2013.02.15

川島がベルギーにもたらした「日本人ブランドの信頼感」

[サムライサッカーキング 3月号掲載]

今冬、川島永嗣がプレーするスタンダール・リエージュに、小野裕二と永井謙佑が加入した。欧州主要リーグで初となる日本人トリオの誕生で、ついに極まった感のあるサムライ・ブランド。果たして現地でこのニュースはどのように受け止められたのか。ベルギーサッカー独自の背景と併せてリポートする。

standard文=松江万里子 写真= ムツ カワモリ、Getty Images

「冬のメルカートで最もラッキーだったのは、もしかしたら、スタンダールのレドニク監督かもしれない」

 この1月から日本人選手3人を擁することになったスタンダール・リエージュに対し、現地メディアからはこんな声が上がった。

 ベルギーの公用語はオランダ語とフランス語だが、「サッカーの移籍市場」を意味する単語としては蘭仏とも共通してイタリア語の「メルカート」を用いる。改めて振り返っても、怒涛の1カ月だったベルギーのメルカート。スタンダールは間違いなくその台風の目であった。そして、最大の成果を手にしたのも彼らだったと言えるだろう。

予定外の日本人獲得に現地メディアは疑問も

 ウインターブレイクが明け、2013年の初戦を3日後に控えた1月16日のこと。ベルギーのメディアが一斉に「スタンダール、もう一人の日本人選手を獲得へ」と報じた。

 12年10月末、成績不振で事実上の解任となったロン・ヤンス前監督に代わって新指揮官に就任したミルチェア・レドニクは、直後に行われたアウェーでのゲンク戦に勝利。以降はDF陣の連係も改善し、チームは「負けないスタンダール」の姿を取り戻しつつあった。もっとも、前線の決定力は上向かないまま、得点力不足に苦しむのは相変わらず。試合後に、「勝てた試合だった」と川島永嗣が悔やむことも少なくなかった。

 当然1月のメルカートでは、レドニク監督が率先して母国ルーマニアから代表クラスの即戦力を引っ張って来ると予想されていたし、監督本人もその心積りを地元メディアに漏らしていた。

 ところが蓋を開けてみれば、「もう一人の日本人選手、永井謙佑を獲得」というニュース。しかもそれは、ローランド・デュシャトレ会長が積極的に動いた結果だと伝えられると、「即戦力補強ではなく、商業目的の移籍なのでは?」という疑念がメディアの間に広がった。

 永井の移籍会見の時期も決まらないまま、畳み掛けるように「スタンダール3人目の日本人、小野裕二」の公式情報がリリースされる。これで、スタンダールのメルカートに対する彼らの論調は決定的になった。

「かわいそうなオノ。ヨーロッパのトップクラブでプレーするのが夢だと言い、いざ期待に胸を膨らませてリエージュに到着してみれば、監督から『商業的な移籍だ』と言われてしまうなんて」(1月22日付『SportsWelerd』)

 会長に提出していた補強リストはすべて無視され、代わりにやって来たのは見ず知らずの日本人選手――。ふんまんやるかたないレドニク監督は、地元記者に愚痴りだす始末。そんな状況にクラブの周囲も不信を募らせていった。

「成績不振で前の監督を解任しておきながら、次の監督に補強の人選を一任しないのはなぜだ……? チームを強くしたいんじゃないのか……?」

“ビジネス優先”の会長? 疑念はなかなか晴れず……

 デュシャトレ会長がスタンダールのオーナーとなったのは11年のこと。それ以前はSTVV(シント・トロイデン。在任中は1部所属だったが現在2部)というクラブのオーナーだった。

 一時期フランダース地域の政治家だったこともある彼は、辣腕ビジネスマンとして知られており、現在も車載向け半導体デバイス開発会社Melexisの代表取締役社長を務めている。スタンダールのオーナーに就任したのはチームに対する熱意からではなく、有効な投資先の一つと考えたに過ぎないのでは――。そんな疑念が、会長就任当初からスタンダールのサポーターやスポーツジャーナリストの間でも根強く囁かれていた。

 その疑念を解消するどころか、決定付けることになってしまったのが、昨年暮れの「ベネリーグ構想」発言だ。女子サッカーで現在トライアル的に動いているベルギーとオランダの合同リーグ「ベネリーグ」を、男子に導入しない理由はないだろう、とブチ上げたのである。

「ベルギーの古豪、3大人気クラブのアンデルレヒト、クラブ・ブリュージュとスタンダールは既に話をしているし、オランダのアヤックス、PSVからも内諾を得ている。実際に動かないとしたら、それは旧態依然としたベルギーサッカー界が問題なのだ。だったらスタンダールはベルギーリーグを脱退してフランスのリーグ・アンに加盟することも辞さない」

 この発言がスタンダールのクラブ誌『スタンダール・マガジン』に掲載されるや否や、アンデルレヒトの元会長ミシェル・フェルスフーレン氏は「私の名前を使ってアンデルレヒトの意向を語るのはけしからん」と怒りの会見を開いた。

「デュシャトレ氏はベルギーサッカーの歴史と現状を、もう少し勉強したほうがいい」

 これを受け、会長を“拝金主義者”と決めつける一部のファンはますますいきり立ってしまった。口さがない彼らは、「日本人3選手」=「商業的移籍」=「デュシャトレ・ボーイズ(会長のお気に入り)」という先入観に満ちた言説を振りまいたのだった。

「カワシマの移籍だって“お手並み拝見”だった」

 もっとも、デュシャトレ会長の気持ちも理解はできる。16チームで構成される「ジュピラーリーグ」は、スタンダールを含む5つのビッグクラブと残り11の小クラブに分別可能だが、“5大クラブ”でもスタジアムの収容人数は3万人から2万5000人程度。人口1000万人強のベルギーでは市場は限られており、イングランドやスペイン、ドイツといったトップリーグとの格差は開くばかりだ。川島の前所属チームであるリールセも、1904年創立と歴史こそ古いものの、ベルギー人でも「それってどこにあるチーム?」、「フランスのリールとは違うの?」と真顔で聞く人が少なくない。だからこそ、3年前に極東のGKがわざわざ移籍してきた時の驚き、地元のみならずベルギー全体にとっても大きなものだったのだ。

 しかし、川島はそんな環境でも着実に自分の足場を固め、正GKのみならずキャプテンまで務めるに至った。ついにはサポーターが選ぶ「マン・オブ・ザ・イヤー」に2年連続で選出された日本の守護神に、デュシャトレ会長が熱い視線を送ったことは想像に難くない。10-11シーズンを終了した時点で、スタンダールの正GKシナン・ボラトはケガで長期離脱が判明していた。「ユース生え抜きのアントニー・モリスは若すぎて経験が足りない。即戦力としてカワシマが必要だ。ロン・ヤンス監督も強く推薦している」。デサール強化部長はそう語り、デュシャトレ会長の意向であることも付言した。「だからカワシマの移籍だって、最初は“お手並み拝見”といった感じだったんだよ」と、リエージュの地元紙『La Meuse』のスタンダール番記者が言う。

「10年のスタンダール対リールセ戦で7失点したにも関わらず、当時の監督が『カワシマがマン・オブ・ザ・マッチだった』と評価したことがあった。皮肉でもなんでもない。リールセだから活躍が目立っていたのであって、当時は決してトップクラスのGKというわけじゃなかっただろう? そう、カワシマだって当初は『商業的移籍』と言われたんだ。それでも彼は自分のプレーでサポーターを納得させたじゃないか。ナガイやオノに対する『商業的移籍』という声に、そこまでピリピリしなくてもいいと思うよ」

川島の活躍により“日本ブランド”が確立

 ほぼ四国と同じ面積の国土を持つベルギーは、北半分がオランダ語圏のフランダース地方、南半分がフランス語圏のワロン地方に分かれていて、ワロン地方の中にはごく少数ながらドイツ語圏もある(指宿洋史が在籍するオイペンはこのドイツ語地域にある)。首都ブリュッセルは、地理的にはオランダ語圏にあるものの、歴史的・政治的にもフランス語が優勢な「飛び地」として独特の地位を持つ。フランダース地方のスポーツジャーナリストたちは川島の活躍を比較的身近で見てきたこともあり、スタンダールの日本人トリオについても冷静に見守ろう、というスタンスを取っているようだ。例えばリールセの地元紙『Gazetvan Antwerpen』では、先述の『La Meuse』とは少し異なり、「もう一人、日本人を獲得することはリスクではない」という大きな分析記事を掲載しているし、ゲンクの地元紙『Het Belangvan Linburg』は、「順応することが最大の課題」との記事で、内田篤人、香川真司、長友佑都、本田圭佑を写真入りで紹介。「スズキ(鈴木隆行)が在籍していた頃とは時代が変わっている」と、欧州で活躍する日本人選手の現状を細かく伝えている。

 地元リエージュの人々を始めスタンダールのサポーターたちは、ベルギーで最も熱いサポーターとして知られる。スタンダールのチームカラー、赤はフランス語でルージュ(Rouge)であり、リエージュの方言ではルーシュ(Rouche)。スタンダールのサポーターは自らを「ルーシュ家」(La famille des Rouches)と称し、他のサポーターとは異なる「ファミリー」としての自意識や結束力、思い入れの強さを示している。

 かつて選手としてこの赤い声援を受けたレドニク監督は、就任に際して「いつかここに戻ってくるのが夢だった」と語り、「ルーシュ家」のハートを射止めた。デュシャトレ会長への不満は隠せないものの、チームの強化を第一に考える彼にとって、初練習に参加した小野の動きは認めざるを得なかったようだ。ワロン地域の一般紙『La Derniere Heure』には「サポーターのハートを掴め」という監督からのメッセージを見出しに、がっちりレドニクと握手する小野(と付き添う川島)の大きな写真が掲載された。その後、チームに合流してからわずか4日にも関わらず、コルトレイク戦でベンチ入りした小野は、53分から途中出場でベルギーデビューを果たしている。「ピッチに入る時、ちょっとびっくりするぐらい大きな歓声をもらって、やりやすかったです」とは、試合後の本人談。会長の独断を危惧するメディアとは裏腹に、サポーターには川島の活躍を通して、日本ブランドへの確かな信頼が生まれているようだ。

2人の新たな日本人は監督に幸運をもたらすか

 実際に、この日の小野の動きは上々だった。スタンダールには小野のように敏捷性に優れた19歳のストライカー、イモン・エゼキエルがいるが、彼は昨年末からケガで戦列を離れている。エゼキエルと小野はタイプとして被るのではないか? という予想もあった中、ピッチで見せた小野の動きは、ベルギーでは今までほとんど見たことのないものだった。小野が入って試合の流れが確実に変わり、スタンダールは立て続けに2得点を上げる。「前線なら、どこでもやります。やれって言われたところで、切り崩して行きたいです」と、加入会見で話したとおり、交代直後は左MF、その後別の交替に従って左FWに上がった小野は、あわやゴールという見せ場も作った。 試合後のプレスルームで「オノはいいね!」と親指を上げる地元紙カメラマン。「エゼキエルと組んだところも早く見てみたい! ナガイはあれより速いんだろ? 楽しみだ」と、ミックスゾーンで話しかけてくる地元テレビの取材班。川島も「いきなり出てこれだけやれるだけの力はあるし、チームに慣れれば、もっともっとゲームの中でアクセントになるんじゃないかと思います」と語った。実際に「やってみせる」ことが、ルーシュ家の声援を受ける一番の近道なのだ。

 その意味で今、一刻も早い出場が待たれるのが永井。小野より先に加入を発表しながら、いったん帰国したこともあり、移籍会見は小野の後になってしまった。2月3日、“ベルギー・クラシコ”のアンデルレヒト戦でデビューが期待されたものの、予想に反してベンチ入りも果たせず。移籍会見での「50メートルを5.80秒で走る」という触れ込みが先行しがちな永井だが、あの驚異的なスピードを実際に目撃すれば、「ルーシュ家」の皆さんも一発で虜になるに違いない(永井は2月10日のモンス戦でデビュー)。

 永井の練習が初めて公開された1月31日は、メルカート閉幕期限の最後の攻防が展開されていた。レドニク監督がどんな巻き返しを見せたのかは分からないが、デュシャトレ会長が最後まで同意を渋った1人を含む3人の移籍が決定。その結果、監督が望した6人の候補者リストのうち4人の獲得が実現したという。「3分の2の希望がとおり、リストに入っていなかったオノは上々のデビューを果たした。レドニク監督が最もラッキーなメルカートの勝者かもしれない」。冒頭の声は決して間違いではないし、日本人トリオへの控えめにして隠せざる期待が表れていると言えるだろう。