくなるんです。クライアントを取ってきて、人を雇って、と続けていけば売上は増えますが、単純に足し算をしているだけなのでスケールしないんですね。

――売上は上がっていくけれども、ビジネスとしての収益構造は変わらない。

中村武彦 そうなんです。だから、自分がプロパティ(資産)を作ってオーナーにならなければ、と思いました。ぶら下がる側じゃなくて、自分がぶら下がるモノを作らないとダメだと。それでパシフィック・リム・カップを作ってオーナーになったり、eSportsのチームを作ったり、留学の部門を作ったり、あと、来年はニューヨークにサッカースクールを作ろうと計画していたり。プロパティのオーナーにならないと、プロパティや権利を仕入れて売る、という仲介業では一生やっていけないと思ったんですね。でも、それは後から気づいたことでもあります。「こうしたらいいのか」とやりながらわかっていったので。

――パシフィック・リム・カップを創設するときに、一番難しかった部分はどこでしたか?

中村武彦 それはもう、オーナーを探すところです。なかなかオーナーになってくれる人がいないので、これは自分でやるしかない、と思うまでが苦しかったですね。踏ん切りがつくまでは。

――実際のオペレーションではなく、腹を決めるのが一番難しい部分だった。

中村武彦 そのときは39歳だったので、40歳までにやりたいと思っていました。それと、これで失敗しても後悔は残らないかなと。大会をやってみて失敗したのであれば納得がいきますが、他のことで失敗して、このプロジェクトに手をつけられなかったら、そのほうが後悔すると思ったんです。

――2018年の2月に第1回大会が開催されました。大会を実現できたことで、どんな成果を得られましたか?

中村武彦 あのときはコアの運営部隊が15人くらいいて、その中で実際に大会を運営したことがあったのは、自分を入れて3人しかいなかったんですね。それ以外の12人は国際試合どころか、サッカーの試合の運営もしたことがなかった。さらにその周りの人たち、現地のボランティアの人を含めると総勢200人のスタッフのうち、3人しか経験者がいないわけです。だからもう、1年目は鬼でした(笑)。

――鬼ですか(笑)。

中村武彦 鬼のようにみんなに教えて。次回大会はそのぶん、自分がある程度手を離しても大丈夫ですね。スタッフが1回通しでやっているので、どういう問題があるかわかっていますから。

――大会の結果についてはどうですか。北海道コンサドーレ札幌とバンクーバー・ホワイトキャップスが決勝戦を戦い、札幌が優勝しました。

中村武彦 この大会の結果だけ見れば、アジアのほうが強いですね。過去、2008年と2009年、2012年も日本か韓国のチームが優勝しています。

――ハワイのお客さんの反応はどうでしたか?

中村武彦 予想以上でした。第1回の達成目標のひとつは、2日間合計で観客動員数1万人という数字でしたが、その目標を超える1万1659人が見に来てくれました。そもそも、ハワイにプロスポーツのフランチャイズはないんです。理屈上、ハワイで生まれた子たちは、島の外に行かない限りプロスポーツを生で見ることがない。だから、そんな子たちにプロスポーツを見せることができたのはうれしかったですね。実際、2008年の大会のときに10歳くらいだった子が、生でプロサッカーを見て感化されて、今はハワイ大学の女子サッカー部のスター選手になっているんですね。その子がわざわざ来てくれて、「あの大会のおかげで今でもサッカーを続けられている」と言ってくれたんですよ。

――大会を開催する以外にも、地元のためにいろいろな施策を行ったと聞きました。

中村武彦 「ファンドレイジング」という仕組みで、地元のサッカーチームにチケットを売ってもらいました。チームがチケットを売ってくれたら、売上の50パーセントをそのチームに寄付する、というやり方です。それで新しいボールを買ったり、ゴールネットを買い替えたりしてくれればいいと思って。それから、無料のサッカークリニックも企画しました。最初は70人の予定で開催を発表したら48時間で300人が集まって、全員受け入れました。そうやって、ハワイの子供たちに向けてサッカーを盛り上げることができたのは、個人的にうれしかったですね。

――聞く順番が前後しますが、そもそも、どうしてハワイだったんですか? 日本で、あるいはアメリカで開催するほうがずっと簡単な気もするんですけど……。

中村武彦 MLSで働いた5年間で、僕は国際試合を150試合くらいやってるんです。結構、へんぴな土地にも行くんですよ。何もない土地で試合をしていると、スタッフもテンションが下がる。「さっさと試合して出ようぜ」みたいなね。せっかく試合するなら、どこか楽しい場所でできないかなあ、と考えたのが最初のきっかけです。ハワイで試合ができたら楽しいし、仕事でハワイに行けたらいいよね、という不純な動機(笑)。ただ、そうすると手伝いたいという人もたくさん出てくるんです。

――発想のきっかけはシンプルなんですね。次回の大会に向けては、今度どんな仕掛けを考えていらっしゃるんですか?

中村武彦 次回大会の開催を目指して準備を進めています。第1回大会では子供向けのサッカークリニックが大成功だったので、これはぜひ継続したいと思います。あと、高校のオールスターというのがあって、州の大会が終わると高校生のオールスターが発表されるんですが、発表されておしまいなんですね。そのチームを実際にプレーさせようと企画しています。日本から高校選抜チームを連れて行って、ハワイの高校サッカーのオールスターと試合をする。それからもちろん、プロのチームも試合をする。子供、高校生、プロという形で、1週間を通してサッカーに触れる。今後はそこに、女子の大学サッカーを入れてもいいし、eSportsを入れてもいいし、各世代でみんなが楽しめるサッカーウィークにしていけたらいいなと思ってます。

――それ、いいですね。地元のサッカーをしてる子たち、サッカーが好きな人たちのインサイトにすごくかなっていると思います。

中村武彦 地元にとっていいことだと理解してもらうと、地元も協力してくれるんですよね。1年目は地元の企業に一切営業しなかったんです。まず見てもらって、「これいいね」と思ってくれれば、今後力を貸してくれるのではと思って。彼らが払ったお金が、誰かのポケットじゃなくてちゃんと地元で使われているとわかれば、みんなハッピーですよね。だいたい、スポンサーから入るお金は運営費で消えるんですよ。地元のスタジアムに払うし、ホテルや地元の飲食店にも払うし、入ってきたお金を返してるだけなんです。

――とすると、ビジネスとして、この大会をどうやって大きくしていこうと考えているんですか?

中村武彦 大会の価値を上げることですよね。よく言っていることですが、P/L(損益計算書)だけを見て、黒字だとか赤字だとか言ってもダメなんです。サッカーチームも一緒ですけど、赤字だからお荷物球団だとかじゃなくて、資産価値がどれくらいあるのかを見ないと。たとえばMLSのニューヨーク・シティFCはP/L上では約118億の赤字です。でも、『フォーブス』誌の発表では、チームとしての資産価値は約275億円もある。つまり、そのチームを持っていることによって、キャッシュの出入りでは約118億の赤字だけど、バランスシート上は利益が出ている。最悪の場合、全部売ってしまえば100億円を超える利益になります。そういう考え方でいけば、まず大会の価値を上げることが最も重要ということになります。こういった考え方はなかなか、まだ日本にはなじみがないんですけど。

――価値を上げるためにマーケティングして、施策を打つ。つまりブランディングということですね。

中村武彦 そうです。そのために試合だけじゃなく、他の企画をつけ加えていくことで、この大会全体の価値を上げていきたいですね。

インタビュー前編はこちら
インタビュー後編はこちら

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