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現地記者が語る清武弘嗣「ニュルンベルクという容器は清武には小さすぎる」

2013.01.18

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ワールドサッカーキング 0207号 掲載]
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この数年、日本の若きサムライたちがヨーロッパで才能を発揮し、自分の居場所を切り開いている。チームに日々密着する現地記者は、彼らをどう見ているのだろうか。ワールドサッカーキング最新号の連載『メイド・イン・ジャパン』では、ニュルンベルクに所属する清武弘嗣にクローズアップ。シーズン前半戦で3得点5アシストを記録し、最高レベルの評価を受けた清武。しかし、ニュルンベルクにとどまり続ければ“成長のリミット”に達してしまう。清武が真に“大いなる野心”を持ち合わせているのであれば、これからの18カ月で“次の目的地”を見いだすはずだ。

文=グスタフ・ハーゲン 翻訳=阿部 浩 アレキサンダー 写真=ゲッティ イメージズ

前半戦の活躍で得た中心選手の地位

「もしも清武が加入していなかったら今頃、ニュルンベルクは順位表の最底辺に沈んでいたことだろう。彼はシーズン前半戦の最大の“ヒット作”だ」

 地元のフリーランス記者マンフレート・ボックは、清武弘嗣への称賛を惜しまない。確かに前半戦を振り返ってみれば、この日本代表MFがデア・クラブ(ニュルンベルクはその伝統と歴史から定冠詞DER=英語のTHEのみで指し示される)に与えた影響は決して小さくはなかった。

 2012年の夏に移籍を決めた清武はロンドン・オリンピックへの参加や日本代表への招集により、まともに休みを取れないままシーズン開幕を迎えた。待っていたのは初めての海外移住に伴う環境の激変と、戦力の乏しいチームに付き物のハードなサッカー。しかし、厳しい状況にさらされながらもそのパフォーマンスは全くと言っていいほど落ちなかった。

 前半戦では16試合に出場して3得点、5アシスト。得点数はFWのセバスティアン・ポルターと並んでチーム最多だ。MFの3ゴールを「多い」と見なすか「少ない」と見なすかは人それぞれだが、合計4得点しか取れていないFW陣のふがいなさを彼が補ったことは確かである。更に付け加えれば、“アシストのアシスト”といった、記録には残らないプレーでの貢献度も非常に高く、地元の記者の間では「総得点の半分に絡んでいる」として、最高レベルの評価を与えられている。

 チームの成績も悪くない。前半戦は5勝5分け7敗で勝ち点20を獲得。順位こそ14位だが、ヨーロッパリーグの出場権が得られる6位とはわずかに勝ち点6ポイント差で、決して届かない距離ではない。反対に自動降格圏の17位には11ポイント、残留プレーオフに回る16位にも8ポイントの差をつけ、降格への恐怖を抱えながらウインターブレイクに入る必要はなくなった。実際、過去に何度も2部行きの屈辱を味わっている名門クラブは「Absteigen(アプシュタイゲン=降格)」と聞いただけで寒気を覚える体質になっているが、地元紙『ニュルンベルガー・ナッハリヒテン』のヴォルフガンク・ラース記者いわく「今シーズンは清武のおかげで久しぶりに楽しいクリスマスを過ごせた」という。

「ヒロシのエネルギーの源は大いなる野心だ」とマルティン・バーダーGMは語る。「チーム最大の収穫だよ。彼がいるおかげで長期的な強化プランが実行できる」

 チームを編成する上でも、清武は重要な役割を担っている。加入からわずか半年にもかかわらず、彼は既にニュルンベルクの中心選手としての地位を築いているのだ。

後半戦への不安要素 突然の指揮官交代

 シーズン前半戦で高いパフォーマンスを示したことによって、清武への期待はより一層大きくなっている。移籍から半年が経過し、環境の変化や連係への不安は多少なりとも解消された。本人も「まだ物足りない。後半戦は突っ走っていきたい」と、飛躍を誓っている。

 しかし、彼が日本へ一時帰国している間に飛び込んできたショッキングなニュースにより、その雲行きがにわかに怪しくなってきた。

 監督のディーター・ヘッキングがチームを去り、ヴォルフスブルクの監督に就任することが決定。この時期、選手の移籍はよくあることだが、指揮官がクラブを乗り換えるというのは異例である。14位のチームから15位のチームへの“移籍”は、平凡以下の実績しか残せていないヘッキングらしい行動パターンだが、大したスポンサーのつかないニュルンベルクと、世界的な自動車メーカーのフォルクスワーゲンがバックに付いているヴォルフスブルクとでは、チームの予算に雲泥の差がある。その点が彼を魅了したのなら、打算的な判断として納得するしかない。

 では、ヘッキングが去ったニュルンベルクはどう変化するのだろうか。新たに監督に指名されたのはミヒャエル・ヴィージンガーとアルミン・ロイタースハーン。そう、クラブは二頭体制で後半戦に臨むのである。なんという自信のなさの表れか……。

 共同監督体制で実績を残した前例は少ない。更に悲観的な気持ちにさせるのは、両者とも監督として全く満足な実績を残せていないという事実だ。

 ヴィージンガーは昨シーズン、クラブの2軍監督を務めていたが、それ以前となると2部と3部の小規模なクラブでの監督経験があるだけ。それも前任者の解任による繰り上げ昇格という形で、決して手腕を認められての就任ではない。ヘッキングのアシスタントから昇格したロイタースハーンにしても、監督経験は「ない」に等しい。

 既に所属選手について把握している点はポジティブな要素だが、2人とも指導力に疑問符が付くことは否めない。ロイタースハーンは清武について「とても価値がある選手。今のチームに不可欠だ」と重要性を語り、今後もチームの大黒柱として起用していく意向を示しているが、チームが混乱すれば清武も苦戦を免れないだろう。

“手本の不在”が成長への障害に

 今のところ、初の海外挑戦でプレー機会を得たい清武と、チームの屋台骨となる選手を欲していたニュルンベルクの関係は“win-win”と言える。だが、『キッカー』のハーディ・ハッセルブルッフはこう指摘している。

「清武の成長はニュルンベルクに在籍する限り、必ず近いうちにリミットに達してしまうだろう」

 清武のセレッソ大阪時代の先輩であり、彼の“良きお手本”となっていた現マンチェスター・ユナイテッドの香川真司は、周囲の環境に恵まれた選手だった。ドルトムント時代を例に挙げると、リーグ屈指の戦術家であるユルゲン・クロップ監督と、マリオ・ゲッツェやマッツ・フンメルスといったドイツ代表レベルの若手選手軍団に囲まれていた。そこに香川自身のプレースタイルがマッチしたことで一気に才能を開花させたのだ。

 一方、清武は“環境の利点”が決定的に欠けている。ドイツ屈指の人気を誇るドルトムントと比較するのは酷な話だが、ニュルンベルクは財政面も厳しく、積極的な補強は今後も望めないだろう。「今日よりも明日」に期待を掛けられないクラブなのである。

 そもそもバーダーGMが何度も日本を訪れては清武のプレーを観察し、熱心に入団を誘ったのは、この数年間で相次いで主力選手が抜けた穴を埋める必要性に迫られていたからだった。2011年にイルカイ・ギュンドアン(現ドルトムント)を、2012年にフィリップ・ヴォルシャイト(現レヴァークーゼン)を放出。チームのカギになるような才能豊かな選手はレンタル移籍でしか獲得できていない。攻撃の軸となれる選手を探し求めた末、ようやく見つけた「最適の人材」(バーダーGM)が清武だったのである。

 裏を返せば清武の補強はトッププレーヤーたちとともにプレーさせ成長を促す“将来への投資”が目的ではなく、最初から“即戦力”としての期待が込められていた。周囲からのサポートを受けるよりも、自身がクラブを先導していかなければならない立場に配置されたのだ。

 入団以来、この日本人のプレーを注視し続けてきたラース記者は、「確かに彼のアグレッシブなプレーはチームに活気を与えている。しかし持てるポテンシャルのすべてを出し切れていない」と分析する。実際、清武本人も「自分が思っているほどプレーの安定感がない」と周囲の意見を否定していない。ラース記者は続けて語る。

「彼ならもっとできるはずだし、周囲もそう期待している。何しろ成長曲線が落ちていないのだから」

 振り返れば加入した当初から清武に期待する者は少なくなかった。ヘッキング前監督は折に触れて「もっと存在感を示せ」と清武に要求していたものだ。それは攻撃の中心である清武に自らの戦術を浸透させ、チーム全体をまとめてほしいと願っての、監督なりのプレッシャーの掛け方だったと見られる。それだけヘッキングも清武に掛ける期待が大きかったということだ。

 また、清武に一目ぼれした一人に、古参の名物アナウンサー、ギュンター・コッホがいる。71歳のコッホはテレビとラジオでサッカー実況中継を長く担当し、全国的に名が知れたメディア界の重鎮だ。

「私は清武の成長を信じてやまない。なぜかだって? これまで数え切れないくらい多くのサッカー選手を見てきたが、清武のプレーはあっという間に私の心をつかんでしまったんだ。あのヤパーナー(日本人)は、本当にイカすぜ」

 このセリフも、老人のものとしてはイカしているが、少なくとも香川ほど周囲の環境に恵まれているわけではない清武がニュルンベルクでどこまで成長できるのか、懐疑的な声が消えることはないだろう。

これからの18カ月が選手生命を左右する

 力量と人格を備えたリーダー不在のチームにあって、清武が果たしていく役割の重要性はますます高まってくるだろう。局面での強さ、ゴール前での落ち着いたシュート、優雅なボールタッチなどは、これまでのニュルンベルクのサッカーに著しく欠けていた要素である。これに戦術の共通理解とコンビネーションプレーの精度が加われば、順位の更なる底上げが可能になる。弱点を克服しつつチーム全体の意識を改革するには、プロフェッショナルな精神を持つ清武が適任者だ。彼ならば周囲からの反発を受けず、誰もが聞く耳を持つはずである。

 メディアとのインタビューで常に日本語を使用する清武のコミュニケーション能力を疑問視する向きもあるが、これはドイツ語が全くダメだからではない。クラブ関係者の説明によれば「ドイツ語だと十分に表現できないから」ということらしい。むしろ、彼の完璧を追い求める姿勢が見受けられるエピソードである。

 1カ月のウインターブレイクが明け、ニュルンベルクの後半戦は20日からスタートする。対戦相手はこの期間に清武のプレーをDVDで分析し、前半戦のような活躍を許さない気構えで向かってくるだろう。つまり、清武にとってはここからが正念場だ。春の訪れを迎えてライバルたちは本来の屈強な姿を取り戻す。体力と闘争心がとことん試されるシーズン後半戦は清武の今後のキャリアを決定づける大事な期間だと言っていい。

 ブンデスリーガの真っ最中に日本代表としてブラジル・ワールドカップ予選に参戦し、ドイツでのシーズンが終了すれば、休む間もなくコンフェデレーションズカップが待っている。そして次のシーズンには、もしかするとヨーロッパリーグの日程が加わるかもしれない。こうしてブラジルW杯まで息付く暇もない18カ月間を味わう内に、自然と“次の目的地”も見えてくる。

 1年半後、彼がまだニュルンベルクに在籍しているようなら選手として伸びが止まったものと判断されても仕方ないだろう。限られた環境の中で清武はどのような成長を見せるのか。真に「大いなる野心」を持ち合わせているのであれば、ニュルンベルクという容器はいささか小さすぎる。

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