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グアルディオラ監督も心酔する、ビエルサ監督の革命的なサッカーとは

2012.04.20

 一騎討ちの様相を呈するレアル・マドリーとバルセロナ。両者の戦いは欧州の舞台でも話題の中心となっている。しかしここにもう一つ、注目すべきクラブがある。マルセロ・ビエルサの下、超攻撃的なパスサッカーを実践している《バスクの雄》アスレティック・ビルバオだ。国内外の舞台で、彼らは新たな挑戦を続けている。
 

文=ホセ・ルイス・カルデロン 翻訳=オフィス・アドオン 協力=EIS 写真=フォトスポーツ
 

スペインサッカーから目が離せない終盤戦

 スペインにも春が到来し、トレーニングを終えて家路に就く選手たちが半袖で車に乗り込む季節になってきた。我々番記者は、選手たちの服装の変化で季節の移り変わりを感じ、シーズンがどのあたりまで進んだのかを理解する。長袖から半袖への変化は、シーズンがいよいよ大詰めを迎えていることを意味している。
 
 リーガ・エスパニョーラではレアル・マドリーが首位をキープし、チャンピオンズリーグ(以下CL)では王者バルセロナとマドリーが4強入りを果たした。コパ・デル・レイではバルサとアスレティック・ビルバオが決勝で激突する。
 
 リーガでは一時、マドリーが独走状態となり、バルサのジョゼップ・グアルディオラ監督もリーガ制覇を諦める発言をしていた。しかしその後、マドリーは勝ち点を取りこぼし、最大で10あったバルサとの勝ち点差が第33節終了時で4ポイントにまで詰まっている。アウェーでのクラシコを含む残り試合を考えれば、この差は簡単に守り切れるものではない。念願だったリーガのタイトルをほぼ手中に収めたと思われていたジョゼ・モウリーニョだが、最終的にすべてを失う可能性も消えてはいない。もしそうなれば、彼が自宅を購入したと報じられたロンドンや具体的なオファーがあったとされるマンチェスター、または蜜月時代を過ごしたミラノへと旅立つ可能性も現実味を帯びてくる。
 
 つまりマドリーとバルサの間にある4ポイント差の行方は、モウリーニョが巻き起こす様々な事件の未来をも左右しているのだ。私はこのコラムで過去にモウリーニョのサッカーを称賛したことはほとんどないと記憶しているが、それでも彼の希有なキャラクターは高く評価しており、今後もスペインで指揮を執り続けてほしいというのが正直な気持ちだ。
 
 どんな可能性も想定できるリーガの優勝争いだが、それはCLでも同じことだ。バルサとマドリーは、いずれも準決勝を突破し決勝で相まみえるだけの力を持っている。モウリーニョは「決勝進出が確定しているのはバルサで、彼らの対戦相手がどのクラブになるかが話題の中心となるだろう。なぜかって? なぜなら彼らは《強い》からだ」と語っている。この言葉の裏には、バルサが審判から優遇されているという皮肉が込められている。
 
 彼が純粋にバルサを称賛したことは、マドリーの監督になってから一度もない。このような発言が単なる負け惜しみに終わらないためには、マドリーがバルサよりも強いことをピッチ上で示さなければならない。CLの決勝で両者が対戦することになれば、これ以上の舞台はないだろう。
 

ユナイテッドを倒したバスク地方の雄

 ところで、バルサやマドリーが中心的役割を担うリーガやCL、コパ・デル・レイの他にも、話題とすべき重要な大会がある。それはヨーロッパリーグ(以下EL)だ。皆さんもご存知の通り、同大会のベスト4にリーガからアトレティコ・マドリー、バレンシア、ビルバオの3チームが勝ち上がっている。この中で、特に大きな驚きをもたらしているのがビルバオだ。《バスク純血主義》を貫くこのクラブのことはヨーロッパでも広く知られているが、今回はELで世界屈指の強豪であるマンチェスター・ユナイテッドを打ちのめし、一大センセーションを巻き起こした。
 
 昨シーズンのCL決勝後、ユナイテッドのアレックス・ファーガソン監督が何と言ったか、皆さんは覚えているだろうか? バルサのパスサッカーに敗れ去った老将は「我々もバルサを目指す」と宣言したのだ。実際、その言葉通りユナイテッドはプレシーズンから小気味良くパスを回すスタイルに取り組んでおり、変革を予感させていた。
 

EL準々決勝でマンUを撃破し、一大旋風を巻き起こしている

 しかし、その挑戦は成功しなかった。選手たちはバルサのように少ないタッチ数でボールを動かすことを心掛けたが、相手がそのスタイルに対抗して守備を固めると、ボールを動かすスタイルを放棄してしまった。全く未経験の戦術であるため、相手にリトリートされた状況でどのようにボールを動かすべきか、どのようにリズムチェンジすべきなのかを、ファーガソンも選手たちも知らなかったのだ。
 その結果、ユナイテッドは自陣からパスを小刻みにつなぐスタイルを捨て、パワーとスピードで優位に立つ前線の選手に素早くボールを展開する《本来のスタイル》へと立ち戻っていった。
 
 私がユナイテッドについて述べたのは、彼らを倒したビルバオと比較するためだ。ビルバオは、スペインのクラブにしては珍しく《屈強なサッカー》を伝統とするチームだ。《イングランド的》と言い換えることもできるだろう。バスク地方は雨が多く、ビルバオの本拠地サン・マメスのピッチはシーズンの大半を通じてぬかるんだ状態となっている。そこではパスを小刻みにつなぐより、前方に大きく蹴り出してフィジカル勝負に懸けるほうが、重馬場に走り慣れていない相手を苦しめることができる。イングランドからフットボールが伝えられた土地であることだけでなく、そういった地理的要因がビルバオ独自のスタイルを築き上げてきたのだ。だが、今のチームは全く違うスタイルを確立させ、その歴史の中でも特殊な存在となっている。
 

ビルバオを変革させたビエルサの高度な戦術

 中盤の要であるハビ・マルティネス、そしてエースストライカーのフェルナンド・ジョレンテは、まさにビルバオを象徴するようなパワフルで屈強な選手だ。しかし彼らの周囲で攻撃をつかさどるイケル・ムニアインやアンデル・エレーラは、体格には恵まれていないものの優れた戦術眼と高度なテクニックを特長としている。
 
 そして、現在のビルバオは彼らの能力を最大限に引き出す戦い方をしている。ボールを持てば直ちに前線に蹴り込むスタイルではなく、スペースへと走り込む選手にパスをつなぐプレーを連結させ、相手陣内へと攻め上がっていく。その中でムニアインのドリブルやアンデルのパスがエッセンスとなり、攻撃に意外性が加味される。チーム全体がしっかりとボールをつなぐスタイルを実践できているのは、《エル・プロフェソール》(教授)の異名を持つマルセロ・ビエルサ監督の指導のたまものである。
 
 以前にもこのコラムでも書いたと思うが、ビエルサは世界屈指の戦術家だ。アルゼンチン代表やチリ代表で披露してきた組織的な超攻撃サッカーを見れば一目瞭然だろう。あのグアルディオラがバルサの監督に就任する際、わざわざアルゼンチンまでビエルサを訪ねて戦術論を交わしたというのは有名な話だ。
 
 しかしその戦術があまりに高度であるがゆえ、またアルゼンチンとスペインにおける若干の手法の違いもあり、ビルバオというチームにその攻撃的スタイルを浸透させるのには多少の時間を要した。実際、シーズン開幕直後は6試合で2分け4敗というクラブ史上最悪の成績を残し、ビエルサ解任論すら高まっていたほどだ。
 
 しかし、時間が経つにつれてチームの連動性が目に見えて高まっていき、激しい打ち合いの末に2-2の引き分けとなった第12節のバルサ戦は「ポゼッションサッカーを志向するチーム同士の対戦の未来型」とまで称賛された。自陣に引き下がることなく、最終ラインを高く保った状態でバルサと互角に打ち合うという戦い方は、グアルディオラがバルサを率いて以来、ほとんどのチームが敬遠していた。そして、それを実践しようとしたチームは、モウリーニョのマドリーやファーガソンのユナイテッドに代表されるように、完膚なきまでにたたきのめされた。
 
 では、なぜビエルサのビルバオはバルサと互角に打ち合うことができ、ユナイテッドをELから追い出すことができたのだろうか。それは《4人目の動き》を追求するビエルサ特有のスタイルによるところが大きい。スペインの育成世代では3人目の動きを追求するため、4人目の動きを追求するビエルサのスタイルに選手がなじむまでに時間が掛かった。
 
 だが、ひとたびビエルサのスタイルが身につけば、3人目の動きを生み出すための連係プレーを続けることに長けているスペインの選手たちは、その持続性を4人目の動きを生み出すための連係においても発揮するようになる。つまり、複数の選手でボールを運ぶプレーが体に染みついている選手たちとビエルサの戦術が調和し、ビルバオは革命的な変化を遂げるに至ったのだ。
 
 ビエルサは「グアルディオラはサッカー界に革命をもたらした」と語っているが、そのグアルディオラをして「ビエルサのサッカーは現在のサッカー界で唯一無二のものだ」と言わしめている。今ではグアルディオラがバルサの監督を退任した際の後任候補筆頭として、ビエルサの名前が挙がっているほどだ。
 
 ビエルサのビルバオは、果たしてスポルティングとの準決勝を制して決勝へと駒を進めることができるのだろうか。サッカーを変革し得るチームがCLに次ぐ大会の決勝を戦うことは、実に重要なことだと私は考えている。そして、その対戦相手となるのはアトレティコかバレンシア、いずれもリーガのチームだ。これも、何かを象徴しているのかもしれない。
 
 今シーズン開幕前、「リーガはマドリーとバルサの一騎討ちで退屈だ」という声は実に多かった。だが、リーガ全体のレベルが低いために2強状態になっているのではないことは、ビルバオの躍進によって誰の目にも明らかになっている。リーガはマドリーとバルサだけのものではない。今回、改めて紹介したビルバオを始め、独創的で魅力的な攻撃サッカーを実践しているチームは多い。そんな素晴らしいリーグ戦のクライマックスを、皆さんにも存分に楽しんでいただきたい。

【関連リンク】
セカンドレグでの巻き返しを誓うビエルサ「まだ可能性がある」

 
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