2013.09.09

佐藤亮 スペインフットサルへの挑戦、スペイン1部サラゴサへの移籍

8月31日(土)、フットサル日本代表、Fリーグ・シュライカー大阪の佐藤亮のスペインフットサル1部リーグ、ウマコン・サラゴサへの移籍が発表された。移籍への意気込みを聞くために、出国の日の朝、話を聞いた。

◆2011年、スペイン2部ブレラへ幻の移籍話
佐藤は、2年前にもスペインへの移籍が決まりかけていたことがあった。スペイン2部ブレラへの移籍の話があった時だ。練習参加で実力を認められ、選手契約を交わした佐藤だったが、その夢は手に入る一歩前で、泡のように消えてしまった。

2011年7月、翌年に迫ったFIFAフットサルワールドカップ2012に出場するため、スペインへ行くことで、自分をレベルアップさせ、代表に名を連ねたい、と目論んでいた。しかし、スペイン出国の直前、移籍話は、就労ビザの問題で流れてしまう。「すべての歯車があの時狂ってしまった」と感じるほど大きな失意の中、なかなかモチベーションも上げることができなかった。

◆先輩の背中を追いかけた大学時代
佐藤がフットサルを始めたのは大学時代のこと。大学の先輩には後にスペインリーグ1部で日本人初のリーグ戦出場を果たす高橋健介(バルドラール浦安)がいた。サッカーの延長でフットサルを楽しんでいた学生は、ある日の試合をきっかけにフットサルにのめり込むようになる。

2年生の冬、高橋が当時所属していたプレデター(現・バルドラール浦安)と練習試合を行った。日本フットサル界の人気と実力をファイルフォックス(現・ファイルフォックス府中)と二分していたスーパーチームとの練習試合。「ボールにまともに触れずに、確か32-1で負けたんです。それまではフットサルをなめているところがあって、フットサルのシステマティックな動きを軽視していました。1対1で抜けばいいんだろ、くらいに思っていました。でもこの試合で、フットサルって何だっていうくらいの衝撃を受けたんです」

◆フットサル界に起こした1stサプライズ
フットサルに目覚めた学生は、しばらくして、日本代表ユニフォームを身にまとい、世界的スター・ファルカン率いるブラジル代表と対戦する高橋の姿を見て、「すごいな」と感心するとともに、身近な先輩だったからこそ、「自分にもできる」と感じた。この頃、本格的にフットサルを始めるため、FUGA MEGURO(現・フウガすみだ)に加入。フットサルプレイヤー佐藤亮の物語が幕を開ける。

日本のフットサル界を揺るがしたサプライズを起こしたのは、2009年の全日本フットサル選手権大会。地域リーグの代表として出場したFUGAは、日本のトップリーグであるFリーグのバルドラール浦安、デウソン神戸を撃破、さらには決勝にて、当時Fリーグ3連覇していた王者・名古屋オーシャンズを下して優勝。戦った5試合全てでゴールを決め、キャプテンとしてチームを引っ張った佐藤は、翌シーズン、シュライカー大阪へ移籍する。

◆温もりを感じた「おかえり」の言葉
「フットサルを始めて、FUGAで全日本を優勝して、F(リーグ)へ移籍して。すぐに試合に出れましたし、2009年にはU-24代表にも呼ばれて、海外遠征も経験できた。それでスペインへの移籍だったんですよ」。サッカーからフットサルに転向し、着実にキャリアを積み重ねてきた佐藤が体験した初めての挫折が、2011年スペインへの挑戦ができなかったことだった。「勢いで入れたところや、力以上のものもありましたが、移籍できなくなったことは、やっぱり堪えました」

変わらず接してくれたチームメイト、「おかえり」と声をかけてくれたサポーター、そして変わることのないフットサルへの情熱。時間の経過とともに、多くの人に見守られながら、佐藤は次へのステップを探していく。「カズ(三浦知良)さんが出て、話題にもなったじゃないですか」と語る2012年のワールドカップ。日本フットサル史上初のベスト16に進出した日本代表ではシュライカーのチームメイト村上哲哉もプレー。日本の試合は全てTV観戦した佐藤は、「やっぱりこの舞台に立ちたい」と強く思った。2016年コロンビアで行われるワールドカップで佐藤は31才。フットサル選手の1つの区切りとして、必ず出場したい舞台だ。

◆新生日本代表への選出
2013年、コロンビアを見据えた新生日本代表に佐藤は選出される。3月のスペイン遠征、そして7月のアジアインドアゲームズと続けて代表のメンバーに。アジアインドアゲームズでは、決勝でイランに2-5で敗れたが、準優勝に貢献。

「3月のスペイン遠征が大きかったですね」と日の丸をつけて、スペインのクラブチームと9日間で7試合戦った遠征を振り返った佐藤。「2週間の遠征で7試合という過密日程が、逆に良かったと思います。短い期間でしたが、変化を感じたんですよ。できるプレーが広がって、プレッシャーの速さにも慣れてきて。課題もあるけど、できるという感覚もあって。自分が変化する、うまくなっていると感じられるのが嬉しくて。そんな感覚をスペイン遠征で感じたんですよね。うまくなれるヒントをつかめたというか」

この遠征後、シュライカーのチームメイトである永井義文とスペインに残った佐藤は、スペイン1部のCaja Segovia(カハセゴビア)で1カ月間練習に参加。「セゴビアでは、試合ができないこともあって、試したいことが思ったよりも実践できなかったんです。やっぱり、練習は試合とプレーが違うんですよ。練習は練習用のプレーで、試合の本気さがないんですよね」と、いくつも試合観戦をして、トッププレイヤーの動きを吸収できた反面、フラストレーションも溜まっていった。

◆スペインへ行く準備を始める
「どうしても、今年スペインでプレーする」。高まる気持ちと不完全燃焼を同時に抱え、スペインでのプレーを切望する佐藤は、帰国後、幾つかの行動を同時に起こしていく。まず、前回と同じ轍を踏まないために、スペイン人の代理人にチームを探してもらった。久しぶりのスペインで、プレーには支障がないことが分かった語学力。2年前に止めてしまったスペイン語の学習も再開した。

そして、栄養士と個人契約を交わし、肉体改造にも取り掛かった。それはもちろん、海外移籍を見据え、1シーズン通して、体の大きな外国人選手を相手にプレーするためである。「トレーニング、食事、サプリメント、睡眠と一連の流れで体を気にすることで、体重が5キロアップしました。体脂肪率を維持して、あと2-3キロ増やしたいですね。ポジション的にも対人に強くないとだめですから」と、28才になってからでも変化し続けていけることに、驚きと喜びを感じた。

◆前に出るプレーを磨く
もちろん、プレー自体への影響もあった。スペイン代表のオルティスのプレーを見てからだ。「彼は自分と同じポジションで、体格も同じくらい。でも、ピヴォとの駆け引きやディフェンスだけじゃなくて前に出るプレーなど、参考になる選手。スペインへ行って、戦えるのが楽しみでしょうがないですね」

Fリーグ開幕当初はケガ、その後は、アジアインドアゲームズへの参加などで、今シーズン、佐藤は11試合中5試合でプレーし、5得点。「今までよりも、イメージがいいですね。ポジショニングやボールをもらう前の動き。僕はボールを持って何かをするタイプではないので、速いプレッシャーに慣れてきたことが、いい結果につながっているのだと思います」

◆もはや挑戦ではなく
「2年前のあの日から、絶対スペインでプレーするんだって思っていたんです。あの時は、ワールドカップのため、という風に思っていましたが、今回は、向こうで活躍することが目標というか。しっかりと試合に出て、絶対結果を残してやるって、強く思っています。あんまり挑戦っていう気持ちはないんですよね」と目じりにしわを寄せて笑った。

今まで、スペインに挑戦してきた日本人選手と言えば、第一人者の小暮賢一郎(元名古屋オーシャンズ)や先輩の高橋健介など攻撃的な選手が多い。「僕みたいに後ろ目の選手っていうのは、逆にチャンスなのかな、と思っています。得点という目に見える結果はなくても、チームの中心選手として活躍したい。試合に出られないと意味ないですし。8割方あきらめていたところに突然降ってわいたような移籍話だったので、別れを惜しむ時間もないくらいだったんです。実際、前節の町田戦(8/18)にはまだなかった話なので。ピッチに立った時、初めてスペインに来たと実感するんでしょうね」

◆日本人選手の価値を高める
スペイン1部リーグは、9/14(土)に開幕する。「最初、こいつはどんなプレーするのかな、と見られるじゃないですか。それを徐々に認めさせていく楽しみ。そこに新しい自分を見つけられると思うんですよね。世界のトップだという自負心がある彼らは、日本人に何ができるんだと上から見てくるんですよ。そこで対等に戦えるんだよ、というところを見せつけたい。僕の評価が高まれば、若い世代がより行きやすくなるとも思いますし。今年、スペイン1部で戦う日本人のプレイヤーは僕1人になる可能性が高いので、日本人としての価値を高めたいという想いもあります。日本を代表してやってきたいですね」

待ち望んだスペインへ、炊飯器と体重計、それにサプリメントとフットサルシューズ3足を持って海を渡った佐藤。2年越しの大きな決意を秘めて旅立ったサムライが、フットサル界に2度目のサプライズを起こしてくれるに違いない。

佐藤 亮(Toru Sato) 1985年8月4日生まれ、新潟県出身、180cm/70kg。長岡ビルボードFCでサッカーを始め、帝京長岡高等学校、順天堂大学と進む。大学時代にフットサルと出会い、日本代表を目指す。関東リーグ1部FUGA MEGURO(現・フウガすみだ)の主将としてチームを率い、フットサル全日本選手権で、Fリーグ2連覇中の名古屋オーシャンズを下し、優勝。シュライカー大阪を経て、2013年7月、念願のスペイン移籍を果たす。ポジションはFIXO/ALA。