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サンフレッチェを再建した元社長“こやのん”こと小谷野薫の経営/後編「世の中のトレンドへ感度の高さが必要不可欠」

2016.08.29

インタビュー=青山知雄
写真=小林浩一

 自身をモチーフにしたゆるキャラ“こやのん”が爆発的な人気を博し、サッカークラブの社長という枠を抜け出し、サッカーファンのみならず、広島市民を中心に多くの人々に愛された人物、サンフレッチェ広島元代表取締役社長・小谷野薫氏。

 クラブがJリーグ初制覇を成し遂げた2012年、本谷祐一前社長がクラブ再建の一手として「経営再建五カ年計画」を打ち出した。そして13年1月、その推進の担い手を託されたのが、12年10月から常務取締役を任されていた小谷野氏だった。13シーズンのリーグ連覇、天皇杯準優勝、翌14シーズンのヤマザキナビスコカップ準優勝、AFCチャンピオンズリーグのクラブ史上初のグループリーグ突破など、クラブの成績に後押しされる形で、当初の5年を待たずに、その計画を前倒しで完遂させた。

 クラブの社会貢献やサッカースタジアム建設推進にも尽力し、15年2月に社長を退任した後、3月には広島市長選挙に立候補した。現在はクラブの母体企業でもあり、クラブを持分法適用会社とする株式会社エディオンの取締役管理本部長として、陰ながらクラブの経営を見守っている。後編は、これまでの経験に裏打ちされた俯瞰的な視点から、サッカー業界に求められる人物像を紐解く。小谷野氏から示唆を受けた新しい世代が、日本サッカー界を担っていくという未来は想像に容易い。

「クラブ経営に求められる資質は、世の中の出来事にアンテナを張っていること」

――現在は親会社、スポンサー企業という関わり方ですが、そうした側面からクラブをどのように見ていますか?

小谷野薫 ここでサンフレッチェの現状について言及するのは本意ではありませんので、一般論でお許し願えればと思いますが、クラブのスポンサーの立場からすると、野球のように試合数が多くはないので、より1試合ごとのテーマ設定を明確にしてもらえるとうれしいですね。これは私の社長時代に打ち出したものでもありますが、スポンサーの立場になり、そのことをより強く感じます。一つのホームゲーム、アウェイ戦など、シーズンの中でどういう意味があるのか、個々の選手にとってどういう意味があるのか、サンフレッチェの歴史においてどんな意味があるのかを常に意識したエッジの効いた広報活動、営業活動を展開して、サポーターやファンの関心を絶えず喚起させていくのが理想的ですね。

――それはクラブの社長を経験したからこそ感じることではないでしょうか。

小谷野薫 そのとおりです。クラブの歴史を大事にしつつも、個々の選手の顔が見えるようにしていってほしいですね。そうしたプロモーションをしていく過程で、競技の面白さも見えてくると思います。

――「人に歴史あり」と言われるように、選手それぞれがその試合に対する思い入れやストーリーを持っていて、それをファンが知って応援して、負けてもまた次に頑張れとエールを送るようになっていきますよね。その点がまだリーグやクラブには足りていない、と。

小谷野薫 そう思います。実際に、毎週、何試合も因縁の対決があるわけですが、それがきちんと伝わっていないと感じます。よく、「ライト層をどのように取り込んでいくのか」という議論がされますが、それだけでは浅いんです。例えば、AKB48を好きな人は、ライト層であってもメンバーの細かいエピソードを知っています。そう考えると、「サッカーって面白いよね、すごいよね」ではフックが弱い。それこそ今は、スマホゲームやロックフェスを始めとするパフォーミング・アーツ、テーマパーク、アウトドアのレジャーなどあらゆるものと、消費者の時間とお金の取り合いで競合しています。ですから、サッカーの魅力を伝えるだけではなく、どのように発信される情報にフックを作っていくのか、あるいは他のイベントとどのようにコラボするのかなど、集客ビジネスの本質をより突き詰めて考える必要があります。また、試合ごとのテーマや選手のドラマに加えて、多くの方々が「何か面白いよね」と感じる要因がどこにあるのか、ヒット商品、流行・時事ネタ、地域イベント、競合イベントなどを踏まえて、必死に考えていくことが大切だと思います。そうやって考えた先に、惰性で行われているのではない、新規の協賛企画や新規の客層が見えてくると、クラブとしてはスポンサー獲得営業や集客施策もやりやすくなるはずです。特に企業スポンサーは常に、広告費を他のメディアに出すのか、クラブに出すのが良いのかという比較目線で見ていますから。

――小谷野さんは、経営視点、スポンサー視点、ファン視点のそれぞれをお持ちですが、特に経営者やクラブのスタッフに求められる資質とは何でしょうか?

小谷野薫 これはサッカー業界に限った話ではありませんが、やはり今述べたように、世の中の消費トレンドや自分たちのクラブがある地域で起きていることに敏感であってほしいと思います。そういうところが分かっていないと、集客やスポンサー営業が浅いものになってしまいます。もちろん、Jクラブの場合はありがたいことに、社会貢献で協力していただける企業も多いですから、とにかく地域の企業に顔を出してスポンサーを取ってくるという営業のベース部分は不変としても、それを越えて、クラブの価値や認知度をどう上げていくのかが大切です。私の言う「身の丈経営プラスアルファ」の実現可能性を高めるには、従来の経営や営業からの発想の転換も必要だと思います。これまでつながりのなかった企業にどうアクセスしていくのかを考えた時に、世の中のトレンドや地域社会のトレンド、あるいはスポンサーになりそうな人の人間関係も含めてリサーチすることがすごく大事です。世の中で起きていることに興味が強い、アンテナを張っているような人は、遠征先で面白いところがあれば足を運ぶし、街中で人が集まっているところがあればのぞいてみます。例えば、地元のショッピングモールで行われている集客イベントをチェックするところから始まって、身近なポケストップの場所を知ったり、「シン・ゴジラ」での庵野秀明のマーケティング戦略を考えた上で実際の客層をチェックしたり、リオデジャネイロ・オリンピックの閉会式をみて椎名林檎や中田ヤスタカのすごさを探ったり、はたまたゼロ金利の企業や消費者への影響や、ソフトバンクのアーム社買収の意味を考えたりとか、そうやって今話題になっているものを実際に体験したり、それがなぜ良いのか考えたりする資質はすごく大事です。

「新たなJリーグの歴史を作れる人が出てきてほしい」

――小谷野さんは今後、どのようにサッカー界と関わっていきたいと考えていますか?

小谷野薫 幸運にも、サッカーファンとサッカークラブ経営者の双方の側面を知っているという、ある意味得難い経験をしているという意味では、サッカー関係者からの刺激や現在の経営へのヒントを受けながら、僭越ながらこちらも刺激を与えられたら良いなと思います。今は正式な仕事と言うよりは、あくまでも人対人の付き合いですが、Jクラブやサッカー関係者との対話を続けさせていただければありがたいですね。もちろん純粋に、ビジネス事情を知らずに仕事の合間にサッカーを楽しんでいたいという一ファンの気持ちもありますけど(笑)。

――今回、セミナーを行われますが、これまでのご自身の経験をどのように還元していきたいと考えていますか?

小谷野薫 世の中はギブ&テイクです。もともとのキャリアの基盤は証券業界ですが、そこで得たものは業界に精いっぱい還元して行きたいですし、それはサッカー業界にも同じ気持ちです。私がこれまで勉強させてもらったこと、あるいは助けてもらったことを、しっかりとお返ししていきたいなと思います。そして今回のセミナーでは、サッカーに対する情熱を保ちながら、スポーツビジネスの世界で行動していくためのいくつかの考え方や行動の尺度、重要なコンセプトなどをお伝えしたいと思っています。経営者セミナーでよくある会計の知識やマーケティングのフレームワークなども重要ですが、私が実際に経験した立場から押さえておくべきポイントを提示したいと考えています。聴講される方に気付きを与えたり、ディスカッションさせていただいたりできればと思っています。そして、新たなJリーグの歴史を作れる人が出てきてもらえたらうれしいですね。「歴史を作る」の意味を、私の話を通じて感じていただければ幸いです。

前編「経営と強化のバランス、フロントの一体感が大切」
中編「集客ビジネスの本質をより突き詰めて考える必要性」

株式会社エディオン 常務取締役 管理本部長
(前株式会社サンフレッチェ広島 代表取締役社長)

小谷野 薫(こやの・かおる)
1963年1月27日生まれ、東京都出身。東京大教養学部卒、ニューヨーク大経営大学院修了。野村総合研究所、日興ソロモン・スミス・バーニー証券、クレディ・スイス証券を経て、日本組合アドバイザリー事務所を設立。2010年から株式会社エディオンで顧問を務め、2012年にサンフレッチェ広島へ。取締役、常務取締役を歴任し、2013年1月に代表取締役社長に就任。2015年2月に社長を退任し、同3月に広島市長選に出馬。本年6月からエディオン常務取締役に。サンフレッチェ広島の社長時代は、自身をモチーフにしたゆるキャラ“こやのん”を通じて多くのファンに愛された。
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Jクラブ経営の課題と展望

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