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ヴェンゲル・イズムは健在、若き才能とともに歩む明るいガナーズの未来

2012.01.04

 経験豊富な選手を大量補強した昨夏のアーセナルの強化策を見て、アルセーヌ・ヴェンゲルの方針が変わったと断言するのは時期尚早だ。プレミア屈指の若手信望者はしっかりとクラブの未来を見据えている。

文/翻訳協力=リチャード・ジョリー/田島 大

■誰もが目を疑ったヴェンゲルの補強戦略

 移籍市場のラスト2日間でキャリア豊富な即戦力を5人獲得した監督ーー。この情報を聞いて大半のサッカーファンは、“商売上手”なハリー・レドナップ(トッテナム)やニール・ウォーノック(QPR)を連想するだろう。よもやアルセーヌ・ヴェンゲルのことだとは夢にも思わないはずだ。

 しかしこの夏、アーセナルの指揮官は移籍市場のラスト36時間でパク・チュヨン、アンドレ・サントス、ペア・メルテザッカー、ミケル・アルテタ、ヨッシ・ベナユンの5人を獲得した。この行為に、多くのメディアはヴェンゲルらしからぬ“パニック・バイ”だと指摘。「イングランドサッカー界における究極の若手信奉者は、強化方針を改めてベテランに走ったのか?」と騒ぎ立てた。ヴェンゲルは30代の選手をめったに獲得しないだけでなく、複数年契約を提示することさえためらう。その結果、2006年にロベール・ピレス、その4年後にはウィリアム・ギャラスを失ってきたことは周知の事実だ。そう考えれば、これまでダイヤの原石を好んで獲得してきた指揮官は、やはり完成された選手の獲得へと路線変更したと思うのも無理はない。

 エヴァートンで6年間プレーしてきたアルテタは「僕にはイングランドでの経験がある」と言う。ヴェンゲルもこの経験を重視し、「彼はチームを束ね、肝心なところで守備もしてくれる」と彼にリーダーシップを求めた。アルテタはその期待に応え、ロビン・ファン・ペルシーやトーマス・ヴェルメーレンと並んですっかりチームの核に位置づけられている。また、28歳のA・サントスについては「チャンピオンズリーグの経験があり、最高峰の舞台で戦える」と説明。9月に27歳となったメルテザッカーについては「試合の流れを読むことに長け、チームを落ち着かせてくれる」とその成熟度をたたえている。

 このように、新戦力はすぐに存在感を示し始めた。22歳以下の選手がピッチ上に7人もいた8月のマンチェスター・ユナイテッド戦での大敗から、チームは大きな変貌を遂げている。これらを踏まえると、“衝動買い”と思われたヴェンゲルの補強も、必要に迫られた必然策と思えてくる。年齢に関係なく、開幕直後はファーストチームの頭数が足らなかったことは隠しようのない事実だった。そして2ー8の大敗を喫したチームの特効薬には、経験豊富な新戦力が一番有効だったのだ。

 ただ、決して理想的な補強ではなかった。その理由はいくつかあるが、単純に移籍期間終了間際に移籍が許される選手は限られている。当初、センターバックの第一候補はマンチェスター・ユナイテッドに引き抜かれたフィル・ジョーンズだったし、ボルトンと金額が折り合わずに獲得を断念したのは、メルテザッカーより1歳若いガリー・ケーヒルだった。また、セスク・ファブレガスの長期的な後釜としてヴェンゲルが目をつけていたのはドルトムントの19歳、マリオ・ゲッツェである。しかし、リールのエデン・アザールと同様、ゲッツェが今夏の移籍を認められることはなかった。

■今夏の補強は応急処置ポリシーはいまだ健在

 今夏のファブレガス、サミル・ナスリ、ガエル・クリシの移籍には2つの共通事項がある。3人とも若くしてアーセナルに加入し、高額の移籍金で売却されたこと。それは、かつてのパトリック・ヴィエラ、ティエリ・アンリ、コロ・トゥレ、エマニュエル・アデバヨールなどについても言えることだ。この売買の連鎖が6年連続の無冠に影響したのは事実だが、彼らを高値で売れたことはヴェンゲルのビジネスマンとしての才能をこれ以上ないほど物語っている。

 サッカー界の成功は本来、ピッチ上での結果のみで測られるべきだが、安く買って高く売るという行為はどんな分野においても絶対的なやり方なのだ。

 アーセナルは、ヴェンゲルの方針により新スタジアムを手に入れた。アメリカ人投資家のスタン・クロエンケがクラブの株を集め始めた理由も、クラブのビジネス面での成功にある。指揮官を支持するクロエンケは、ヴェンゲルを買い物上手なベースボール界のある人物と照らし合わせた。ブラッド・ピット主演の映画『マネーボール』の題材となったオークランド・アスレチックスのGMを務めるビリー・ビーンである。

「ビーンはアメリカで非常に有名なんだ。その彼の憧れがヴェンゲルなんだよ。なぜだか分かるかい? お金を最大限に有効利用できるからだ。プロのスポーツ界で成功を収めるとは、そういうことなんだ」

 この言葉こそ、ヴェンゲルがこれまでのポリシーに立ち帰ることを許可する青信号だろう。アーセナルにとってピッチ上での最大の財産は、セオ・ウォルコット、アーロン・ラムジー、ジャック・ウィルシャー、ヴォイチェフ・シュチェスニー、そしてファン・ペルシーといった若くしてアーセナルに連れてこられた選手たちだ。一方、27歳の時にクラブレコードの約26億円で加入したアンドレイ・アルシャヴィンは、後々に大きな損失となる恐れがある。来年3月で30歳となるアルテタも、アルシャヴィンと同じ分類だろう。

 夏はベテランの獲得ばかりが目立ったが、最も注目すべきはアルテタより11歳若い新戦力かもしれない。アレックス・チェンバレンは出場機会こそ限られているが、既に大器の片りんを垣間見せてウォルコットを超える逸材だと言われている。その他にも成長著しいフランシス・コクランらがユースから昇格した。彼らには明るい未来が約束されている。

 新星チェンバレン、そして抜け目のない輸入品となったジェルヴィーニョなど、大局的に振り返ればこの夏もヴェンゲルのスタイルは健在だった。違和感をもたらしたベテランの大量補強は、若い世代がポテンシャルを最大限に発揮するまでの“つなぎ”であり、応急処置に過ぎないのだ。

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【浅野祐介@asasukeno】1976年生まれ。『STREET JACK』、『Men's JOKER』でファッション誌の編集を5年。その後、『WORLD SOCCER KING』の副編集長を経て、『SOCCER KING(@SoccerKingJP)』の編集長に就任。『SOCCER GAME KING』ではCover&Cover Interviewページを担当。

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