2013.02.20

カズ好きJリーガーが告白「僕らがカズさんを好きな理由」

[サムライサッカーキング3月号掲載]

2012年度版の『J1&J2リーグ 選手名鑑』(ベースボールマガジン社発行)の「好きなサッカー選手」欄に、「カズ」と回答していた選手のうち4選手が、子供の頃から憧れだったカズさんへの熱い思いを語った。

kazu_getty構成=西川結城、井芹貴志、岩本義弘、神谷正明 写真=Getty Images

楢﨑正剛「代表のシュート練習時に言われたあの言葉は本当にうれしかった」

 自分がスターである、そして日本サッカーを引っ張っているという自覚を持ってすべての行動をしているところが、カズさんのすごいところです。プロフェッショナルとは何か? それをカズさんは20代の頃から常に考えていたと思う。カズさんとは日本代表で初めて一緒にプレーしたけど、代表でもそうだった。リーダーシップを率先して取っていたし、環境改善などもサッカー協会と交渉したりしていた。そういえば、代表のシュート練習の時にカズさんから言われた一言があって。「ナラが相手だと、なかなかシュートが決まんないよ」。これは本当にうれしかったですね。

 今、ベテランの域になったカズさんは、更に年の離れた選手たちと一緒にプレーすることが多くなっていると思う。難しいことも多いだろうけど、それもすべて受け止めてプレーしている。そういう環境を普通のこととして受け入れているというのかな。周りから一目置かれるのは当たり前で、でもそう見られる中でも常に周りを裏切らない自分自身でい続けていることのすごさ。

 当時、“キング席”といって、代表の移動バスの一番後ろの左がカズさんの指定席だったんだけど、試合会場に向かう車中でゴシゴシ何かをずっと磨いていた。僕は「自分のスパイクを入念に磨いて、やっぱりすごいな」と思っていて。でも、よく見たら革靴だったんですよ(笑)。あれはきっと“素”でやっていたと思う。さすがに当時は突っ込むことはできなかったけど、衝撃でしたね(笑)。オーラのある部分と、こういうお茶目な部分がカズさんにはあって。当時は僕も若かったしあまり突っ込めなかったけど、今はそういう話を面白おかしく聞けるし、話せる関係になった。

 カズさんを尊敬している理由。それは自分で道を切り拓いていく、その姿が格好良いから。日本のサッカーを牽引していて、45歳になってもチャレンジすることを忘れていない。いまだに第一線で頑張っているし、常にチャレンジ精神を持ち続けている。そこが、格好良い。ヒデ(中田英寿)や本田(圭佑)のメンタリティーが注目を集めてきたけど、カズさんはそのパイオニア。何もないところから一人で作り上げていった。それはなかなかできないことですよ。

 カズさんを“目標”と言うのはおこがましいけど、勉強させてもらっているのは事実。ポジションは真逆だけど、いちアスリートとして本当に勉強になります。だから、僕が現役を引退するまでは、ずっとカズさんにもプレーし続けてほしいですね。

北嶋秀朗「『憧れてるんですよ』って話したら『でもライバルだからな』って」

 カズさんに魅かれる理由は、単純に子供の頃から憧れているヒーローだからです。確か小学生の時、カズさんがブラジルのチームの一員として日本に来て、国立競技場で試合をしたことがあるんです(※パルメイラスのメンバーとして来日した1986年のキリンカップ)。ブラジルのチームに日本人がいるっていうだけでスゴイって思ったし、初めて目にしたシザースに驚きました。当時はまだ情報も少ないし、それからしばらくは忘れていたんだけど、カズさんがブラジルから帰ってきて、「あの時の日本人が帰って来たんだ!」って。それからは読売クラブ、ヴェルディ川崎の試合を追い掛けて、Jリーグ開幕前のナビスコカップもヴェルディを中心に見ていました。

 魅力を感じたのはやっぱりドリブルで、シザースも含めてカズさんの華やかなプレーにものすごく魅かれました。当時はあんなフェイントを知らなかったので家とか公園で一生懸命練習していたんです。実は僕、中学時代はドリブラーだったんですよ(笑)。カズさんは当時の日本のサッカーにない要素をブラジルから持ってきて、見せてくれたと思います。

 カズさんにずっと憧れていたからブラジルに行きたいとも思ったし、カズさんがよく聴くと言っていたから浜田省吾さんの曲を聴くようにもなった。とにかくカズさんが好きなものに影響されましたね。中学3年の時だったかな。カズさんについての本(『KAZU—十五の旅立ち 三浦知良物語』)を読んで、周りから無理だと言われる中で単身ブラジルに行って、プロになって帰ってきた、その生き方がカッコいい、ということを読書感想文に書いたんです。そうしたら学校の先生から「こういうのが本当の読書感想文だよね」って言ってもらえました。「大人が無理だと言っても可能性がある」という考え方が、当時好きだった尾崎豊さんの曲のメッセージとシンクロして、チャレンジしたら道は拓けるんだっていう、勇気をもらいました。

 カズさんのすごいところは、芯の強さや自分にプライドを持っていること、そしてサッカーに対する真摯な姿勢だと思います。自分自身が年齢を重ねるほどに、カズさんの偉大さを改めて感じるんです。多分、日本に帰ってきた頃と今とではプレースタイルが変わったと思うんですけど、それがすごいところなんです。

 自分もそうだけど、年齢や環境、時代の流れで変わっていくサッカーの変化に合わせて、選手は少しずつ進化していかなきゃいけない。過去に縛られず、変わっていくことの大事さをカズさんは知っているので、今のスタイルを確立しているんじゃないかなと思うんですよね。だからこそゴールも生まれるし、チームにとって効果的なプレーができる。選手としてはそこがすごい部分だと思います。

 実は日本代表で接したことぐらいしかないので、あんまりカズさんとの距離は近くはないんです。もちろん、僕のことは認識してもらえていると思うし、会えば「元気か?」って声を掛けてもらえる関係ですが、カズさんについて知っている情報は、テレビや雑誌を通してのものがほとんど。カズさんの記事が出ている雑誌も見るし、サポーターやファンの方たちと同じように、そこで語られるカズさんの言葉に、影響や刺激を受けていますね。

 代表で一緒にやらせてもらった時のことでよく覚えているのは、食事で同じテーブルになった時に「北嶋が俺と話したいって言っていたって、記者に言われたぞ」って声を掛けてくれたこと。「憧れてるんですよ」って話したら、カズさんは「でもライバルだからな」って(笑)。カズさんが今でも現役でいられる理由が、その言葉にあると思うんです。インタビューでもよく話されていますけど、常に負けたくないという気持ちを持っているし、年齢が上だからベンチでいいなんて全く思ってないでしょ。僕も常にそう思わなきゃいけないと思うんですよね。

 カズさん、大好きです(笑)。今年もし対戦できたら、(藤本)主税さんにお願いしてユニフォームを交換したい! カズさんのユニフォームを、どうしても欲しいなと思ってます(笑)。

播戸竜二「カズさんは僕のサッカー人生において超えていかなアカン存在やった」

 僕らぐらいの年齢のほとんどの人が、Jリーグの開幕を見て育ちましたし、その中で一番輝いていたのがカズさんでした。だから自然と憧れていましたね。ただ僕は、中学を卒業してブラジルに行こうと思っていたんだけど、それはカズさんがブラジルに行っていたのを知って、「そんな選択肢もあるんや」って思ったから。当時の僕は、実際に親にも「ブラジルに行く」っていう話をしていたし、ポルトガル語も勉強していたんです。カズさんのことを知って、「行かなアカン」、「行かな始まらへん」、「サッカー選手としてまずはブラジルに行くことが一番ちゃうか」というふうに感じていた。だから、ただ純粋にブラジルに行こうと思っていましたね。

 2002年に期限付きで神戸に移籍して、そこでカズさんとは一緒にプレーすることになった。ガンバで2年やって、札幌で2年やって、次のステップやと考えていた時に、たまたまカズさんがいた神戸が声を掛けてくれた。その時は、カズさんがあと何年プレーするかも分からへんかったし、現役中に一回は一緒にやりたいと思って、神戸に行くことにしたんです。ただカズさんに触れたかったというか、一緒にやりたかった。自分のサッカー人生において、間違いなく大きな影響を及ぼす人やと思ったし、一緒にやるチャンスがあるのであれば絶対にやるべきだと思ったんです。ただ、一緒のチームになったということは、ポジションも一緒やし、ライバルになったわけで、憧れという思いは一切捨てた。だから一緒にご飯を食べに行った記憶もないんです。いかにしてカズさんを喰って、更に上に上がっていくか。それしか考えていなかった。それが自然というか、超えていかなアカン存在やったから、カズさんは。 本当に常日頃の練習からカズさんは100パーセントでやっている。ケアもそうやし、準備もそうやし、練習中もそう。24時間を本当にサッカーのことに使っていたんです。僕もトレーニング開始の約1時間前にはクラブハウスに行っているけど、カズさんは僕がクラブハウスに着いた時には既に身体が出来上がっていたし、トレーニング後の身体のケアも、アイシングとかマッサージとかを念入りにしていた。きっと若い頃からずっとそうやってきたんやと思うし、それを今も続けていると思う。口で言ったり、やろうと思うことは簡単だけど、実際にやり続けることは大変なんですよ。それを、しかも20数年もやり続けているのは、もう尊敬に値すると思う。話には聞いていたけど、実際に自分で触れてみて本当にタメになったし、やっぱり長いことプレーしようと思ったらこういう感じじゃないとアカンのやなって思ったね。見てきた中で、一緒にやってきた中でホンマに一番すごいと思ったし、そういうことができるからあれだけの位置にいるんやなって。サッカーに対する意識が高い、プロフェッショナルというのはこういうもんなんやな、ということをカズさんの背中を見て感じたし、自分もそうなっていかなアカンって思いましたね。

 あと、カズさんは天然なところがありますね。栄養士の人が、試合前は肉はあんまり摂らなくていいみたいなことを言っていたことがあるんですけど、試合前にホテルに宿泊していて、食事の時にシェフがパスタを作ってくれたんです。それでカズさんがソースをつけようとしたら、「ミートスパってさ、肉は入ってんの?」ってシェフに聞いていたんですよ。そりゃあ、ミートだもん! 入ってるでしょ!(笑)。入ってるからミートスパって言うのに……天然ですよね、やっぱり。

 正直、45歳まで現役でいるのは素晴らしいという以外の何物でもないと思います。ただカズさんはちょっと天然なところもあるから、自分の歳を分かってますか? ってね(笑)。まだ30そこそこやと思ってないですか? もうすぐに46歳ですよ、と(笑)。一緒にプレーして影響を受けた身としては、自分もまだまだ、僕が一緒にやっていた頃のカズさんにも、今の僕では追い付けていないので、僕もまだまだ走り続けますし、カズさんに負けずに頑張ります! Boa Sorte!!

森脇良太「カズさんのおかげで初めて新聞の一面を飾れた(笑)」

 僕がわざわざ言わなくても、カズさんは誰もが認める選手で、僕自身サッカー選手としてすごく尊敬しています。そもそもカズさんの影響を大きく受けて僕はサッカーを始めたわけで、カズさんがいなければ僕のサッカー人生もスタートしていません。

 それにカズダンスはめちゃくちゃやっていましたよ(笑)。何もないのに、自宅でご飯を食べた後に家族に披露したり、クッションにボールを蹴って、ゴールしたイメージを膨らませたりして、一人でカズダンスをしていましたね。実際の試合でも、小さい頃にカズダンスをしたことがあります。でもプロになってからはないので、「いつか点を決めた時に、1回でもいいからやらせてください」とカズさんにお願いしたいですね(笑)。

 実は、僕が愛媛FCに期限付き移籍していた時に、開幕戦の相手がカズさんのいる横浜FCだった年があるんです。その時に初めて、カズさんと同じピッチに立ったのですが、カズさんのオーラがすごかったのが一番印象に残っていますね。憧れの選手と同じピッチに立ってプレーできる喜びというのは、尋常じゃないなと。すごく感動したのを今でも覚えています。それと、試合前にカズさんが全選手と握手していた姿もカッコ良くて、めちゃめちゃ感動したのを覚えていますね。

 最近では、2011年3月に長居で行われた東日本大震災復興支援チャリティーマッチで、カズさんと対戦しました。僕自身も日本代表のデビュー戦だったので「やってやろう」、「(アルベルト)ザッケローニ監督にアピールしてやろう」と意気込んで試合に入ったんですけど、カズさんのスピードにまんまとやられて、僕の目の前でカズさんにゴールを許してしまって。日本中が歓喜に包まれる中、僕だけ一人落ち込んでいましたね(苦笑)。でも、ゴールを決められた瞬間、ザッケローニ監督を見たら満面の笑みで拍手していたから、まあ良かったのかなと(笑)。実はこれには後日談があって、翌日、カズさんがメーンでドッカーンとスポーツ新聞の一面にアップの写真が掲載されたんですけど、僕の顔も若干ぼやけてカズさんの後ろに写っていたんです! それでも初めて新聞の一面を飾ったので良かったです。実に僕らしいなと(笑)。

 カズさんは本当にすべてにおいて尊敬できる人です。あの歳までサッカーができるのは、カズさんの身体のメンテナンス力や取り組む姿勢はもちろんのこと、一番すごいのはその人間性ですよね。長くサッカー人生を送るのは、優れた人間性がないとできないと思うんです。カズさんを追い越すことはなかなかできないので、少しでもカズさんに近付けるように僕も努力していきたいですね。それと、まだ試合以外で直接お会いしたことがないので、一度、直接お会いしていろいろと話をさせていただきたいですね。