2015.04.03

ハリルJAPANのスター候補生、永井謙佑が持つ風変わりなルーツと指導

Japan v Tunisia - International Friendly
チュニジア戦に先発した永井 [写真]=Getty Images

 ヴァイッド・ハリルホジッチ監督体制でいきなり日本代表に招集されると、初采配となった27日のチュニジア戦で先発起用されたFW永井謙佑はロシア・ワールドカップに向けた代表のサッカーにおけるキーマンとなる可能性を秘めている。圧倒的なスピードで名古屋グランパスでは1年目から目立った活躍を見せてきた永井だが、福岡大学1年次にU-18日本代表に選出されるまでは無名の選手で、少し風変わりなルーツを持つ。父親の仕事の関係で3歳から5年間、ブラジルで暮らした永井について福岡大学の恩師、乾眞寛監督はこう話す。

「ご両親に彼がブラジルでどのような生活を送っていたのかを聞くと、やはり家の前の道端で裸足でブラジルの子供たちとストリートサッカーをしていたそうです。日本の道路でボールを蹴ったら『危ない』と怒られてしまうし、そういう文化もない。ブラジルのストリートサッカーでは、年齢の壁を超え、ルールも全部自分たちで決めてやっていたいみたいです。空き缶をゴールに見立てたりしながら、裸足で自由気ままにやっていた。今の日本では、サッカー教室とかスクールもまるで塾のようになっていて、そこに行かないとサッカーが出来ないという環境になってしまっていますが、永井は自然にブラジルの子供たちの中に混じってそこで見よう見まねで身につけたサッカーが体の中に、ブラジルのDNAという形で身に付いています」

 高校時代に永井を指導した九国大付属の杉山公一監督は彼の野性味についてこう述べる。

「木にボールが引っかかったらよじ登って取ってみたり、ボールがなくなった時に『見つかるまで帰れないぞ』と言って選手たちに探させると、『本当はお前が隠したんじゃないか?』と勘ぐりたくなるほど毎回必ず永井が見つけてきました。そういう勘というか、野性味というのはありましたね」。

永井謙佑
名古屋でプレーする永井 [写真]=Kazuhito Yamada/Kaz Photography

 実は、杉山監督は福岡大学出身であり乾監督の教え子にあたる。そのため、この師弟関係の中では全国的どころか福岡でもまだ無名だった高校時代の永井が「将来的に化ける」という話しを彼が高2の段階でしていたという。

 乾監督は「速さの質が違った」という言葉を用いて、永井との出会いについて振り返る。

「当時の福岡大学には坪井慶介(湘南)がいて、自分の感覚的にトップレベルの“速さ”というのはわかっていましたが、永井はいわゆる初速が他の選手とは全く違っていました。サッカーの中で特に大事なのが、5~10メートルでどれくらいトップスピードに入れるか、トップギアに入れるかというところなんですが、その入り方が今まで見て来た選手の中でも見たことの無い部類にありましたね。そう感じてから高2の頃からちょっと違うなと彼を見るようになりました」

 他の選手にはない永井の速さを早くから見出し、「化けさせなければいけない」という使命感を持って杉山監督と乾監督は永井の指導にあたっている。その上で両者は長所を本人に気付かせ、徹底的に長所を伸ばす指導を行なった。中でも杉山監督の指導は面白い。「チームで一番下手でした」と高校時代の永井を評する杉山監督だが「お前はヨーイドンで走ったら勝つんだから、ボールが出てから走れ」という指導をしていたという。「よく言われる、パサーとDFラインを同一視野に入れていい動きをするという日本のサッカーのコーチングがあると思いますが、永井は高校までにそういった指導を受けたことがなくてそのまま走るといつもオフサイドになっていました。だから無駄に予備動作を入れずにパスが出てから走れと言っていましたね」

 大学入学と同時にU-18日本代表に入った永井だが、周囲の評価は「スピードはあるが足元の技術や動きの質が足りない」というものだった。実際、乾監督によれば「前を向いて走るのはいいのですが、足元でボールを止めるとか、周りにパスすることは10回のうち9回はとられていました」と話す。しかし、試合で1、2回見せる圧倒的なスピードを「誰にも真似できない永井の武器であり、日本サッカーの宝」と認めた上で、忍耐強く長所を伸ばす指導を継続した。ブラジルのストリートサッカーで培った野性味や持って生まれたスピードなど素材感はプロの世界、日本代表で活躍する永井謙佑を作り上げるために必要不可欠なものだったが、高校、大学で彼が受けた一見風変わりではあるが選手の特徴や将来性を見極めた上での的確な指導も今の彼を語る上で欠かすことのできない要素だろう。